10万Npt
「先生! この10万Nptは俺たちが使っていいんですか?」
「ああ、好きに使え。学内だけはなく、千集院タウンにある大体の施設で使えるようになっている」
生徒たちは嬉しさのあまり声を出して喜ぶ者が多くいた。勝俣は飛び跳ねるように席から立って、レンズの操作に慣れておらず他の席にぶつかって坂上先生に怒られている。
「但し一つ気をつけて欲しいことがある。ノベルポイントがもしマイナスに振り切った場合、即刻退学処分になるから」
浮かれ気味だった生徒たちが一瞬にして凍りついたかのように真顔になっていく。それを見た坂上先生は気楽に笑って付け足す。
「なに、マイナスになるのは結構稀な例だ。元々ポイント使いが荒かったりする奴が計算出来なくてそうなることがあるということだけ。それにノベルポイントは様々な使い方が出来るだけじゃなく、同様に稼ぐことも出来る仕組みがちゃんと用意されている。真面目に授業に取り組めば大抵は問題ないはずだ。その辺はおいおい知っていけばいい。一応ノベルポイントについての説明や管理画面のヘルプに詳細があるから各自暇なときに目を通しておくように。では最後に明日からの授業についてだ。お腹空いてるだろうけど我慢してくれ。先生も校内見学の時からずっと腹ペコだ」
この日はお昼を過ぎた午後一時頃に解散となった。
三人は校内を抜けて桜の並木通りを歩いていた。
「こうして三人で歩くのも久しぶりだね」
「ほんとほんと! 綾人声変わってすっごく変だし」
「声変わりくらいするだろ」
「そうだよ茉希歩ちゃん」
「あーちゃんは全然変わらなかったよ」
「それはいつも一緒にいたから気付かなかっただけだよ。まあ僕あんまり声変わりしなかったけど」
「二人は中学まで同じだったんだな」
「私たち、中学では文芸部に入ってたんだから」
「そうそう。でもさ、僕は綾人君がまだ小説書いてたことに感動だよ」
「そうか?」
「うん……だって綾人君もあんなことがあってからすぐにいなくなっちゃって……連絡もとれないし僕……もう綾人君に二度と会えないかもしれないと思ってたから……」
「ちょ、なに、あーちゃん泣いてるの?」
「泣いてないよ……」
「嘘、泣いてるでしょ、こっち向いてよ!」
「嫌だ」
「二人共、変わってないな……」
「綾人こそ何大人ぶってんの!」
茉希歩は綾人の肩を強く叩いた。
「何が」
「でもなんか綾人君かっこよくなったね」
「そうか?」
「うん、なんかクールになったっていうか。前はもっとわんぱくな感じだったから」
「違うよ、あーちゃん。綾人は今私たちに再会して格好つけてんの。男子っていつもそうでしょ」
「そうなの?」
「そんな訳ないだろ」
「どうせ少ししたら昔みたいにべそかいてるに決まってる。だってあの泣き虫綾人だよ」
「泣き虫って……もう綾人君も大人なんだし」
「あーちゃんはまだ子供だからすぐ泣いちゃったけどね」
「僕は泣いてないよ。それに十六だから大人」
「いや泣いてたな」
「もう、綾人君までやめてよ!」
寮に帰るまでの間、三人は昔のようになんでもない会話で笑いあっていた。失われた空白の時間は風に吹かれ、桜と共に空へ溶けていく。
雲一つない青空が無限に伸びていた。
翌日から通常授業が始まった。基本的に通常授業は月曜日から土曜日までクラスごとに時間割が割り振られてはいる。だが授業を受ける選択権は全て個人に委ねられていて、出席率と学期末の小テストの点数で単位取得が認められる。
一単位取得ごとに2万Npt獲得出来る。
全教科単位取得で合計30万Npt獲得可能。授業時間は一コマ70分。
一年時の授業科目はだいたいこうなっている(二年時には基礎分野が応用になる)。
①文章・描写基礎
②ストーリー・構成基礎
③世界観・人物基礎
④創造・発想方基礎
⑤純文学基礎(古典・文学史なども含む)
⑥ミステリ・推理基礎(広義のサスペンス・ホラーなども含む)
⑦一般文芸基礎
⑧ライトノベル基礎
⑨歴史・時代劇基礎(時代考証など)
⑩詩歌・児童文学基礎(童話・絵本他など)
⑪海外古典・海外小説
⑫体育
⑬書道・美術・音楽
⑭上級タイピング講座
⑮編集・出版・取次基礎
そして毎週月曜日の一時間目にHRがあり、坂上先生曰く、このHRだけは必ず出席するようにとのことだった。欠席で1万Npt、遅刻早退で5千Nptの罰金が発生する。
今日は水曜日だが、初週になるので一年六組の時間割は一時間目HR。二時間目は文章・描写基礎。昼休み60分。三時間目は純文学基礎。四時間目は世界観・人物基礎。となっている。
綾人は嵐と同じ男子寮だったので、茉希歩がいる女子寮の近くの公園まで迎えに行って三人で仲良く登校した。
「今日の三時間目は純文学だから絶対出たかったの」と茉希歩は張り切っている。
「茉希歩は文学が好きだったのか?」
「中学生になったばかりの時に部活の先輩が色々おすすめの本とか紹介してくれて読んでいくうちにハマっていったんだあ。それまでは青春物とか恋愛系が多かったんだけど。ちなみにあーちゃんはミステリとか部誌で書いてたんだよ」
「嵐はそっちが得意だったのか」
「う、うん。綾人君がまだいた時はファンタジーとかが多かったけど、小学校高学年の時に古典ミステリに目覚めたんだ。目覚めたって言っても王道のやつ。他にも色々読んでるんだけど、でも書くのは実はそんなに得意じゃないんだ……」
「えーっ! あーちゃんが書いた部誌のやつすっごい面白かったのに!」
「実はあれもあんまり納得いってないんだ……」
「なるほど」と言って綾人は嵐が恥ずかしそうに頭をかいているのを見て、ふと眼鏡を掛けていることが気になった。
「それより嵐はどうして今も眼鏡をかけてるんだ?」
「えっ?」
「そういえば確かに。私も長年眼鏡のあーちゃんが普通だったから気付かなかった。ねえ凄いよねこのノベルレンズ。今も学校までの道案内自動でしてくれてる。あ! 二人共時間やばいよ! 今日さっそくHRでしょ、昨日HRは絶対出ろって先生行ってたよね、走ろ」
三人は急ぎながら校舎に入っていく。予鈴がなる少し前に教室についた。
「おっはよ〜早川さ〜ん! 雷電嵐にリンゴも!」
勝俣は誰それ関係なく、挨拶していってるらしい。顔を微妙に引きつらせた茉希歩も「おはよ」と挨拶を返していた。
綾人が席に着く前にさっそく勝俣は嵐が眼鏡をかけていることを弄っていた。
嵐は「僕コンタクトレンズって昔から苦手なんだ。一応持ってきてはいるけど……」と逃げ気味に答えている。
そのあと坂上先生が教室に入ってきてHRが始まった。出欠を確認していると一人の生徒が来ていないことが分かった。
「片桐はいないか? 出席番号11番。片桐(かたぎり)闘真(とうま)。誰か登校中に見かけなかったか?」
クラスの誰も声をあげない。どうやらまだ他の生徒とも関わり合いがないらしい。まだ入学して二日目なのでそんなことも十分あり得た。だが昨日の自己紹介で片桐は色んな意味で目立っていた生徒だった。派手な赤髪と初日から着崩した制服とその不遜な態度は明らかにクラスから浮いていた。
「勝俣お前も知らないか?」
さあと勝俣はとぼけていたが、実際二人は一度だけ対峙している。自己紹介後、勝俣はクラスの全員に適当な挨拶周りをしていた。
片桐にも同じように挨拶した時、二人は明らかに打ち解けるとは真逆の雰囲気だった。
「まあいい」と言ったその時、教室の扉が乱暴な音を立てながら開いて、クラスの皆が入ってきた生徒、片桐を見た。
「おい片桐遅刻だぞ。HRだけは一分過ぎただけで遅刻扱いになる。昨日ちゃんと言ったよな」
片桐はその忠告を無視して一番後ろの席にどかっとと座りこんだ。
坂上先生は空中で指を操作する。片桐のノベルポイントから5千Npt損失した。
「てめえらいつまでジロジロ見てんだよ。このクソ共が」
その言葉に教室の空気が張り詰めた。
「お前こそ堂々と遅刻してきてうっせぇんだよ」
言い返したのは前の席に座っていた勝俣だ。
「ああ? いちいち小物がしゃしゃり出てくんじゃねえよ。潰されてえのか?」
勝俣が勢いよく立ち上がったのを見て、初めて片桐が口元に微笑を浮かべた。
「お前らいい加減にしろ! 暴力行為は罰則と罰金だぞ!」
坂上先生が声を張り上げてその場は一旦収まった。異様な空気感の中、初めてのHRが始まった。
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