第一章「千集院創作芸術学院」
入学
千集院創作芸術学院。
通称、小説家養成学校。
日本領土に存在する一つの島に、その学院は設立された。
かつて無人島であったその場所に、創設者である千集院隼人が資産を注ぎ【千集院タウン】という一つの街を島に造り上げた。
毎年決められた人数の生徒たちが、船で海を渡りこの千集院タウンへとやってくる。
設立から十数年とまだ日は浅くもあるが、数多の小説家たちを排出し、着実にその名を業界に轟かせている。
その一つの理由が、卒業すれば必ずプロの小説家になれることにある。
千集院独自のエージェント契約を卒業生と結び、各出版社に売りつける。それもこれも大手出版社である鳳凰社の副社長にまで昇りつめた千集院隼人を起点にしたビジネスモデルにあった。
最初は訝しんだ各出版社だったが、すぐに卒業生たちの小説を読み、目の色に変化を見せはじめた。次第にその情報は、多くの物書きたちにも流れていき、今や厳しい倍率競争を潜り抜けた者だけが入学出来る名門校になろうとしている。
ちょうど学院長の碇恭也が激励を終えて、一段落したところだった。張り詰めた空気が弛緩しかけたのも束の間、頼りない司会者が一人の生徒の登場を促す。
颯爽と壇上に上がってきた男子生徒は一礼して、マイクに声をあてる。
「新入生の皆さん、ご入学おめでとうございます。二年四組、十期生【文豪】の千集院蓮です」
綾人の近くにいた女子生徒がざわつきはじめて「千集院蓮だ、本物だ」などと声が強まる。
千集院蓮は名字の通り、この学院の創設者である千集院隼人の一人息子だ。その爽やかなルックスと人を惹きつけるカリスマ性と実力が相まって、中学時代にプロデビューを果たした。そんな彼は【神童】の異名で通っていた。
だが蓮は、父親が創設した学院に入学する校則として、プロの看板を一度下ろした。
千集院創作芸術学院の実態をあまり良く知らない一部の大人たちは、卒業したら千集院とプロ契約が出来る学院に通うためだけに、プロの看板を一度下ろすのがどれほど愚かなことかと声を上げたが、その理由を知りたければこの学院に入り身を持って体験するしかないのも事実である。
「こうして十一期生の皆さんが無事に入学出来たことを、私はとても嬉しく思っています。ご存知の方も多いとは思いますが、我々の先輩方には大変誉れ高き小説家たちがいます。皆さんと同じようにこの学び舎に足を運びました。確かに、そのような学院に入学出来たこと自体が物書きにとって大きな誇りとなるでしょう。ですがここは決してゴールではありません。そして卒業がゴールでもありません。
スタートは既に貴方が筆をとった瞬間からはじまっているのです。残念ながらプロの世界はそう甘くありません。毎年100人以上の小説家が生まれ、そして九割以上が5年後にはいません」
蓮は一度、喋るのを中断し、全体を見渡した。それにより生徒たちは、より一層蓮に注目した。それを確認した蓮は、すぐさまマイクを握りなおし。
「そう、この世界は残酷だ! 仮に運良く生き残ったとしても、また翌年には新しい才能が自分の背中を狙ってくる。何よりも死ぬまで書き続けることが出来るのか。自分こそが最大の敵だ。そんな残酷に対抗する為に、この学院は造られたと父はよく言っていました」
蓮は再度、全体を見渡し、頷いた。この時には誰もが、蓮の言葉に共感するように聞き入っていた。こうした不思議な力を持っているのも蓮の持つ魅力だった。
「私はそれを聞いて思ったのです。楽園だ。そして同時に、こんな言葉も思い浮かべました――小説ドリーム。小説家に夢はあるのか。この学院では、それを体現する為のカリキュラムが年々改良されています。ですが、あくまで自発的に頑張るのは皆さんです。この世界は自分で動き出すしかありません。誰からもやれとは言われない。むしろそんなことをしているくらいならもっと生産性のある社会貢献に励みなさい。若しくはもっと酷いことを言われる方が多いかもしれません。だが小説家は小説家にしか成し得ないものがあると私は思っています。どうか十一期生の皆さんが最後まで諦めず、小説に対し、いつまでも真摯な姿勢であって欲しい、そう心から願います。ええ、少し年寄り臭いことを言ってしまいました……すいません」
照れくさそうな蓮の様子を見て、場の空気が少し和らぐ。
「なので楽しい話題でも話すことにします。先も言いましたが、まずこの学院は物書きにとっては楽園です。いつでも小説を読んだり書いたりすることが認められます。むしろ大体のことが小説に纒わることしか認められません。普通の学校ならそれは認めらないでしょう。勉強をしなさい。部活をしなさい。小説好きにとって、それらのことがもどかしくなる瞬間は多いはずです。ですが皆さん、ここでは思い存分小説にのめり込んで下さい。いいんです、少なくとも在学中の三年間は、小説に身を委ねてもらっても許されるんです。大図書館もあります。座学も試験も我が校の伝統競技も全て小説です。小説が全てを決めます。どうですか、ワクワクしてきませんか?」
そこで新入生の誰かが「小説万歳!」と声を張り上げた。それを機に、多くの生徒たちも一緒になって「小説万歳! 小説万歳!」と歓喜の声を上げる。
綾人は困惑しながらも、隣にいた眼鏡の女子生徒を真似るように手を上げ下げしていた。
蓮が静まるようにと手を掲げ、全体を一瞥するよう見渡し、爽やかな笑顔を見せた。
「まだ私も卒業していませんので日々精進して参りたいと思います。そして無事に卒業し、次に新入生の皆さんが卒業し、晴れて共に同じ母校歩んだ小説家として、仲間として再会出来ることを祈っています。では、よき小説スクールライフを」
蓮は一礼して、壇上から去っていく。皆が割れんばかりの拍手で見送った。
そこからは五分間くらいのアニメーション動画が始まり、毎年発表されている学年別に決められたテーマなどが発表されたりした。
こうして入学式は幕を閉じた。。
綾人は一年六組に振り分けられた。一年は全部で六クラスあり、一クラス四十人が在籍する。
六組担任が黒板に乱雑な字で【
「じゃあ一人ずつ適当に自己紹介していこうか。好きな作家とか、好きな小説とか、好きな食べ物とかなんでもいいから一つ言え。じゃあ出席番号一番のえっと天……草だな。ほれ、天草から」
坂上先生に言われて、窓際前列から順に自己紹介が始まった。どこか恥ずかしそうに、それぞれ簡易的に自己紹介を済ませていく。
その中でも
そわそわしていた雰囲気のクラスに、軽く笑いが起こった。
綾人は名字が宮風なので、自分の番まで少しだけ時間があった。なのでどういう感じの立ち位置をクラスでするべきかぼんやりと考えていた。
その時、一人の女子生徒の名前が綾人の耳に強く残った。
「
早川茉希歩という女子生徒は、照れながらも力強さを感じる振る舞いを見せた。
さっそくお調子者の勝俣は「宜しく早川さん! 宜しく! 仲良くしよう!」と無駄に大きな声で言う。
それを坂上先生が「勝俣は黙れ」と言って失笑が起きた。
綾人はその妙に懐かしさの感じる名を、脳内で何度か反芻させていた。だがすぐに自分の番が回ってきてしまい、慌てて席を立った。
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