第137話 i

「待って」フランスの女神は、念じる。


女神のその力に抗う事などできない。



若い男は、足を止めた。



サンライズエクスプレスの、自動ドアは

光電センサ作動なので、彼が足を止めたそこで


ドアは開いたまま。




女神は、彼を呼び寄せる。



怯えた表情の彼は、振り向いた先の


女神が、柔和な表情なのに驚き、そして


優しい気持ちに初めて触れたような

笑みを浮かべた。




それまで、彼の周囲にいた女性というのは

動物臭がするような気がして、彼の


愛したい、と言う崇拝的な感情に


見合うような存在ではなかった。



そう、人間は損得と競争に明け暮れ

堕落していったのだった。



偶像、つまりアイドルであるが



日本にはそのアイドルですら、短いスカートで

恥ずかしげもなく肉体だけを売り物にするような



アイドルとは呼べないような代物しかなかった。



心の美しさなど、かけらも残っていないような

女たちの存在に、彼は幻滅して



男としての凛々しい気持ちで、機械に

興味の対象を移して行ったのだった。



それは、美しい存在が見当たらなかったから



忘れかけていた、愛の気持ちだった。



美しいものを慈しむ気持ち。



その美しいものがないために、慈しむ存在を


鉄道に投影していたのだった。







でも、フランスの女神に触れ



ひとえに、心は潤いを思い出したかのようだ。





彼は、言葉を失った。






「何も、言わなくていいわ。あなたの気持ちは

わかる。列車が好きなのね。

いつか、鉄道の仕事をすればいいわ。

その気持ちを生かして。」





彼は、にっこりと微笑み、うなづいた。


それは、生まれて初めて

自分の気持ちが、誰かに通じた瞬間だったのだろう。





誰かが、自分を認めてくれている。



それだけで、彼はもう、怯える事はなかった。




人がなんて言おうと、鉄道が好きなんだ。

鉄道の仕事をしよう。



男らしいその気持ちは、潔く



彼の目の輝きは、美しくさえあった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る