共伴
檜木 海月
共伴
共伴……考古学において、異なる種類ないし性格の遺物が一緒に出土すること
・・・
深夜二時も過ぎそうな頃、コンコンコンと家のドアが三回ほど音を立てた。私といえば、ちょうどその時足の指の爪を切っていて、それも左の足の爪をちょうど切り終えたところだった。
チャイムを鳴らさない違和感は特に感じない、私の親友二人は私を訪ねてくるときはいつも必ず三回戸を叩くのが暗黙の了解のようになっているからだ。
右の足だけ爪を残した気持ち悪さのようなものを押し殺しながら、私は静かに立ち上がり確認もせずにドアを開けた。
「ヤァ」
ぎこちない声を上げながらそこに立っていたのは私の二人いる親友の片割れで名前をヒカリと言う、感情の起伏が激しくて涙もろい心根の優しい女だ。
「どうした?」
「いや。その」
いやに歯切れの悪いその答えに眉を顰めながら、近所の迷惑を考えて彼女を部屋にあげることにした。
「どうした? 喧嘩でもした? 泊まってもいいけど一晩だけな」
「あ、あのね」
「アイツには連絡しておくから」
しどろもどろになるヒカリを宥めながら、連絡先に少ないスマートフォンでもう一人の親友をコールした。だが、着信音が鳴ったのは彼女のポケットからで、やけに不気味なアイフォンの初期設定の着信音が響き渡った。
「あのね」
彼女の瞳に吸い込まれ、私は繋がらない電話をかけたままで固まった。
やめてくれ、心が叫ぶ。
「お願いがあってきたの」
「……」
「アイツを、カケルを埋めるのを手伝って欲しいの」
・・・
必要のない回想を挟み込もう。私と彼と彼女の関係性を整理したい。
二人と出会ったのは高校の入学式、そこからの付き合いなのでもう八年以上過ぎようという時間がたった。二人は少し変わっていて、友達も少なかった私にできた掛け替えのない友人達であり、私は二人のためなら自分の身を切ることさえ厭わないほどに大切にしている。
ヒカリとカケルは俗に言うカップルというやつで、大変仲睦まじい良い関係性であった、年に数回大きな喧嘩こそするものの私の東奔西走の大活躍もあって破局を免れていた。それに仕事が落ち着けば結婚したいとつい先日カケル本人の口から私は聞いた。
そんなことを思いながら、二人の愛の巣であったはずの部屋で冷たく動かない彼の頬に触れながら私は思い出していた。
その隣で彼女は震えて泣いていた。
・・・
深夜の高速というのは通っている車も少なくて気持ちがいい、特にこの季節は窓を開ければ春先の暖かい空気と桜の花びらが車内に迷い込んでいる。
「いいの」
「何が」
ハンドルを握る私の隣で、憔悴し切った彼女が呟く。
「私は人殺しだよ」
「そうだな」
「アンタの親友を殺した」
「でも、ヒカリも親友だ」
私が淡々とそう言うと彼女は静かに俯いて涙をながした。
殺すつもりはなかった、彼女はそう言った。
年に数回ある大喧嘩の成れの果てらしいことは彼女の口ぶりを聞いていれば分かった。言い合いになって彼女が掴みかかり、彼が引き剥がし、それに怒った彼女が思いっきり突き飛ばすと彼はよろけテーブルの角に後頭部を強打してそのまま脳震盪を起こして絶命。なんともアホらしいと言うかなんというか、テーブルの角で頭を打って死ぬというお約束のような展開が実在してしまうことが分かった。
気分転換に……と音楽をかけていたが、ブルーな彼女に消されてしまった。高速道路のトンネルがブルーな彼女をオレンジ色に照らし出す。
自首なんかも進めてみたが、彼女はそれを拒否した。結果として殺してしまったが、殺意のない殺人だ裁判の判決次第では執行猶予も付くだろうに。
「共犯よ」
「知ってるよ」
このことがバレれば死体遺棄罪で捕まるのは目に見えている。それに彼女は殺人に死体遺棄で求刑が重くなることも目に見えている。それでも親友のために身を切ることを私は選ぶ。
「……ごめんね」
「みてよ、桜が綺麗だ。今年は桜が咲くのが早かったね」
「……」
私が指さす方向には名所と言われる桜のライトアップスポットが広がっている、この季節この場所に来る人たちは少なく無い、こんな時勢であろうとも。
「花見、行きたかったな」
涙を流しながら彼女がつぶやいた。
私はスマートフォンに入っていた二人との花見の約束を消さなければ……なんてぼんやりと考えながら桜を流して夜を進んだ。
・・・
成人男性でそれも力も魂も入ってない状態はとても重いことを私は実感している、しがみつこうとしていないから持つのも一苦労だし、何より彼は私よりも体格がいいので運ぶのにも物理的に骨が折れそうになる。車通りどころか人気のない山の駐車場から成人男性一人を抱えて山登りなど二度としたくない。
この人気のない山が実は桜の名所なのだと、嬉々として私たちに教えてくれた彼を埋める場所がこの山なのはなんたる皮肉だろうか。額の汗を拭いながら私は思わず口角が釣り上がる。
「重い」
「それが殺人の重みだよ」
私が軽いジョークを口にするとブルーシートと大きな二つのスコップを持っていた彼女が悲しげな顔で俯いたので「冗談だよ」と補足する。すると今度は殺されそうなぐらいキツイ視線が飛んできたので両手を上げて降参した。一人も二人も今の彼女にとっては造作もないはずだ。
彼の死体を隠すために人が二人以上は入りそうな深い穴を掘ることにした。
スコップで土をかき分けながら彼女と他愛のない話をする、私にとっては単純作業を紛らわすいい気晴らしになったし、彼女にとっては自らの罪と向き合わずに済むいい現実逃避だろう。
途中のコンビニで買っておいたポカリスエットで喉を潤すと、高校時代の体育祭の思い出がふと蘇る。
「そういえば、カケルは応援団長やってたな」
「……アンタは似合わないのに、カケルに無理矢理副団長やらされてた」
「そのおかげで体育祭期間は毎日カケルのポカリを買わせてた」
「昔からアンタら二人はよくわからないよね、二人とも正反対」
「そこにヒカリが入ってちょうど良い塩梅になるんだよ」
「……それもそうね」
土をかき分ける感触が次第に固くなっていくにつれて会話は次第に軽く曖昧なものになっていくのに私も彼女も気がついていた。もう気がつけば数時間も掘り続けているせいで遠くの空が明るく見える。
「どうして、ここまでしてくれるの」
楽しい思い出話を打ち切って、彼女が唐突に現実に目を向けた。
「言われてたんだよカケルに」
「なんて?」
「俺に何かあったらヒカリを頼むって」
「……そのカケルを殺しても?」
「君がなんて言おうと、君の味方であり続けるよ。約束もあるし、ヒカリは親友だ、掛け替えのない」
「……ありがとう」
彼女が涙を流して繰り返し繰り返しつぶやいた、それはその日初めてみた後悔から来る涙ではない本当の彼女の涙に見えた。
私は彼女の頭を軽く叩いて、荷物を取るために穴の外に這い出ようとする。
「いつまで掘ればいいの?」
「もういいよ」
「てか、何してるの」
「ごめん、少し手を貸して。上にあがりたい」
「こう言うのって女の子が先じゃない?」
「じゃあ聞くけどヒカリが引き上げられる?」
「……きついかも」
「でしょ?」
私はスコップを穴の外に投げて、彼女の力を借りて穴の外に躍り出ると新鮮な山の、それも朝露の混じった心地のいい空気に驚いた。それと同時に気が滅入る、今から死体を埋める作業が残っているのだから。
「ねぇ、引き上げて!」
彼女の声に「はいはい」と声を合わせ、私はスコップを握り込みながら安堵する。これで、ようやくいつもの彼女の調子が戻ってきたらしい。
私はため息混じりに笑いながら、深く深く掘った穴の中、その壁の側にいる彼女の頭頂部目掛けて握っていた重い鉄製のスコップを振り下ろした。
グシャっともグチャとも違う独特の音と感触が体に響く、漫画やアニメとは随分と違うのだな、なんて考えながら血を流して這いつくばる彼女と死んでしまった彼に土をかける。
「ごめんね」
「なんで!? なんで!」
頭を鉄製のスコップで殴打したと言うのに思ったよりも元気なことに驚いた、見た感じ頭の形も多少おかしくなっているようにも見えるし、何より出血が夥しい。
「やっぱり! やっぱり私が憎いんでしょ!」
どうやらアドレナリンが出ているようで痛みをさほど感じていないから喋る元気があるらしい、確実に彼女の体にはダメージが残っていることが分かる。その証拠にさっきからまともに体が動かせていない。
混乱しているから私が彼女を憎んでいるなどという素っ頓狂な答えが出るのだろう。
「頼まれたからって言っただろう?」
「……は?」
「このままじゃ君は殺人犯になってしまう。ならどちらも殺されたことにすればいい」
このままでは彼女は自分の恋人を殺したと言う十字架を背負って一生を生きていくことになる、さらに死体を埋めたとなれば世間は面白おかしく彼女を追い詰めることは容易に想像できた。だからそうならない為の私なのだ。
彼女が加害者から被害者になればいい、それで全てが丸く収まる。
「な……いっ……て」
「大丈夫だよ、こっちはなんとかなるから」
大切な幾つものことをくれた二人のためならば、私はなんだってできるのだ。
次第に呂律が回らなくなっている、どうやらもう限界が近いようだ。
「さよなら。ヒカリ、カケル」
「まっ……」
「ずっと君達を大切に思っているよ」
・・・
二人の死体が完全に土の中に埋まる頃にはもうすっかり太陽は登ってしまっていた。汗臭い自分の体に眉を顰めてこれからどうするか考える。
日本の警察は優秀だから時間が経てばどうせ見つかる、捜索届けが出されたらすぐに自首するのがいいだろうか? まぁ、その辺は後から考えよう。そして猶予のない残りの数日間でやり残したことは片付けておきたい。
「ひとまずは風呂だな」
確か、ここら辺にヒカルが教えてくれた温泉があったはずだ。彼女も彼も、私では知らないようなことをたくさん知っているものだから、もう彼等と会話ができないのは純粋に悲しいと感じた。
「じゃあね、二人とも」
私はクタクタの体を引き摺って車内に乗り込むと、まだ人の少ない高速道路の車道を滑るように走って消えた。
共伴 檜木 海月 @karin22
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