第68話 眠れぬ夜は呪いのせい(6)


「美桜が……美桜がおかしくなった!!!」

「まぁまぁ、落ち着け」

「お前誰だよ!! 美桜は!? 俺の美桜はどこいったんだ!?」

「慌てるのも無理はないが……」


(なんやこれ……どういう状況や)


 陸が現場に到着すると、もう色々とめちゃくちゃだった。

 高級ホテルのレストランの個室は、大地震でも起きたのかというくらいに物が散乱していひどい状態だったし、黒い塊に包まれ苦しんでいる男がいる。

 おそらく、これをやってのけただろう美桜は、いつも以上に神々しい光を放っていて、そんな美桜に対してギャーギャーと喚いている伊織。


 普通なら、ここまで伊織がうるさいと美桜が大声で怒って、伊織がしゅんとする……というのがいつもの流れなのだが、美桜はものすごく冷静だ。

 別に怒ることもなく、ただ落ち着けと、妙に大人っぽい感じで伊織をなだめようとしている。


「うるさいで、月島くん。ほんま、一旦落ち着きや」

「落ち着いていられるか!! 美桜が、俺の美桜が別人になってるんだぞ!?」

「別人て……そりゃ、ちょっと雰囲気違う気がするけどやなぁ……」

「……まったく、人間というのは本当に話を聞かないな。いいか、これから全部説明してやるから、とりあえず私の話を聞いてはくれないか?」

「————……いや、誰やねん!?」


(ほんまにミオちゃんじゃないやん!!!)




 * * *




 二時間後、先ほどまでの騒動が嘘のように、月島ロイヤルホテルは聖なる夜を迎えていた。

 陸の持っていた例の記憶を消す香と、優秀すぎる執事東堂のおかげで、いつも通りの営業が再開したのだ。

 冨樫の方は、陸の手下が回収して、とりあえず小日向家で幽閉されている。


 その最上階のスイートルームで、大盛りのカレーライスを口いっぱいに頬張りながら、美桜は伊織と陸に一体何が起きたのか、説明を始めた。


「吉沢美桜は、神の子だ。正確には、神の分身だな。今風の言い方をすると、神と人間のミックスってやつだ」

「いや、意味がわからない……」

「まぁ、最後まで聞け」


 この美桜の話によると、月島家は竹取物語に登場する帝の末裔なのだという。

 美桜は月島家の後継である伊織を守るために、こちらの世界に産み落とされた。

 しかし、竹取物語はフィクション。

 創作された物語だ。

 かぐや姫とされているのは、天界に来た月の神らしい。


「先ほどの男や、蘆屋の者たちは勘違いをしているようだが、月島家の人間には神の力は宿っていない。帝の子孫ではあるが、月の神とは血が繋がっていないのだ。その代わり、加護は受けている。月が欠けるにつれて加護の力は弱まる性質はあるがな……」


 美味しそうにデザートのバニラアイスもペロリと食べて、美桜はさらに話を続けた。


「そもそも、物語ではかぐや姫とされているが、実際、この地に降り立った時、月の神は姫のように美しかったが……男なんだ」

「えっ!?」

「だから、どんなに貴族や帝から求婚されようと、応えようがなかった。まぁ、少ししたら去る予定であったのもあるが——……それでも、帝はしつこくてなぁ。神も絆されてついつい、恋文に返事を送ってしまった……ふふふ」


 少し頬を赤らめながら、ニヤける美桜。


「いいか、伊織。お前はその帝の生まれ変わりなのだ。だが、残念なことにお前は呪い逃れで生まれてしまった。呪い逃れの子には、必ずつがいとなり、守る存在が必要になる——……それが、この子だ」

「……この子——って、やっぱり、お前は美桜じゃないんだな?」

「あぁ、今私は、月の神の記憶を持ったこの子の別人格だよ。あの子には今ちょっと眠ってもらっている」

「眠ってる……?」

「私が目覚めるまで、かなり時間がかかってしまったんだ。少しくらい、この体で遊んでもいいだろう?」


 この美桜は、ニヤニヤと笑いながらいたずらに伊織の顔を覗き込んだ。


「伊織、お前が望むなら、私が相手をしてやってもいいぞ? 今日は聖なる夜……クリスマスイブってやつらしいからな。一緒に寝てやってもいいぞ?」

「は……!?」


 顔も体も声も同じなのに、美桜が絶対言わないような誘惑の言葉に、伊織は驚いて固まった。


「なんや、月島くん……僕もう帰ろうか? お邪魔やろ?」

「いや!! 帰るな!! 邪魔じゃない!! むしろこの痴女を止めろ!!」

「痴女とは失礼な。お前が愛している女の別人格だぞ? 愛らしいだろうが」

「俺の美桜は、こんなこと言わないんだよ!! もっとこう、蔑んだような目で俺をだなぁ……!!」

「ほれほれ、試しにこの帯を解いてみるか?」

「やめろ!!!」


 伊織は必死に別人格の美桜から逃げ、陸は美桜に迫られて慌てる伊織を見てケラケラと笑った。




 そして、その翌朝……クリスマス。




「な、何よこれ……!! どういう状況!?」


 目を覚ました美桜は、目の前の光景に眉間に深いシワを寄せる。

 部屋にはベッドが二つあるというのに、伊織は裸で同じベッドで寝ていたのだ。

 それも、美桜を離さないように抱きしめたまま。






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