最終話 眠れぬ夜は呪いのせい(完)


「本当に咲いてる……クリスマスなのに……」

「どうなってるんだ? 冬なのに————」


 富士廻神社では、桜の木が狂い咲いていた。

 まるでそこだけが春であるかのように、青い空に桜の花がよく映える。

 狂い咲きの桜を一目見ようと、周辺の住人が集まって、昼前の富士廻神社は賑わっていた。


「一昨日私が見たときは、蕾もなかったのに————でも、すごく綺麗」

「あぁ、そうだな」


 美桜に強烈な平手打ちを食らった伊織は、そのイケメンすぎる顔をさすりながら美桜の隣で桜を見上げる。

 1本だけ咲いたこの桜の木は、美桜が生まれた時に咲いた木だった。


「これって本当に、私のせいなんだよね? まだ記憶が完全に共有できてないから、覚えてないんだけど……そんな気がする」

「ふーん、じゃぁ、俺が美桜に何もいやらしいことをしていないってことは?」

「それはまだ信用してないわ。あんた、変態犬だもの……」

「ちっ……はいはい、いいよもう。俺は変態犬で」


 昨夜美桜の中で目覚めたもう一人の人格は、神の記憶の一部を美桜と共有させた後にふたび眠りにつくそうだ。

 伊織にはその仕組みがよくわからなかったが、本来の美桜の人格を変えることはないという。

 美桜がピンチに陥ったり、ひどく疲れていると現れる可能性があるとは言っていたが……とにかく、しばらく現れることはないらしい。

 よほどのことが起こらない限り。


 そして、もう一人の美桜は人格がはっきりと現れている今、伊織にいいことを教えてから美桜の中に戻って行った。

 そのことを思い出し、ニヤニヤと笑みを浮かべて、伊織は美桜の小さな手を離さないようにぎゅっと握る。


「ちょっと!! また勝手に!」

「俺は犬なんだから、ちゃんと繋いでおかないとダメだろ?」


(大事なのは、スキンシップ。うんうん、もっと積極的にいくぞ)


『美桜はもう、伊織に心を開いている。でも、それが恋だとか好きだとかは理解できてない。だからこそ、お前がたくさんこの子に触れて、たくさん愛してやるんだ。幼い頃に注がれるはずだった愛情よりもっともっとたくさんな。それには多少強引でも、お前が殴られようが、スキンシップが一番だ! そうすれば、この子もお前がだんだん愛おしく思えてくるから』


 言われた通り、伊織は美桜に怒られても、蹴られても殴られても、懲りずに美桜の手を離さずに、むしろその小さな手の甲に口付けする。

 美桜は真っ赤な顔で怒っていたが、そんなこと全く気にしていなかった。



「あらあら……見て、おじいさん、あの美桜が男の子と手を繋いでいるわ」

「な、なんだと!? こんな人前でけしからん!!」

「ちょっとお父さん! 邪魔しちゃダメよ!!」

「そうだよじぃじ! 美桜ねぇちゃん幸せの光ぽわぽわ出てるでしょ?」

「ぐぬぬぬ……」


 そんな二人の様子を見ていた清は、人前でうちの大事な孫に何をするかあの男は……と、止めに入ろうとしたが、妻にも娘の恵にも、そして孫の光にまで反対されて、拳を強く握ったまま眉間にしわを寄せる。

 美桜とそっくりな表情で。



 * * *



 それから半年後————


「ちょ……ちょっと、月島くん!! あんた、またそれ……————!!」

「あ、あぁ、美桜。もしかして、やっぱりまた何か憑いてるか? 首が痛くて……また眠れないんだ」


 伊織は真っ青な顔で登校してきた。

 冨樫の件が片付いて、これで伊織が呪われることもなくなった思っていたのに、また変な呪いにかかっている。

 生徒玄関前で苦笑いしている伊織の首に、黒い半透明な釘のようなものが刺さっているように美桜には見えていた。


(たった2日会わなかっただけで、なんでこうなるの???)


 6月は結婚式のシーズンのため、富士廻神社で式をあげるカップルも多い。

 いつもなら土日関係なく美桜に会いに伊織はやってくるのだが、神社の手伝いがあるため流石に遠慮してもらったところ、このザマだった。


「まったくもう……いい加減にしてよね」


 美桜は呆れながら、伊織の首に手を伸ばす。


 その様子を、まだ美桜がこの学園の王子様・月島伊織の婚約者であることをまだ知らない1年生たちが目撃して、きゃーと悲鳴が上がる。

 じっとしていればいいものを、伊織がガバッと美桜を抱きしめたせいで余計にだ。


「いやぁぁぁ!! 伊織様が!!」

「私の伊織様がぁぁぁ!!」



 この学園の王子様は呪われやすい。

 だからどうか、彼に叶わぬ恋をするのはやめて欲しい。

 その恋は————強すぎる想いは呪いに変わってしまうから。


「ちょっと……こんなところでやめてよ!」

「いやだ。今日は一緒に寝る。お前がいないと、やっぱり俺は眠れないんだ」

「眠れないって……! 今、朝だから!! これから授業!!」

「いやだ眠い。もう帰る。東堂、やっぱり帰るぞ!!」

「はい、坊ちゃん」

「はぁ!? ちょっと、待って!! なんで!?」

「すみません、美桜様。すぐに車に乗ってください」

「いやだってばぁぁぁ!!」



 眠れぬ夜は呪いのせいだ————



 — END —

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