第66話 眠れぬ夜は呪いのせい(4)


『ええか、月島くん。多分、ミオちゃんの力やったら、そのオッサンより上やと思う』

「お、おう……やっぱりそうか」

『でも、俺があの人に最後に会ったのはもう5年以上前のことや。今の力は直接見てみんとわからん』

「直接会った? どういうことだ? 知り合いなのか?」


 中に入れずにいる伊織のスマホに、陸から電話が来た。

 東堂が一瞬で陸の連絡先を調べて、繋がったのだ。


『そのオッサン、本家の今の当主・蘆屋道康の兄さんや、母親は違うらしいけどなぁ』

「な……なんだって!?」

『詳しくは知らんけど、有名人やからな……分家の人間ならみんな知ってることや。本当なら、その兄さんの方が力が上らしいねん。まぁ、それは俺も見ただけでわかるけど……』


 陸の話によると、冨樫は蘆屋家の先代の当主の愛人の子供だった。

 幼少期は認知されず、その存在すら知られていなかったがテレビに出始めた頃に発覚する。

 何しろ、その当主の若い頃にそっくりな顔をしていて、腹違いの弟も同じ顔をしているのだから。

 その後はごく稀に、本家に足を運んでいた冨樫の姿も目撃されていて、5年前にアメリカにいた陸は偶然だが一度直接会っている。


『確かに力は強いで。そんで、後ろにすごいもん連れとる。本家の人間にも、僕にも祓えない恐ろしい呪いや。でもあの人、呪いをかける力は持ってるんやけど、自分じゃもう祓えんねん。ミオちゃんみたいにパッと消すことができんのや。呪えば呪うほど、人が死んで、そいつに呪われて後ろのもんがデカなって……の繰り返しみたいなんや』


《人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し》


(あ……)


 壁を一枚隔てているというのに、冨樫の後ろにいるものの声は、伊織の耳にまだ聞こえていて、ゾッとする。

 たくさんの人を殺してきた殺人鬼と美桜を二人きりになんてしておけない。

 だが、何度個室の中に入ろうとしても、美桜の言霊が効いていて入ることができず、伊織はもどかしかった。


『ええか、月島くん。とりあえず僕がつくまで君は近づかん方がええ。呪術使える人間の前に、呪われやすい月島くんがおったら足手まといや。とにかく、もうすぐつくから、そこで待っとき!』

「……わ、わかった」


(それはわかってる……でも……美桜が——————)



 * * *




「意味がわからない……あなたが神になる? それでどうして、月島くんを殺す必要があるの? お姉さんと子供を作って、何になるの?」

「なんだ、それは知らないのかい? それを知っていて、僕の邪魔をしているのかと思ったよ……」


 冨樫は使役してる蟲を使って、美桜に呪いをかけようと何度もしてくる。

 しかし、何度呪いを吐かれようと、穢れをまかれようと、美桜に触れた瞬間に消えてなくなる。

 ほんの一瞬、視界を遮られる程度で、美桜にはどれもこれも効果がなかった。


「月島家は、月の神の末裔だ……本人たちにその自覚はなくとも、彼らに流れる血は神のもの、だからこそあれだけの財とそして美しさを持つ一族なのさ。そうだな、有名なあの話を知っているだろう、かぐや姫だ」

「……かぐや姫?」

「竹取物語では帝は不死の薬を燃やしたとなっているが事実は違う。かぐや姫は子を残した。その子が月島家の先祖だ。帝はかぐや姫との間に生まれた子供を山で密かに育てたんだ。山から上がった煙はその時の生活の煙さ」


(な……何言ってるの、この人————!)


「蘆屋家に残っている文献にそう書いてあった。月の神の血と混ざり、生まれた子供を生け贄に月の神を呼ぶ。そして、僕がこの地の神となり、このうるさい声を神の力で全ての呪いを祓い、消し去るんだ。そうしたら、あとは全部消さなきゃならない。月島家の血族はみんな絶やさないと、同じ儀式をするやつが後で出てきちゃうだろう? そうなったら面倒だからね……先ずは一番邪魔な後継の長男を殺して、それから長女の佳織と結婚しようと思っていたのに」


 冨樫は伊織を殺した後に帰国し、月島家の長女である佳織を呪術を使って自分のものにする予定だった。

 しかし、待てど暮らせど弟に依頼した伊織の呪殺は成功しない。

 もう我慢しきれなくなった冨樫は、自ら伊織を呪い殺そうと帰国したのだ。


「毎日毎日うるさいんだ、声が。よく眠れない。これ以上は僕も限界でね……————でも……」


 冨樫は美桜を見て、嬉しそうに笑う。



「君の力、素晴らしいね。君なら、こんな回りくどい方法を取らなくても、僕の呪いを消すことができるんじゃないのかい?」


 二匹の蟲が同時に呪いを吐いて、美桜の視界を数秒遮る。

 その隙に、冨樫は美桜に近づき、美桜の手首を掴んだ。



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