第65話 眠れぬ夜は呪いのせい(3)
冨樫アリスなど、最初から存在していない。
それは冨樫が作り出した、自分の目的を達成するための
多くのものを殺し、呪われ、呪ってきた冨樫は子供に恵まれなかった。
皆、一歳になる前にこの世を去っている。
「どういうことだよ!! あんた、こんな化け物と俺を結婚させようとしていたのか!? ふざけるな!!!」
伊織が叫んだが、冨樫は動揺しなかった。
「ふざけてなんかないさ。月島伊織、君が死なないのが悪いんだ。僕が日本に帰ってくる前に、本当ならとっくに始末しているはずだったのに……」
「な……なんだって!?」
「君を呪い殺して、佳織さんだったかな? 君のお姉さんと僕が結婚する予定だった」
「まさか、蘆屋家に俺を呪い殺すように依頼したのはあんたか!?」
「おや、そのことまで知ってるなんて、どうしてかな? まったく、使えない本家のやつらだ。情報まで漏らすなんて——……あとで道康をしかりつけないとなぁ」
アリスだったものが、口から何かを吐き出し、それが志織に向かって飛んでくる。
どろどろとしたソレは、志織の顔にかかり、鼻と口を塞いでいく。
「まずは一番弱そうなのから……か。うん、さすが僕のアリス。悪いねぇ志織さん、僕は子供を産んだあんたに興味はないんだ。女はどんなに綺麗だろうと、若くなきゃ興奮しなくてね。僕には月島家の血と僕の血を混ぜた子供が必要なんだよ」
冨樫はニヤニヤと笑った。
いつものように、目撃者も関係者も、全て殺す完全犯罪。
人を殺すことに心なんて痛まない。
冨樫はそういう男だ。
「月島くん、お母さん連れて、ここから出て」
苦しむ志織の顔に、美桜が触れると一瞬でアリスが出したソレは消える。
「ここから出ろって、美桜、お前はどうするつもりだ!?」
「いいから、出なさい!!!」
美桜がそう言うと、伊織の体は勝手に動く。
「あっ! まさか……言霊……!?」
伊織は志織を抱えて個室を出る。
正確には、追い出された。
すると、外で待機していた東堂が駆け寄ってきた。
「坊ちゃん!? 奥様も、一体どうされたんですか!?」
伊織は志織を東堂にあずけ、すぐに美桜のところへ戻ろうとしたが美桜の言霊が効いているようで、個室に近づくことができない。
(くそ……体が勝手に動くっ。ダメだ、戻れない——……それなら、せめて、俺にできることを————)
「……東堂! 今すぐ全員避難させろ。このレストラン……いや、このホテルにいる全員だ。ここに近づけさせるな! 特に、姉さんはダメだ!! できるだけ遠くに、誰も知らない所に逃がせ!!」
「えっ!? それは一体どういう……」
「それと、警察……は、証拠がないとダメか……えーと————そうだ、あいつだ!! 小日向陸を呼んでくれ!!」
「……かしこまりました」
(美桜、無事でいてくれ。お前なら、大丈夫だと思うけど……でも……————)
もしも、美桜の力より、冨樫の方が上だったらと、不安が頭をよぎった。
* * *
「驚いたな……なんだ、その力は」
冨樫は美桜が触れただけで、アリスが吐き出したものが消えたことに驚いた。
ここまで一瞬で、呪いが消えてしまうのを見たことがない。
そしてその力は、冨樫が求めているものに通じるものがある。
「まさか、君は呪いを消すことができるのかい? いいなぁ、その力。月の神より、君の力を使った方がもしかして早いのかな?」
「月の神……?」
冨樫のこの言葉で、美桜は昨夜桜の木の上にいた、あの能面の言葉を思い出した。
——愚かにも、神になろうとしている者がいる——
(まさか…………)
「……神に、なろうとしている?」
美桜がそう呟くと、冨樫は笑い出した。
「すごい、すごい、すごい!! なんだ君は!! そんなことまでわかるのかい!! あはははは」
大笑いしている。
笑いすぎて、涙まで流しながら。
「そうだよ、教えてあげよう。僕は神になろうとしている。そうすれば、この呪いも祓えるから————そうすれば、ぐっすり眠ることができる。人を殺しても、何をしても、安らかに、眠ることが……」
冨樫の目的は、ただ一つ。
《人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し人殺し》
蟲による制御が効かなくなってきているこの、死者たちの声から解放されること————
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