第23話 神の子と呼ばれた少女(3)


「伊織様、いったいどうしたのかしら?」

「いつもと違って、なんだかお暗いわ……」


 伊織は教師に諭されて、とりあえず自分の席に着いた。

 だが、伊織ファンの女子たちが、伊織を心配している上、伊織と仲のいい男子たちも一体何があったのかと、誰も授業に集中できない。


 斜め前の席にいる伊織の背中を見つめ、美桜はため息をつく。


(なんとか、タイミングをみて除霊しないと……さっちんが……)


 伊織の真後ろの席は沙知だ。

 このまま放置していては、親友の沙知にも悪影響に決まっている。

 霊と雑鬼の一部は、沙知の机の上に乗っているのだから。


(さっちんに何かあったら、ぜったい許さない)


 いくら親友とはいえ、美桜の男性恐怖症のことは知っているが、霊や呪いが見えることができる体質であることを沙知は知らない。

 かつて神と呼ばれていたことも、この今取り憑かれている伊織の婚約者であることもだ。

 実は伊織のファンである沙知に、そんなこと言えるはずがなかった。


 男性恐怖症の美桜が、突然、伊織の体に触れるなんてことが起きたら、みんな驚くだろうし、昨日伊織が空き教室に美桜と入ったことは一部で噂になっている。

 もちろん、その一緒に入った女子生徒が美桜であることまでは広がっていないが……


 噂では、伊織が空き教室に女を連れ込んだ……という話になっているのだ。

 一体、空き教室で何をしていたんだと、いろいろ妄想を膨らませる女子たちもいて、いつか自分も連れ込まれたい……なんて言い出す生徒も。


(誰にも見られないように、自然に触るにはどうしたらいいんだろう……)


 できることなら、男に触るなんてことを美桜はしたくないのが本音だ。

 しかし、もしもまたこれがあの蘆屋の呪具によるものだったりしたら……と考えると放置できない。

 蘆屋の呪具は呪われた相手以外の周りにも悪影響を及ぼすと言われているし、美桜に優しくしてくれている人たちに、何かあったら大変だ。


 そんな風に考えている美桜を嘲笑うかのように、伊織についている雑鬼たちは沙知や周りの生徒たちの机の上で踊っている。

 美桜の方にも来たが、今は見えていないふりをしなければならないのが辛かった。


(あぁ……すっごくめんどくさい!!)



 * * *



 授業中も、伊織の体はどんどん重くなる。

 もう立ち上がることもできない。

 気分も、呼吸もしづらくなってきて、苦しくてたまらなくなっていた。


 次の授業は体育だ。

 みんな着替えのため体育館横の更衣室に移動し始めたが、伊織だけは自分の席から立ち上がることもできず、一人残っていた。


(今しかない……わね)


「さっちん、私教室に忘れ物したから、先に体育館行ってて!」

「え、そうなの? 一緒に行こうか?」

「大丈夫! 授業遅れちゃうかもしれないし……!」


 美桜は途中まで沙知と歩いていたが、教室へ走って引き返した。

 誰も教室に残っていないことを確認して、美桜は伊織の背に手を乗せる。


 雑鬼もネガティブな霊も、美桜が触れた瞬間、すっと綺麗に消えて無くなり、体が軽くなった伊織は何があったか理解できずに驚いて顔を上げた。


「美桜……?」

「はぁ……はぁ……もう、いい加減にしてよね……」


 本当に、このまま死ぬんじゃないかと怖くなっていた伊織は、息を切らしながらそう言った美桜を見て泣き出してしまった。


「もっと……もっと早く助けてくれよ…………本当に……俺、このまま、死ぬんじゃないかって……————」

「ちょ……ちょっと……!! 泣かないでよ! こんなことくらいで……」


 もうネガティブな霊はいないのに、伊織は椅子に座ったまま美桜にすがりつく。


「もうっ!!」


 こうなると、落ち着くまで伊織は絶対美桜から離れない。


(……ダメだ。これはもう男じゃない。子供……いや、犬だと思おう。大きいけど、犬みたいだし……)


 そう思えば、少しは平気な気がしてくる美桜。

 男は嫌いだが、犬は好きだ。


 伊織はしばらく泣いていたが落ち着いてくると、顔に当たっている暖かくて柔らかい感触に気がつく。

 美桜は伊織を犬だと思うことにしたが、伊織はお年頃の男子らしくちょっと興奮してきていた。


「美桜……」

「なに? もう落ち着いた?」

「前にも思ったけど……意外とでかいよな」

「……は?」


 伊織が何を言っているのか、よくわからなかった美桜。

 だがさすがに、とっくに泣き止んでいる上、美桜の背中に回されていた手の動きがなんだかいやらしいことに気づく。

 制服をギュっと掴んで泣いていた伊織の右手は、いつの間にか腰に下がって来ているし……


「……今日、家に来てくれないか?」

「な……っ! 何をするつもりよ!! この変態犬!!! やっぱり、男って最低!!」

「へ、変態犬!?」


 美桜はおもいっきり伊織を突き飛ばし、伊織は椅子ごと後ろに倒れた。


「…………いや、そうじゃなくて! 原因だよ! どうせ俺はまた何か呪われてるんだろ!? 原因を調べにきてくれよ!!」

「……あぁ、そっちね」

「……それ以外何があるんだよ」


(そ、そううよね。びっくりした。いくらなんでも、そんなこと考えるわけないわよね……)


「——っていうか、それ以外、してもいいのか? ついに、この俺の魅力が————」

「……呪い殺すわよ?」

「ごめんなさい」


 そしてこの後、原因を探しに伊織の家に来た美桜のおかげで、本当に伊織を呪っていたのが美桜であることが判明する————



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る