第20話 呪われすぎの王子様(完)


(気まずい……何この雰囲気……もう家に帰りたい)


 伊織が空気を読まなかったせいで、月島家へ戻る車内で美桜が蘆屋の指輪の話をしてもなんだかみんな上の空だった。

 ちゃんと理解してもらえたのかどうか、わからない。


 伊織の部屋で改めて話をしたが、命を狙われているかもしれないというのに、伊織は姉と執事の秘密を知り、弱みを握ったことが嬉しいのかニヤニヤと不敵な笑みを浮かべ、佳織は悔しそうな顔でそんな伊織を睨みつける。

 東堂は逃げるようにお茶を用意しに行ったまま、全然戻ってこない。


「あの……ちゃんと理解していただけました?」


 美桜が念のため確認すると、佳織は伊織を睨みつけていたその怖い顔のまま、美桜の方を向いた。


(ひっ! 怖い!)


「最初から私を呪い殺すのが目的だったかもしれないということよね? その蘆屋なんちゃらって奴が……」

「はい、正確には蘆屋の子孫ですけど……」

「美桜、あなたかそういうことに詳しくて、浄化の力?ってやつを持っているのはあの指輪の光が消えたのを見て十分理解したけど……それは本当に私を狙っているの?」

「え……?」


 佳織は伊織をビシッと指差した。


「こいつの方を狙ったとは考えられないの?」

「お、俺!? なんでだよ!? 姉さんが誰かに恨まれてるんだろ!?」

「私を介して、伊織に呪いが移っていたのよね?」

「は……はい」


 確かに、伊織の背中にできた謎の紫のキノコ。

 その原因は、佳織の呪いを吸い取っていたせい。

 伊織はどうもあの蛇の一件から、呪われやすい体質なのではないかと美桜は思っていた。

 呪われやすい人間の中には、伊織のように他人の呪いを吸い取ってしまうものも多い。


「私を呪い殺して、一体なんの得があるのかわからないのよ。私の罪なんて、この美しさくらいでしょ? 恨まれれる筋合いもないわ」

「なっ! 何言ってるんだよ!! それなら、俺だって、この完璧すぎる容姿くらいしか、恨まれる筋合いないぞ!?」

「バッカじゃないの!? あんたは男じゃない! それに、忘れてない? あんたはこの月島家で唯一の男児なのよ? 女しか生まれない月島家の長男! 私なんかよりよっぽど命を狙われる可能性が高いでしょうが!」


 月島家は、代々女系家族だ。

 婿を取り、その血が途絶えることはないが、なぜか女児しか生まれない。

 その為、婿がいずれはこの月島グループの会長となるわけだ。

 その資産は計り知れず、国一つ買えるとか買えないとか……


 誰もがその婿の座を狙っていた中で、生まれてしまったのが伊織なのだ。

 婿の座を狙っている者たちからしたら、長男である伊織は邪魔な存在なわけだ。


 もし、伊織が死んでしまったら、また婿を取ることになる。

 そうなると、当然長女である佳織は自由に結婚相手を選ぶことも難しくなるだろう。

 同じように政略結婚をした両親の夫婦仲は悪くはないが、佳織にはもう心に決めている人がいるし、このまま死なれては困るのだ。


「……なるほど……。そんな複雑な事情があるんですね……」


(お金持ちはお金持ちなりに大変そう……)


 美桜は佳織からその話を聞いて、確かにその可能性もあると思った。


「————そういえば、坊ちゃんが蛇の呪いをかけられていたあの日本人形……固定されていた台座の裏に、蘆屋と書いてありましたね」

「え……!?」


 いつの間にか紅茶を持ってきた東堂が、そんなことを呟いた。


「ど、どういうことだ!? 東堂、なんで今更、そんなこと……!!」

「いえね、美桜様のお話からどこかで覚えのある名前だと、思っていたのですが……思い出しまして」


(台座の裏に? ……あの時は、助けるのに必死でそんなところ確認しなかったわ)


 伊織を助けた後、誰が送ってきた日本人形か調査した際、東堂はその名を目にしていたのだ。

 そうなると、佳織の言う通り初めから狙われていたのは、伊織だったのかもしれない。


 伊織は、あの時の苦しさと恐怖を思い出して、震えながら美桜に抱きついた。


「やっぱり、俺はお前がいないとダメだ!! 守ってくれ、俺を……俺から離れないでくれ!!」

「ちょ!! ちょっと!! 離して!!!」


 本気で嫌がる美桜と、でかい図体で子供みたいに怖がる伊織の姿に、佳織は驚いて目を丸くする。

 こんな弟の姿を見たのは、初めてだった。


「伊織!! いくら相手が婚約者だからって、そんな子供みたいな……月島家の長男が、みっともないわよ!!」

「うるさい!! 姉さんだって、東堂とこうしてたじゃないか!!」

「な……っ!!」


 その件に関しては、佳織は何もいえない。


「ちょっと……!! お姉さん!! 黙ってないで、助けてください!!」

「いや……だって、その…………ねぇ。伊織がこんなに頼んでるんだから、受け入れてあげなさいよ。あなたのこと、本気で好きみたいだし」


(私は嫌なんだってば!!!!!!)




 この時、4人の様子を窓の外から覗いている影が一つ。

 しかし、そのことに唯一姿を捉えることができる美桜も、伊織に抱きつかれているせいで気がついていなかった————







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