第3章 神の子と呼ばれた少女

第21話 神の子と呼ばれた少女(1)


 見えるからと言って、迂闊に口に出していいものではない。

 目を合わせてもいけない。

 こちらが見えていることを、相手に悟られてはならない。


 かつて、世間から神の子としてもてはやされ、わずか1年で突然姿を消した美桜は、そのことを誰よりも理解していたはずなのに……


「ちょちょちょちょちょっと待って!!!」

「ん? いやぁ、吉沢さんの方から俺に話しかけてくるなんて珍しいこともあるんだね」

「それはさすがに、憑きすぎ!!!」


 一体、何をどうしたらそんなに取り憑かれるのか、学園の王子様があまりにも変なものに大量に取り憑かれているので、言わずにはいられなかった。


(ああ、王子様モードか……うっざ……————って、それどころじゃない!!)


 学園では婚約者が自分だとバレないようにしろと念を押していたため、そこまで堂々と話しかけられることもない。

 名前も、学園では美桜と呼ぶなと言ってある。

 本当なら、絶対に自分から話しかけたくなんかない美桜。

 しかし、これはさすがに無理だ。


(一体、一晩のうちに何があったのよ……)


 昨日までは特に呪われても、取り憑かれてもいなかったのに、登校して来たら霊やら雑鬼たちが取り憑いているのだから。

 朝一番にそんなものを廊下で見たら、さすがの美桜も訳がわからないし、さっさと浄化しないとまた夜眠れないと言い出しそうだった。


「え、なーに? あなた伊織様に何の用?」

「今は私たちがお話させていただいてたんだけど?」


 美桜と伊織の関係性を知らない女子生徒たちは、この男に取り憑いている雑鬼たちにその綺麗に手入れしてある髪を引っ張られているというのに、全く気がついていないで、美桜を見る。

 相変わらず、呪われた日本人形のような長い黒髪で地味な美桜を見下すような態度。


 中学から美桜と同級生である生徒たちは、そんな風に美桜を見下したりはしないのだが、伊織の取り巻きのほとんどは伊織に選ばれようと常に必死。

 美容に何よりの金と時間を費やしているような女子生徒ばかりで、美桜とはまったく正反対だ。

 積極的に伊織に話しかけ、勝手に後を付け回しているのは最早この学校では日常だった。


「まぁまぁ、吉沢さん……詳しくはこっちで聞くよ」


 伊織は王子様スマイルを崩さずに、すぐ近くにあった空き教室に美桜を先に通すと、取り巻きに手を振ってピシャリとドアを閉め、内側から鍵をかけた。


「いやー伊織様ぁ!」

「もっとお話させてー!!」


 ドアの向こうで取り巻きたちが甘えた声でそう言っているのを無視して、伊織は美桜に詰め寄った。


「で、何が憑きすぎてるって?」


 王子様スマイルは一気に崩れ、今すぐ泣き出しそうだった。


「これ、やっぱり何か憑いてるのか? 朝起きたらさ、すっごい肩が重くて……しかも、なんか気分も暗くって、何もしてないのに泣きそうになるんだよ……別に悲しいことなんて何もなかったのに————なんでだろう? 死にたい」


(いや、そりゃそうでしょう……)


 伊織に取り憑いている霊のせいだ。

 ネガティブな人間の霊がそうさせている。


「あああの多分、ブラック企業で過労死したサラリーマンと、うつ病で自殺したOL、それから人の気分を悪くする雑鬼が三匹憑いているからそのせいかと……」

「……え? 何それ、そんなに憑いてるのか? だからか……死にたい」

「あ、生徒にバカにされて心を病んでしまった教師も……」

「……そうか、よし、死のう」


 なんとか気力だけで、平然を装っていた伊織だがさすがに心が折れたようだ。

 教室の角で、伊織は体育座りでうなだれてしまった。


「いいいったい、何があったの?」

「……わからない。わからないから、俺、死んだ方がいいんだ。俺なんて死んだ方がいいんだ……死のう」


(ダメだこりゃ……)


 美桜はそっと手を伸ばし、伊織の肩に手を置いた。

 その瞬間、伊織に取り憑いていた霊と雑鬼がパッと消えて無くなり、重かった体が急に軽くなる。


 うなだれていた頭を、バッとあげた伊織の瞳には生気が戻っていく。

 キラキラと瞳を輝かせながら、先ほどの王子様スマイルとは違い、無邪気な少年のような顔をして立ち上がる。


「やっぱりすごいな……!! 俺は感動した!! さすが、神の子ミオちゃん!!」


 せっかく伊織は元気になったのに、今度は美桜の方がうなだれて下を向く。


「…………」

「おい、どうした?」

「……お願いだから……その呼び方しないで…………」

「あ、すまん……つい」


 実は、伊織も幼い頃テレビで何度か美桜が神の子と呼ばれていた時の映像をリアルタイムで観ていた視聴者だ。

 さらには、東堂が集めて来た資料にあった昔の映像を昨晩ずっと観続けてしまって、すっかりファンになっていた。

 思わず口にしてしまったが、あれだけ活躍していたのに、どうして急に姿を消したのか伊織にはわからない。


「……なぁ、いつかでいいからさ……本当に、話したくなったらでいいから、何があったのか、教えてくれないか?」

「……どうして?」

「普通に、気になるし……それに、自分の婚約者のことなんだから、全部知りたいと思うのは当然のことだろ? お前のその、男性恐怖症とも関係あるとかか? だったら、尚更、何があったのか知りたいんだ」


 当時のことが頭をよぎり、震えている美桜。

 伊織はそのことに気がついて、美桜を思わず抱きしめようとしたが、手を伸ばしたところで予鈴が鳴ってしまい、美桜は逃げるように自分の教室に走って行った。





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