第19話 呪われすぎの王子様(7)


「だ……だから、僕は何も知らなかったんですってば!! 願いが叶う指輪としか聞いてないんです!」


 パーティー会場から伊織と東堂に控え室に連行された男は、蹴られた股間を押さえたまま涙目で、指輪について話した。

 男の名前は種梨たねなし————有名食品メーカーの息子だった。


 種梨は1年前、偶然参加したパーティーで佳織に一目惚れし、どうにかお近づきになろうとしたのだが、全く見向きもされなかった。

 初めの頃は、二人きりで話すことも難しくて勇気が出なかったし、同じパーティーに呼ばれることも少なかった。

 しかし、種梨の佳織に対する思いは会えないからこそ膨らんでいく。


 そのため、恋煩いで体調も崩し、心配した親が占い師を連れてきた。

 そして、その占い師があの指輪を種梨に渡したのだという。


「最初は、僕だって信じてはいませんでした。でも、この指輪をつけるようになってから、実際にこうして何度も佳織さんと同じパーティーに呼ばれるようになったし、お話もできるように……」


 願いが叶う指輪ということで、種梨は佳織との恋が叶うように強く願いをかけていた。

 この指輪が、本当にそういった代物なのであれば、佳織は呪われていないだろう。

 種梨はその占い師に騙されたのだ。


「佳織さんは、いつも赤いお洋服を着てらっしゃるから、僕の好きな青とまざりあえば紫になると……だからこの指輪が完全な紫になった時、僕たちは結ばれるんだって————そう信じていたんですが……」


 まだ痛む股間に手を当てながら、そんな話をされても、気持ちが悪いだけだった。


「気持ちが悪いにもほどがあるわ……二度と私に話しかけないで」


 佳織は本当に心から嫌そうな顔で、秘書に二度と自分の周りをうろつくなと指示をだし、控え室を出ていった。

 その後を、東堂がついて行く。


「たたた種梨さん、この指輪は呪具です。呪具の中には、願いを叶えるようなものも確かにありますが、これは人を呪い殺すタイプの危ないやつです……あなたは、騙されていたんですよ」

「そう……なんですね」


 ショックを受けている種梨に、美桜は懸命に事実を伝えた。


「ととところとで、その占い師はどんな顔をしてましたか?」

「え?」

「そそそその占い師がこの呪具を危ないものだと知らずにあなたに渡したのなら、仕方がないんですけど……————最初から、佳織さんを呪い殺すつもりだった……って、可能性もありますよね?」


 黙って話を聞いていた伊織は、美桜の言葉に驚いて視線を美桜に向ける。


「どういうことだ……!? その占い師が姉さんを殺そうとしていたってことか!?」

「そそその……この呪具、内側に作った呪術者の名前があって」


 美桜に言われて、伊織は指輪の内側に掘られた文字を確認する。


「なに屋? なんて読むんだこれ……画数が多すぎて文字がはっきりしてないけど……」

「あしや……」


 掘られた文字は伊織の言う通り小さな指輪に掘るには画数が大きすぎて読みづらいが、作った人物さえ知っていれば容易に読むことができる。


「その文字は、蘆屋あしやって読むの。ただの占い師が、手に入れられるようなものじゃない……」

「えっ?」


 蘆屋とは、かの有名な陰陽師・安倍晴明のライバルであったとされる蘆屋道満のことだ。

 だが、道満はすでにこの世に存在しない人物。

 その子孫を名乗り、呪術師として存在している者がいるのは、神仏や陰陽道と深く関わりのある人間の間では有名な話だ。


「そそそれで、その占い師、どんな顔でした?」


 美桜はもう一度、種梨に尋ねる。


「顔は……わからない。口元しか……黒い面——多分、狐の面をつけていたから……」

「やっぱり……」

「や、やっぱりって、どういうことだよ!? 姉さんは、そいつに呪い殺されるところだったのか!?」


 美桜はこくりと頷いた。



 * * *




「なんでついてくるのよ、東堂……」

「なんでと、言われましても……放っておけませんよ」


 控え室を出て一人夜風に当たっていた佳織の肩に、東堂はそっと自分の上着をかける。


「怖かったなら、怖かったと素直におっしゃればいいのに……あなたたち姉弟はワガママを言うくせに、変なところで素直になれないのはそっくりですね」

「うるさいわね……」

「これを機に、もうパーティーに参加されるのは控えてください。心配で仕方がない」


 種梨のように、佳織に一目惚れして言い寄ってくる男は過去にもたくさんいる。

 東堂が佳織の執事兼秘書だった頃にも、ストーカーに襲われそうになった。

 そのせいで、早く結婚した方がいいと親に政略結婚させられそうになったこともあるのだが、怖くない、自分は平気だと言い張っていた佳織。


「だって、私がまた危険な目にあったって知ったら、お父様はまた私を無理にでも結婚させようとするじゃない……そんなの嫌よ」

「それは、そうでしょうね……」


 佳織は泣きそうな顔でキョロキョロと周りを見回して、誰もいないことを確認すると、東堂の胸に頬を押し付ける。


「お嬢様、誰かに見られますよ……?」

「誰もいないから安心して。いいから、はやく私を抱きしめなさいよ」

「……まったく」


 東堂は言われた通り、ぎゅっと佳織を抱きしめた。

 佳織の涙と真っ赤な口紅が、東堂の白いワイシャツにつく。



(え、あの二人……そういう関係!?)


 誰かに命を狙われていることを、佳織に伝えようと探していた美桜は偶然にも抱き合う二人を見てしまい、さっと建物の陰に隠れた。

 急に立ち止まって、引き返してきた美桜を不審に思った伊織は小首をかしげる。


「なんだ……どうした? 姉さん見つかったのか?」

「シーッ!! 静かに!!」


 美桜は止めようとしたが、伊織は抱き合う自分の執事と姉の姿を見て驚いて————


「えっ!? 二人ってそういう関係だったのか!?」


 大声でそう言った。


(空気を読め!!! このアホォォォォ!!!!)



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