第18話 呪われすぎの王子様(6)


 この会場にいる他の誰にも見えてはいない、紫のもやもやを、美桜の目はしっかりと捉えている。

 佳織の隣に立ち、何か話しかけている男の右手のあたりから紫のもやもやが佳織の体へ移って行っていた。


 確かに、その男の顔はこれといって特徴もなく、着ている服や髪型に特徴があるとか、身長が高いわけでも、太っているわけでもない。

 まさに中肉中背の30代前後の男だ。

 どこにでもいる顔と言っていいだろう。


「あの男か? 特に何も見えないけど……」


 伊織はさっぱり何も見えないが、美桜が目を細めてじーっと見つめながらそう言っているのだから、間違いないと確信する。

 姉に呪いをかけ、さらには、なぜかわからないがその呪いが自分に移り、背中にキノコが生えるというのだから……

 見えやしないけれど、違和感と痛みはあるのだ。


「な……なに……!?」


 不意に伊織が腰に手を回してきて、美桜は驚いてびくりと肩を揺らした。


(触らないでって言ってるのに、どうしてこの男は————)


「ここじゃ、会話が聞き取れないだろ? 自然に近づいてみよう」

「そそそそうだけど……手はどけて!!」

「あのなぁ……婚約者だって堂々と宣言してるんだから、これくらい我慢しろよ……ほら、行くぞ」


 美桜が履き慣れないヒールでうまく歩けないのをいいことに、伊織は支えているフリをしながら、わざと美桜を前に歩かせる。

 美桜はバランスを崩しそうになりながら、なんとか会話の聞こえるところまで進んだ。


「あ……」


 男から佳織へ行っていた紫のもやもやが、佳織から伊織に移動し始める。

 通常なら、ここで伊織は苦しみだすはずだが、美桜の体に触れているおかげで、移動してきている紫のもやもやはすぐに浄化されて消えて行く。


「ん? なんだ、どうした?」


 伊織が小声で美桜に尋ねるが、美桜は男の手を注視していた。


(なるほど……紫の指輪…………あれ、呪具だ)


「つつつ月島くん」

「ん?」

「あの人の指輪から、出てる……紫のもやもや」

「なるほど……よし、任せろ」


 伊織は美桜の腰に回していた手を、パッとはなして、今度は右手を握る。

 決して放さないようにぎゅっと。


(えっ!?)


 美桜に触れている間は、呪いが効かないことがわかっているからだ。

 そして、いつもの王子様スマイルを浮かべながら、男にいきなり声をかけた。


「その指輪、随分変わった作りをしていますね……ちょっと見せてくれませんか?」


 佳織の方ばかり見ていた男は、不意に話しかけられて驚きながら視線を伊織に移した。

 男は、マジマジと伊織の顔を見た後、不自然に口角をあげる。


「おや、弟さんも一緒に来ていたんですね。これは珍しい……」


 口元は笑っているが、目は笑っていない。

 伊織の王子様スマイルよりも、かなり下手くそな偽物の笑顔だ。


「ええ、主催の方とは家族ぐるみのお付き合いをさせていただいてますから。で、その指輪……」

「あぁ、指輪ですね。申し訳ないが、この指輪は特別でね……他の誰にも触らせてはならないのです」

「他の誰にも……?」

「ええ、なんでも願いの叶う指輪だそうで……願いが成就するまでの間は、決して外すことも、自分以外の誰にも触れさせてはならないのですよ」


 男の右手の中指で、怪しく光る指輪。

 明らかに原因はそれなのだが、美桜がその指輪に触れることができなければ、この呪いからは解放されない。


(どうしよう……とにかく、あの指輪に触れないと……でも、男の人の手に触るとか、絶対いやだ……————でも、このままだと、私、月島伊織から解放されないし……うーん……)


 美桜が悩んでいると、佳織はすっと美桜のそばに移動し耳元で尋ねる。


「ねぇ、やっぱり、あの指輪が原因なの?」

「そ、そうです。あれ、呪具ですよ……」

「呪具? じゃぁ、あなたがあれに触れば、呪いは解けるの?」

「はい……」


 佳織は美桜の答えを聞いて、それまでのどこか高圧的で女王様のような表情からにっこりと可憐な笑顔を作る。

 そして、猫なで声で男の腕に抱きつき、わざと男の肘が胸に当たるようにした。


「願いが叶う指輪なんて素敵ねぇ♡ 私も欲しいわぁ♡ 見せてぇ♡」


(えっ!? お、お姉さん!?)


 急にぶりっ子キャラになった佳織。

 男は驚きながらも、鼻の下をだらしなく伸ばす。


「そんな……困ったなぁ……いくら佳織さんの頼みでも、これだけは…………」

「ダメなの? どぉーして? 見たぁい」


 佳織はさらに胸を押し付け、男の耳にフッと息を吹きかける。

 ますます鼻の下が伸びた男は、顔を真っ赤にしながらデレデレ笑い……


「……ちょっとだけですよ?」


 指輪を外して、佳織に渡した。


(え、いいの!!!?)


 甘えてくる佳織を前にして、男の意思は、簡単に崩れた。

 完全に騙されているのにも関わらず……


「ありがとう♡」

「いやいや、そんな……それより、この後その二人で————」


 男が佳織に見惚れている間に、佳織は後ろ手で指輪を伊織に渡し、伊織の手から美桜の手へ指輪は渡る。

 怪しく光っていた紫の指輪は、美桜の浄化の力によってただの指輪になった。


 美桜が深く頷いて、浄化されたことを察すると佳織の笑顔はフッと消え————


「よくもこの私を呪ったわね!!」


 真っ赤なハイヒールが、男の股間を蹴り上げた。










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