第16話 呪われすぎの王子様(4)



「ちょっと! 何よこれ……!! 一体なにが……!!?」


 膝をついて苦しんでいる伊織。

 佳織はすぐに駆け寄ったが、座っていることもできなくなり、伊織はその場で倒れてしまった。


「やっぱり……呪いの原因はお姉さんですね……」

「あんた!! 伊織に何をしたの!?」


 伊織が苦しんでいるというのに、わけのわからないことを言う美桜を、佳織は睨みつける。


(婚約者だっていうのに、どうして伊織の心配をしないの……!? それに、さっきからこの子————一体どこを見ているの!?)


 美桜と目が合わない。

 こちらが話していると言うのに、美桜は佳織の顔を見ていない……

 美桜が見ているのは、佳織の後ろの方だった。


 しかし、美桜の視線の先には何もないし、誰もいない。


「何かしたのは、私ではありません……お姉さんの方です」

「はぁ!? あんた何を言ってるの!? 私が何をしたって言うのよ!!?」


 直前まで出かけていた佳織に、一体何ができると言うのか。


「はぁはぁ……やっぱり……姉さんが……俺を……?」


 それなのに、苦しそうに身をよじりながら伊織は美桜の方に加担する。


「何言ってるの!? 伊織まで!!」

「うん……お姉さんが帰ってきてから、もやが大きくなって……る。今も、お姉さんの背中から、移動して……——あ、でも……元凶は別にありそう」

「背中!? 移動!? 一体、なんの話よ!? 答えなさいよ!!」

「……お姉さん、もしかして、誰かから恨まれていませんか?」

「え……?」


 佳織の知らぬうちに、勝手に話が進んでいく。

 なんの説明もせず、苦しむ伊織に近づきもしなかった美桜は、ここでやっと近づいて手を伸ばし、伊織の背中に触れた。


 そして、すぐに伊織は起き上がる。


「姉さんが恨まれてる? じゃぁ、やっぱり原因は姉さん?」


 あれだけ苦しんでいたのに、いつも通りの伊織に戻っていた————


(なんなのよ……この子、一体なんなのよ!!)




 * * *



「紫のもやもや?」

「そうです……」


 リビングで美桜は、改めて伊織と佳織に何が起きたか説明した。

 佳織が出かけた後、この家を隅々チェックしたがあの紫のもやの発生源は見つからない。

 考えられるのは、同じく紫のもやもやが憑いていた佳織が、何かを持っている場合だ。


「他のご家族や、この家の家政婦さんたちも見ましたけど、同じ紫のもやもやが憑いていたのは、お姉さんだけです。それに、お姉さんが近くと、お姉さんの体からその紫のもやもやが、つ、月島くんの体に移動するんです。だから、てっきりお姉さんが原因なのかと思ったんですけど……」


 美桜は説明をしながら、チラリと佳織の顔を見る。


(……すっごい見られてる……怖い。早く帰りたい————)


 眉間にシワを寄せて、蔑むようにこちらを見ているその顔が、怖かった。

 普通の人間なら、そんな話を突然されて、簡単に信じる方がおかしいのだから、仕方がない。

 それでも、元凶をつきとめて、家に帰るためにはこの話を続けなければならない。


「————お姉さんが、呪われているのなら、話は別です」

「…………私が?」

「はい。呪われているのは、つつ月島くんじゃなくて、お姉さんの方です。多分体質だと思うんですけど、つ、月島くんは呪われやすいみたいで……お姉さんの呪いを吸い取っちゃってるんです」


 一応説明は聞いたが、全く身に覚えのない佳織は、眉間にしわを寄せたまま、伊織の方を見た。


「伊織、この子、本当に大丈夫? 頭おかしいんじゃないの? 呪いがどうのこうのって……」

「何言ってるんだ、姉さん。こいつは本物だよ。姉さんも知ってるだろう? 俺がひどい不眠症で悩んでいたのを解決したのも、こいつが呪いを解いてくれたからなんだ」


 伊織が夜眠れないという話は、家族なら皆知っている話だ。

 それが急に解決して、すぐに婚約者ができたと聞かされていた佳織。

 その詳細までは知らなかった。


「なんで急に婚約なんてしたのかと思ったけど……そういうことだったの?」

「そう、こいつは俺の命の恩人なんだ。夜ぐっすり眠れるようになったのも、全部こいつの不思議な力があってからこそなんだよ」


 まるで小学生の子供が、新しいおもちゃを自慢するような表情でそう言った伊織を見て、佳織は察した。

 この婚約は、伊織が快眠のためにしたことで本当に二人が愛し合っているとか、そういうことではないのだと。


「そう……それなら仕方がないわね。一応は信じるわ。それで、私が呪われてるって何? 一体誰が私を呪っているっていうの?」

「それはまだこれから調べないと。お姉さんは、最近体調が悪くなったりすることはありませんでしたか?」

「体調……?」

「どこかへ行ったら、具合が悪くなったとか、何かに触ったら気分が悪くなったとか……そういうやつです」


 佳織は腕を組んで、ここ最近のことを思い返そうとするが、特に思い当たらなかった。

 しかし……


「————あとは、色ですね。紫に関連するもので、何か思い浮かぶものはありませんか?」


 紫に関連するものなら、思い浮かぶものがある。



「あの男……————」






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