第15話 呪われすぎの王子様(3)
弟の伊織に、急に婚約者ができた。
月島家の長女である佳織は、それが気に入らない。
ましてや、その婚約者ができた理由が、勝手に弟に恋い焦がれているご令嬢たちを諦めさせるためだというのだから、ますます意味がわからないのだ。
そうだとしても、それが美桜であることが理解できない。
それなら、どこかもっと家柄のいいところのご令嬢をあてがえばいいと思っていたのに、どうやら怪しい力を持つ美桜に弟は夢中なのだ。
呪いがどうとか、オカルトに興味のない佳織には理解できない話だ。
大事な弟が変な女と結婚することになるなんて、絶対に認めたくない。
「佳織さん、どうしたんですか? 難しい顔をして……」
友人たちの集まりだからとこのホームパーティーに参加してはいるものの、珍しく壁の花となっていた佳織に、男が声をかける。
いつもなら、会話の中心にいるはずの佳織が、一人で難しい表情をしていることを気遣ったのだろう。
「あら、誰だったかしら?」
「先週お会いしたじゃないですか。ひどいなぁ……」
「そう? よく覚えてないわ」
男は笑いながら、赤ワインの入ったグラスを佳織に渡す。
「なにか悩み事でもあるのなら、相談に乗りますよ? あなたのような美しい女性に、そんな表情は似合いませんよ」
確かに佳織は美しい。
このパーティーに参加しているどの女性よりも美しく、そして、家柄もいい。
男は佳織を口説いているのだろうが、佳織にとって美しいという言葉は当然のことであって、褒め言葉でもなんでもないし、この誰だかわからないような男にそんなことを言われても嬉しくもなんともなかった。
このパーティーの参加者なのであれば、この男はそこそこの家柄の息子か、起業家というところだろうが、佳織には全くこの男の記憶がない。
顔にたいして特徴もないし、背が高いとか、逆に小さいというわけでもない。
普段からそれはそれはイケメンの弟、父親も元俳優、さらに月島家に仕えている秘書や執事たちも容姿端麗なものばかり。
佳織にとって、この男はただそこに存在するだけのものだった。
赤ワインを飲みながら、ひたすら自分を口説こうとしてくる男の横顔を見るが、やはりこれといって特徴がなくて、顔も話している内容も佳織の頭にまったく入ってこなかった。
ただ、右手の中指にはめている指輪が、光を反射すると紫に光るのが気になっただけ。
見たことのない変わった素材でできているのだろうかと、思っただけだった。
「————それで、よかったらこの後、二人で……」
「あぁ、ごめんなさい。私この後、約束があるから」
ワインを飲み干すと、予定があるフリをして友人宅を後にした。
主催者である友人には名残惜しそうに引き止められたが、体調が悪いと嘘をついて。
その美しさから、佳織を狙っている御曹司や起業家たちはたくさんいる。
しかし、彼女には心に決めた人がいる。
それに今夜は、例の弟の婚約者が家に来ていることも気になっていた。
「佳織さん!」
佳織を追いかけて、先ほどの男が名前を呼んだ。
だが佳織は振り向きもせずに、秘書が運転する車に乗った。
「出して」
「よろしいのですか?」
「どうでもいいわ」
秘書が運転する車をじっと見つめる男の姿は、最後までルームミラーに映っていたが、秘書はちらりと男の顔を確認しただけで、アクセルを踏んだ。
「飲みすぎたかしら……なんだか体がだるいわ……」
そんなに多く飲んだ覚えはないのだが、ここ最近、パーティーに参加した後はいつも体が重い。
車の窓にもたれかかるように、コツンと頭をつけて、佳織は呟いた。
「やっぱり、あの婚約者はだめだって、お父様に言おう……それに……——」
あの例の婚約者が一体、伊織に何をしようとしているのか、確かめなければならない。
もしも大事な弟になにか起きてしまっては、困るのだ。
「月島家の後継は、伊織なの。伊織がしっかりしてくれなきゃ、私が困るわ————」
もし、あの婚約者が伊織を洗脳するなんてことがあったら、止めなければと、長女として思っていた。
自分の行いが、その弟を苦しめることになるとは、この時まだわかっていなかった。
* * *
「お姉さん、どこへいっていたんですか?」
パーティーから帰って来たら、弟の婚約者が玄関で佳織を待ち構えていた。
そして、彼女は驚いた顔をして、佳織に言ったのだ。
「もやが……紫のもやが大きくなっています。お姉さんが、呪っていたんですか、実の弟を……? どうして……?」
全く身に覚えのない、意味不明な発言に、あっけに取られていると、美桜から数歩遅れて、玄関まで来た伊織が突然苦しみ出した。
「うっ……」
「伊織!?」
佳織はわけがわからなかった。
自分が家を出たほんの数時間で、一体、何が起きたというのか————
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