第6話 イケメン高校生と髪の伸びた日本人形(6)


 伊織は、どもりながらも懸命に呪いについて話してくれた美桜の言葉に納得がいった。


「黒い蛇が、体に絡みついて締め付けているの……です」


 あの毎晩襲ってくる、体を何かが這い、そして、ぎゅうぎゅうと締め付けられる謎の現象。

 確かに体を締め付けられた跡が残っているのに、どこにも異常がないと言われた。

 どんな名医もお手上げで、今でもまだ原因がはっきりとわからない。

 呪いだと言われれば、確かにそうだと思った。


「俺は……呪われてるのか……でも、どうして? 一体誰が、そんなことを?」

「そそそそこ、までは、知らない………」

「じゃぁ、昨日俺の体を締め付けていたその呪いが、一瞬消えたのはどうして?」

「わわわ私には、浄化の力があるから……です……私に触ったら、消えるの」


 美桜はボソボソと話しながら、白く小さな手で、そっと伊織の肩に触れる。

 するとスッと、伊織の体が少し軽くなった。


 美桜が触れたのは、伊織が重なっていた侍の霊。

 それがフッと消えて、伊織が無意識に感じていた体の重さが解消されたのだ。


「でででも、呪いは別です。原因を止めないと、また時間が経ったら襲ってくる……」


 伊織は、美桜の話を聞いて、先ほどまでのキラッキラの笑顔をすっかり忘れ、目を見開いて固まった。


「も、もういいでしょ? ちゃんと話したんだから……私行ってもいいですよね?」


 伊織が無言のまま動かないため、美桜はそう判断して、その場から逃げようと立ち上がる。


(どうせ、こんな話信じるわけない。これで、もう私に近づいてくることもない————)


「じゃぁ、俺と一緒にいてよ」


「へ?」


 立ち上がった美桜の手首をまた伊織が掴む。


「は、放して……!!」

「嫌だ、放さない。お前の話が本当なら、俺にはお前が必要だ」


 先ほどまでの柔らかな口調とは違い、伊織は強い口調で言った。



「今夜、俺と一緒に寝てくれ」



 美桜は伊織の手を振り払い、逃げた。



(何言ってるの!? この男、馬鹿なの!?)





 * * *



カネならいくらでも出す! だから……俺と寝てくれ」

「い、嫌です……!!」

「頼む!! 俺には、お前が必要なんだ!! 一晩だけでも!!」

「嫌だってば!!」


 人通りの多い道の真ん中で、大声でそんなことを言われ、恥ずかしさで顔が赤くなる美桜。

 そんなことはおかまいなしで、伊織は逃げる美桜の腕を掴んだ。


「頼むよ! 俺はもう限界なんだ…………!!」


「ど……どうせ、信じてないくせに……!! 私に関わらないで……!!」


「信じてるよ! 信じてるから、こんなに頼んでるんだ…………俺にはお前の体が必要なんだ!!」


 イケメン高校生の発言に、周りにいた人々から悲鳴が上がる。

 何も知らない人々からしたら、それはもうとんでもない発言だ。


「うわ……いやだ、何あれ、サイテー」

「あの子、かわいそうやん……」

「でも、あの高校生めっちゃイケメンじゃない?」

「あの女の子の方、髪めっちゃ長くない? なんか、呪いの日本人形の髪が伸びた後みたい」


 注目を浴びてしまい、美桜は今にも泣きそうだった。

 その時偶然にも、美桜の目に、すぐ近くにある交番が見えた。


「こここ、これ以上変なこと言ったら、警察呼ぶわよ!!」

「警察!?」


 さすがの伊織も焦る。

 修学旅行先の京都で、警察沙汰なんて起こしたら、意地悪な姉たちに何を言われるかわかったものじゃない。


「そんな、警察なんて……何言ってるんだ? 俺はただ、一緒に一晩寝てくれればそれで————」


「——坊ちゃん」


 燕尾服を着た、まさに執事という格好の30代前半の長髪を後ろで束ねた男が、美桜の腕を掴む伊織の手を掴む。


(だ、だれ!? なんで燕尾服!?)


「と、東堂!!? どうしてここに!?」


 影から伊織の様子を見ていた東堂だ。


「公共の場ですよ。それに女性に対して、そのような下品な言葉遣いはお控えください……」

「だって!!」

「だってじゃありません!!」


 東堂は伊織を一喝すると、驚いている美桜の方を見て頭を下げる。


「申し訳ありません。うちのバカ……うちの坊ちゃんが大変失礼をいたしました。心よりお詫びいたします」


「あ……えと……その」


「よろしければ、あちらのお車にお乗りください。お泊りのホテルまでお送りいたします」


 美桜は東堂の黒いピカピカの高級車に、あれよあれよという間に乗せられる。

 後部座席がめちゃくちゃ広い。


 そして、その隣に伊織も乗り込んで……

 ドアがロックされ、ホテルとは違う方向に車は走り出す。


(あ、あれ……?)


 修学旅行2日目の昼、美桜は、東堂と伊織に拉致された————




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