第3話 イケメン高校生と髪の伸びた日本人形(3)


 月島伊織は、生まれながらにして全てを手に入れているような人間だった。

 月島家は元財閥貴族で、なぜか女児ばかり生まれる女系家族の中で、伊織は唯一の男児だ。

 それに、月島家は美女ばかり生まれるという最強の美形家族でもある。

 婿入りした父も、元イケメン俳優だ。

 幼少期からの英才教育で頭も良く、運動もでき、さらに顔までいいのだから、全てを手に入れたと言っても過言ではないだろう。

 さらに身長も高いのだ。


 まさに完璧。

 王子様と呼ばれて何の問題もない彼には、ここ数ヶ月、大きな悩みがあった。


「坊ちゃん、また、眠れなかったのですか?」

「ああ、まただ」


 夜、眠ることができない。


 なぜか決まって眠っている時間帯になると、何かに体を締め付けられているような苦しさを感じて、起こされる。

 確かに感覚はあるのに、目で見る分には何もいない。


 ぎゅうぎゅうと締め付けられ、苦しくて、痛くてたまらないが、何もない。

 その痛みは明け方まで続き、痛みがなくなってから体を改めて見ると、長い何かに巻かれたような赤い跡が残っている。


 毎晩のようにその現象が続き、医者に見せたが原因はわからない。

 月島家が手配する優秀な名医にもわからない謎の病気に、伊織は悩まされていた。


 執事である東堂とうどうは、伊織が苦しむ姿を心配しているが、原因がわからないのだから仕方がない。

 できるだけ昼間のうちに寝たらどうかと、最初は提案していたが、このままではいつまでも学校を休まなくてはならなくなる。


 月島家の長男、跡継ぎがそんな謎の病気を抱えているなんて、知れ渡れば大変だ。

 とりあえず伊織は休まず学校に通っていたが、どうしても授業中眠くなってしまう。

 教師たちは伊織が月島家の長男であることを知ってるため、居眠りを注意することはなかった。

 そもそも、授業なんて執事兼家庭教師である東堂によって受けなくてもテストはほとんど満点なのだ。

 文句の言いようもなかった。



「坊ちゃん、修学旅行はどうされますか? 他のお友達と同室であれば、坊ちゃんが苦しんでいるところを心配されるかもしれませんよ? 別のお部屋を用意しましょうか?」


 東堂は、自分の男にしては長く肩まである艶のある黒髪を、後ろで束ね直しながら、昨夜も眠ることができなかった伊織にそう聞いた。

 しかし、伊織は首を横に振る。


「せっかくの修学旅行なんだ。俺一人のために、そんなことをしたら場がしらけるだろ? それに、場所を変えたら案外眠れるかもしれないし」


 精神科医に、もしかしたら何かストレスが原因ではないかということも言われている。

 環境が変われば、また何か違うかもしれない。


 まだ何が問題かわからないが、せっかくの修学旅行。

 夜中にまたあの現象が起きるようなら、部屋を抜け出せばいいだけだと、伊織は思っていた。



 そして、修学旅行1日目の夜。

 みなが寝静まった夜のホテルで、伊織はいつもあの現象が起きる時間帯より少し前に念のため部屋を抜け出し、一人で自動販売機前にある休憩スペースの長椅子に腰掛けていた。


 スマホで時刻を確認する。


 午前2時を少し過ぎた頃、伊織の体に異変が起きる。



「はぁ……今日も、きたか…………っう」



 何かが体を這って上がってくる気持ちの悪い感覚。

 ぎゅうぎゅうと、体を締め付けられる痛み。


「……っ……はぁ……」


 下を向いて、ぎゅっと目を閉じ、痛みと苦しみに耐えている伊織の頭上から、声が降ってくる。


「呪われてる……」


 伊織は驚いて、バッと顔を上げて、その声の主を見た。


「呪われてる…………? どういう……こと?」


 髪の長い女の子と、視線がぶつかる。

 まさか、誰かに見られているとは思わなかった。


「あ……えと……」



 それも、一度も話したことがない、指定ジャージを着た同じクラスの女子だ。


 顔を上げた伊織と目が合い、苦しんでいるのが伊織とわかったのか、あせった彼女は逃げようとしている。

 伊織は椅子から立ち上がり、自分よりはるかに小さい彼女の白くて細い手首を掴んだ。


「呪われてるって、どういうこと……? 吉沢さん」


 吉沢美桜の手首に触れた途端、伊織の体を締め付けていた痛みが、すっと消えていく。


「え……?」


 伊織はその不思議な感覚に驚いて、美桜の手首を掴んでいた手から力が抜ける。


「わ、私に触らないで!」


 美桜は伊織の手を振り払い、逃げて行ってしまった。


 まだ夜は明けていないのに、あの謎の痛みから伊織は解放され、体が軽くなった。


「なんなんだ……一体——治ったのか?」


 伊織は部屋に戻って、1時間ほど眠ることができたが、また痛みは襲ってきて明け方にその痛みから解放された。

 あの一瞬、美桜に触れた瞬間に、すっと消えたのは偶然だったのだろうか————


 そして、彼女が言った、とは、どういうことか。


 伊織はその日から、美桜が気になって仕方がなくなった。



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