唇を噛み締めながら

@BrigadierSirNilsOlav

 

 青春が終わった。流れてくるニュースがパンデミックやクラスターといったS Fでしか見聞きしないような単語で氾濫し、世界が混乱の渦中にある令和二年。長い長い軟禁にも等しい休校期間の後に告げられたのは、大会の休止であった。非日常の前に私達の青春は呆気なく崩れ去ってしまった。

 自室の椅子に腰掛け、部屋を眺める。

 壁にかけたユニホームから僅かばかり漂う汗の臭い。机の上に置いてある、去年の県大会で撮った、泣きじゃくって目を赤くした先輩達との写真。そして今、私の手で弄んでいる数ヶ月前にラバーを貼り替えた、綺麗なままのラケット。何もかもが新しいのに、全てが埃を被った遺物のように思われる。


 私が泣いたってウイルスはなくならない。

 私が訴えたって大人達の決断は覆らない。

 私が傷付いたって社会が動いてくれるわけじゃない。


 思ってもいない言葉の羅列の数々を強引に腹から引きづりだすも、腑に落ちる言い訳すら見つからない。脳裏に走馬灯のように浮かんでくるのは2年にもおよぶ努力。そしてそれらが一瞬にして水泡に帰したという事実。頭を左右に振り、無理矢理追い出す。


 やらなくちゃ。


 涙を拭って、手にしていたラケットを引き出しの中に押し込む。そして筆箱からシャープペンシルを手に取る。私を圧迫するかのように机上に参考書と教科書が堆く積まれている。まだ受験が残っている。

 決まり切った未来だけが曖昧な現実を当然のように侵食している事に憤りを覚えながらも、しぶしぶ私はノートにペンを走らせた。私は妥協した。

 

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