7

 翌日。二人は違和感に襲われる。携帯画面の上に足りない表示があった。



「来てない」



 優はスマホを眺めて呟いた。俺も同じ行動をとり、なおかつ天に突き上げる。



「電波が来てない」



 公園にWi-Fiが届かなくなった。快適に湿った空間が不快なたまり場に変貌してしまう。俺達は回線環境に支配されているから、取り上げられると社会から切り離されてしまうことになる。要はインターネットに飼われている。見捨てられると、娯楽の路頭に迷う。



「ついにココも収まり時ですね」


「快適だったのに」



 今の気候は快適だが、半年経てば過酷な環境に早変わりする。どちらにしろ、期間限定で集まれる場所だった。冬になれば解散するのが見えていたが、早めに来てしまう。



「優。探検してみようぜ」



 カバンと飲料を持って入口を目指す。慌てて優が横につく。今日の女装はフリルが少なめで、スラッとしている。



「探検ってどこですか?」


「これからも集まれるところだな。どうせ暇だしやってみよう」



 今日は趣向を変えた。勉強とゲームから離れ、新しい自分の一面に触れることにする。こうして、二人でいろんなところ回ることにした。



「そういえば、紡ぐさんは街に詳しかったですね」


「ああっ。公園を見つけるまで、自分の快適な環境をよく探した」



 最初は喫茶店だった。しかし、段々と客や店員から学校に行きなと干渉されるようになって脱退。次にショッピングモール。誰も関わってこないから楽だけど、入り浸るには周りの楽しそうな人を見るのが辛いし、土日や夕方になると強制的に帰らないといけない。



「それで、あの公園が一番ということですか」


「いや、もう1個あった」


「へえ、どこですか」


「ここから近いよ」



 歩くこと30分。鬱蒼とした森の入口に到着する。看板もなく、獣道が一本続いた。



「ここ、私有地なんじゃ」


「かもな。いや、入らずに見るだけだよ。服汚れるだろうし」



 この入口から目視できる。俺は黒い屋根に指をさす。



「見えるか?  黒い屋根」



 両手を望遠鏡のような形で唸る。その場で跳ねて、手を解いた。



「あの屋根ですか」


「そうそう。あれは地域会の物置小屋。昔は町内の集まりで使うテントや白線引きがあった。今は撤去されて鍵穴もボロボロ。今は誰も近寄らないし忘れられてる」


「危険じゃないですか?」


「そう。あそこは危険なんだ」



 雨や風をしのげる。周りに誰も寄り付かない。好条件が揃っている。しかし、ここは無視できない欠点があった。



「天井から首吊り紐がぶら下がってたんだよ」


「·····」



 次第に優の顔が青くなる。



「ま、またまた。冗談ですよね」


「マジ」



 顔を俯き、距離が空いた。踵を返し、どこか遠くに行こうとする。早歩きだから、大股で近づいた。



「お、おい」


「怖い!!」


「わっ、でかい声が」


「怖い話やめてください!!」



 彼は怖いと切れるタイプか。ホラゲーを勧めるのは辞める。彼は何も言わず突き進むから、背中を追いかけるしかない。そのまま彼はショッピングモールに到着した。金を払い、人の多いフードコートで飲み物を買う。



「ここは人がいますね。はー、落ち着く」


「ゆ、優。悪かったよ」


「しばらくはここで集まりますよ。ほかの人のことなんて知らないです」



 有無言わせぬ佇まいで、首を縦にふる。何も言い返すことが出来なかった。


 注文した料理を睨みつける優。俺は彼が喋り出すのを待った。



「……」


「しかし、見つからないですね」


「あの公園が一番だったな」


「そうですね。ずっと集まれるところがあればいいんですが」



 平日の昼間は子供連れの母親と疲れた顔の男性が出現している。皆自分のことで手一杯と言うふうに下を見たり子供を見ていた。



「やっぱり学校に行った方がいいんですかね」


「突然どうした」


「姉がしつこいんです。今日も言ってきてて」



 右手の指についたタコを撫でる。今こそ伝えるべきだ。彼を思うなら、嫌がられるとしても。



「でも、僕は行きたくない。自分の好きなことが出来ないなら、未来のためになるとしても耐えられない」


「……」


「紡ぐさんはどうですか」



 まっすぐ見据えてきた。これから俺は彼に試される。失望か信頼か態度によって決まるはず。


 学校に行ってみるか。それを言おうとして、止まる。口がうまく開かない。気軽に提案なんてできない。そう、俺が一番よくわかっているからだ。学校に行けないつらさ。言われる時の屈辱感。



「辞めた」


「へ?」


「実は優の姉に頼まれた。学校に戻るよう言ってくれと。でも、俺は無理だ。キッカケになれない」



 生半可な気持ちで肯定するところだった。もっと自分の態度に責任を持たなきゃいけない。俺の心に刻んだ文字は、誰かが読んでくれるわけじゃないから。



「俺はみんなに堕落してほしいんだった。難しい目標だな」


「本当に、行かなくていいんですかね」


「タイミングがあるんじゃない?」



 タイミング、キッカケ。言葉を飾ったところで、最後は自分の勇気が溜まっているか。それに全てがかかっている。俺は先生やカウンセラーの味方がいて、なぜ乾いているのか。いや、分かってるんだ。聞いてほしい。俺が引きこもっている理由全てを。



「俺は君のキッカケにならない。ただ、味方として横にいよう」


「味方?」


「そう。俺が出会った頃の君の味方。だから、優も俺の味方でいてくれ」


「俺は、あなたの考えてるほど良い人じゃない。味方につけたっていいことないですよ」


「そうかな。それはあとの俺が後悔しとく」



 とても日差しの高い日だった。フードコートから空を見上げ、このあおさはどこにでも届いているのかと感動する。


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