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携帯を触りながら集合場所で待っていた。SNSを更新しながら、到着の二文字を探している。あまり誘いに気乗りしない。でも、自然と心は高揚していた。女子に一日誘われる。それに喜ばないわけがない。
俺にも女子と遊びたいという欲求があったことに驚く。俺は男が好きじゃなかったのか。男が好きってより女も好きって形。または男が好きって見せかけの可能性がある。俺はまだ俺の心が何を求めてるかわからないが、少なくとも河辺愛と遊ぶのは喜ばしかった。精一杯選んだ服のシワを伸ばす。
『やば』
携帯は利一の通知を流した。彼はニュースサイトのリンクと一緒にグループへ放出してる。リンク先は孤独死や日本の薄暗いニュースが乗っていた。
『自殺の原因は恵まれなかった環境だってよ』
『全部がそれって言えないだろ』
俺が返事したら、すぐ既読がついた。
『やっぱ引きこもりだったら分かるわけ?』
『何がだよ』
『だって、紡は中年引きこもりが確定してるだろ? お先真っ暗じゃん』
『利一、言い過ぎ』
『忍は遅刻すんな』
2人は勉強会をするようだ。そして、忍が遅刻してるらしい。
『理一の話に乗るけど、何で死ぬんだろうな。苦しいだけなのに』
『さあ』
『中年引きこもりとか、何してんだろうな』
俺は中年の引きこもりになった姿を想像する。湿った公園で酒を飲みながら街をふらつく。月曜のジャンプを楽しみながら、パソコンでゲームやエロ画像に没頭する。自分が働いている姿よりも鮮明に浮かんだ。それは気持ちを失落させる。
『ま、死ぬやつの気持ちなんて分かんねえよな』
利一は暇つぶしで話題を振っている。協力する義理ないと、グルーブから離れた。そして、SNSをまた更新する。
「あっ、河辺さん」
彼女から連絡が来ていた。すぐトークルームを開く。そこには長い文章が記載されていた。
『ごめん。バイト先の同期が病気で倒れて、代わりがいなくて、入っていけなくなった。人手なくて。ほんと、また穴埋めする。ごめん』
「なんだよそれ」
怒りだとか悲しみが一巡する。過ぎていく感情の果てに、虚しさだけ中心に居座った。要は予定がすべて潰れたわけだ。
この理由を信じられるほど、彼女との信頼関係を築いていない。
「これからどうしようかな」
近くの地図を見ながらゲームショップを探した。1件だけあったが、画像を見るに休業してそうな雰囲気だ。これなら帰った方が早い。そう携帯を閉じて改札口に急ごうとした。
「ここ、婆ちゃんとこ近いじゃん」
ソーシャルワーカーが婆ちゃんとの関係はどうかと世間話してきた。もう二ヶ月は顔を出していない。家族も露骨に話題を避けていた。婆ちゃんは誰からも嫌われるような卑怯さはない。むしろ婆ちゃんは俺のことを溺愛している。唯一の孫息子だからとお菓子など買い与えてくれた。母は耐えるような表情で眺めていたのを覚えている。バツの悪さを感じて、お菓子を断ったこともあった。あの後ろめたさは人に言えない。
病院までのルートを出した。画面を見ながら歩く。
「久しぶりに行くか」
母親がいなくても、親の影が足元にある。ずっと付きまとっては過去を引用した。結局、誰かのせいにしないと自分さえ守れないか。
▼
この病院は清潔な薬品の匂いと、木目の優しさが不揃いだ。無計画に増築した建物だから、専門が枝分かれしている。入院患者の部屋は3階の角から数えたところにあった。目的地の病室に到着するがシーツは剥がされ、婆ちゃんの姿は見えない。病室にいてもベッドから移乗しているようだ。俺は待合室に行く。
「婆ちゃん」
「ん。あれ、つむぐじゃない」
振り向いてこちらを見る。前よりも頬が痩せていた。
「久しぶりだね。ちゃんとご飯は食べてるの」
「食べてるよ。元気だった?」
近くの椅子を借りて、隣に引きずる。腰を下ろして、カバンを下に置いた。
「カバンを下に置かない」
膝上に乗せて、自販機のメニューを眺める。婆ちゃんは何も飲みたくないと答えた。
「早く退院したいね。ここは息が詰まるよ」
テレビよりも奥を見つめている。どこか輪郭が薄くなってるような気がして、目をそらした。
「とは言っても家で倒れたじゃん。初めてじゃないんだから、ちゃんと検査してもらっときなよ」
「私はどこも悪くないよ。あんたの母親に行ってくれない? こんなところに閉じ込めるなって」
「いつか出られるって」
婆ちゃんの身体は会う度に小さくなっている。一人暮らしの時はおおらかで相談にも乗ってくれた。でも、病室の彼女は怯えを耐えるように生活している。
「出られるって思った方がいいじゃん。出たらやりたいこととか考えとけば」
「やりたいこと……、正月に日の出を見てみたいね」
「じいちゃんとの思い出なんだっけ」
「そのとき、あんたがゲームをねだるだろうから、貯金を下ろさなくちゃいけない」
「もう何歳だと思ってんだよ」
お菓子をねだる子供と同じ年齢で、止まっているようだ。会えない時間が長いからこそ時が進んでいない。どうしてか婆ちゃんは俺のことを可愛がってくれた。不登校になっても責めたことが一度もない。
「私から見たら、あなたなんてまだ子どもだけど」
「うるさいな。少しぐらい変わったよ」
頬を緩ませ、手を伸ばす。俺の頭で届きそうになり、元に戻した。そのまま体の姿勢を正し、テレビの方を見つめる。
内容は孤独死の話だ。誰にも相談することなく、一人で老人男性が死んだ。それに関連し、朝に利一が出した記事が話題になっていたのだろう。
「誰にも相談することが出来ずに死んだ、か。まるで自分のことのように恐ろしい」
「何でだよ。俺がいるじゃん」
「何言ってるの。お前も男なんだから独り立ちするでしょ」
「会いに行くよ」
「そうやって来なくなるんだよ」
まるでわかったような発言だった。言葉で否定することは出来るが、打てど響かない振る舞いだ。
「普通は子どもすぐに巣立って来なくなるんだよ。お前もさっさと結婚するんだろ」
「結婚とか考えたことないって。早いよ」
なにか思いついたようにまゆを上げる。
「もしかして男が好きじゃないだろうね」
「何でそうなるんだよ」
「別に男が好きでもいいけど、遊びはほどほどにね」
それから二人で話し合った。学校に行かない俺の話題を避けながら。積もる話はあるが世間の流行っているニュースや人の関係性ばかりだ。外が暗くなるまで話した。
▼
帰宅途中、隣に車が止まった。ねずみ色のプリウスで、座席の扉にすった跡がある。窓が開き、中から忍が顔を出した。
「何してんの?」
「婆ちゃんから帰ってる」
忍は運転席に合図し、車両の後方を眺める。
「早く乗れよ」
「助かる」
乗り込むと後部座席に輪ゴムで束ねた薬の袋が置かれていた。自分の座れるスペースを確保し、シートベルトに手を伸ばす。
「利一は勉強したか?」
「あいつはダメだ。全く覚えようとしない」
「あはは」
「普通、教えてくれたらありがとうだよな。非常識だ」
運転席に無精髭を生やした男性がいた。髪は丸刈りで日焼けしている。
「俺の父さん。月一で会ってんだ」
前に話していた。彼の両親は離婚しており、普段は母親と住んでいるということ。彼の特別な時間を邪魔してしまっているのか。
「もしかして気にしてる? もう慣れたんだから話すことなんてねえよ。ほら、ご飯の時も会話とかないだろ?」
「ないな」
前列にテレビが設置されている。テレビでは物騒なニュースを放送していた。昼間のテレビは刺激的な事件を大々的に取り上げる。専門家を呼んで対策を練らせて、一週間経つとほかの話題で同じことをしていた。視聴者は自分の意見を持ちながらも、影響されていく。
「父ちゃんもこうなるんじゃね」
「そうかな」
「だって仕事ついてねえし俺しか話さんやん」
「手厳しいな」
前の家族を引き合いに、俺の環境を思い出した。母親は婆ちゃんをどうしたいのか真剣に話し合った。俺を抜いた会議は長く続き、とにかくひとりで暮らすのは怖いと言っていた。おそらく、婆ちゃんは一人暮らしに戻れることがない。かと言って、俺の家で一緒に暮らすこともないだろう。母は受け入れるつもりがないようだ。婆ちゃんも少しずつ分かっていた。その非情さに向き合いたくなくて、味方なのに蔑ろにしていた。会うのが怖かった。
「孤独死かあ……」
「つむぐは姉ちゃんおるからいいだろ。美人だし」
「ブスだよアイツは」
「そうかな」
車が進み、やがて俺の家に到着する。近くの道路に横付けし、俺はありがとうと言いつつ降りた。
「なあ、最近利一がおかしいんだよ」
「おかしいのは元からだろ」
「そうだけどさ。なんかあったら聞いといてくれ」
「はいはい」
俺はそのまま帰宅した。今日のことを反芻し、ただ優とゲームをやりたくなった。
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