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彼は昼過ぎに顔を出した。初対面と似たフリルのついた女装姿に、茶色のビニール袋を手にしている。コンビニ弁当が透けていた。
「えへへ。お腹すきました」
湿った公園でベンチに座る。相変わらず人は寄り付かなかった。立ち寄った人がいても、ゴミ捨ての痕跡しかない。
二人でベンチに座り、その間にゲームのショップの袋を挟んでる。
「いっぱい買えたね」
「満足です。今からプレイが楽しみです!」
彼は弁当に手をつけずショップの袋を開封して、中身を取り出した。その一つのパッケージを俺に手渡す。
「この育成ゲーム面白いですよ。流石に昔のゲームだから画質は悪いですが、それにあまりあるストーリー性とキャラの奥深さがあります。僕は性別を自由に選んで、好きなキャラと配合させるんです。それがどんな強さ、美しさになるのか……」
パッケージにグロテスクなキャラと媚びている女性が並んでいる。全年齢向けにしては露出の多い格好をしたモンスターだ。
「攻略サイトを見ればいいって意見は野暮ですよ。自分でたぐるのが楽しいんですよ!」
「わかる」
彼がゲームに熱意を向けている。そのことがわかったから、連れてきてよかったと安心した。またゲーム屋とか、それに近いものを探したら喜んでくれるだろうか。
「もうすっかり仲良しだ」
すると、声がして顔を上げる。
「あ、姉ちゃん」
「河辺さん」
「コンビニから仲良いね」
「ま、まあね」
弟は特に言及していないようだ。余計誤解されるから黙っておこうという判断だろうか。これは彼の家族の問題だし、取り出すのも些細な問題だから口に出さないでおいた。
「姉ちゃんは何してるの」
「んっ、バイト帰り」
「バイトしてるんですか」
彼女は腕を組んで当たり前でしょと言う。
「日々いくらかかってると思ってるの。遊ぶ金だって作らなきゃいけないんだから」
化粧品や遊ぶ金。横並びするためにかかる経費。俺だって友達と遊ぶために金を貯めたりする。でも、バイトするほど金に困ったことない。というか、働くことに俺が向いていない気がしてやりたくないわけだ。
「なら遊ばなきゃ良くないですか?」
しばらく俺の目を見つめられる。そして、弟にそらした。
「援力くんが友達少ない理由わかった気がする」
「姉ちゃん!」
「き、傷つく」
俺の言い方が間抜けだった。冗談だと思われてふたりが口を隠す。別にそこまで傷ついてないから良しとした。
「あんた何時に帰るわけ?」
「夕ご飯には間に合うよ」
「優。援力くんに迷惑かけちゃダメだよ」
「かけないよ」
「それに、母が女装で出掛けてるの愚痴ってきたから気をつけてね」
「姉ちゃんのところに置いててもらっていい?」
「えー、あっ。そうだね。良いけど」
歯切れの悪い返事をした。コンビニ袋に目が止まったらしい。それを指さして口開く。
「ジュース買ってきてよ。奢りね」
「えー! 弟をぱしるの」
「しばくよ? 早くいけ」
しぶしぶ立ち上がる。荷物を落とさないようゲーム袋の横に押し、ポケットの財布から小銭を数えていた。行ってくると俺に告げ、立ち去る。その後ろ姿に哀愁が漂っていた。今度、なにか奢ってやろう。
「金渡せよ」
「やだ。私だって金に困ってるもん」
彼の元いた椅子に腰を下ろした。彼よりも面積をとるから、俺は橋の方に擦れる。
「てか女装してるし」
場の空気が凍りついた。自然に彼女が様子を変えるものだから心がついていかない。ここで曖昧な返事は正解じゃないのはわかる。沈黙して時間が過ぎるのを待つしかない。
「どう思う?」
二人きりになるため、上手く彼を誘導した。女装を俺がどう思ってるか問いただしたいわけだ。
その敵意が出る睨みを受け止める。
「似合ってる」
「は?」
「え?」
「あー……」
足をまっすぐ伸ばし、地面をけって砂埃を立てる。煙が俺の足に触れて去っていく。
「弟に手を出すなよ」
「出さねえよ。俺をなんだと思ってる」
「良い奴」
手を伸ばしても届かない青い空。公園を囲む策。恥ずかしさを逃がす景色を探した。
「母が優を嫌ってんの。優も反発して冷戦状態。誰も悪かないんだよ。だって、弟は好きな格好をしてるだけ。母は弟に険しい道を歩んで欲しくないだけ。難しいよね」
「河辺さんは、どうなの?」
「何が?」
「河辺愛は優の味方なの?」
家族に味方がいたら、勇気づけられたりする。家族じゃなくてもいいが、あの歳なら家族に受け入れられたいと思ってるはずだ。思わないなら反発しない。
「正直わかんない。分かんないから、知ろうと思いたい」
「良い姉ちゃんだね」
「外面がいいだけ。で、貴方は優の格好をどう思う? 気持ち悪いのか、誰かに言ってたりする?」
俺の心では優の味方に写ってる。過去に後ろ暗さで動いてるかもしれない。でも、真面目に答えないといけない相手だ。
「気持ち悪いとは思わない。いや、優と出会わなかったら気持ち悪い悪くないとか考えないと思う。遠いものだと思ったものは、疲れるから考えない悪い癖があるんだけだ、彼を知れた。知ったうえで、遊ぶのが楽しいよ」
そうして携帯を操作した。画面を移動させ、俺に見せつける。画面の上が青いからTwitterだ。そのツイートをクリックして、見えるように動かした。
「このツイートを読んで」
未成年の性別をテーマにした講義だ。未成年のうちに自分の性別に疑問を持っていたり、LGBTと言った話題をわかりやすく解説するという話。場所もバスで行ける距離だった。
俺も携帯を取り出して、講師の素性を確認する。怪しい人間かと疑ったがれっきとした先生で、過激な発言による炎上や、危険な取り巻きは見当たらなかった。フォロワーの少なさから、河辺愛のサーチした胆力に舌をまく。
「こんな人いたのか」
「私ね、これに行きたい」
「勉強するなんて偉いな」
「ついてきてくれない?」
携帯を落としそうになる。小指と人差し指でなんとか持ちこたえた。引きこもりでも力が衰えていない。
「知るのが怖い。自分の世界を変えたくないけど、二人なら変わる気がする。お金も出すし、昼飯奢るから、ダメ?」
分かってるのだろうか。俺と河辺が一緒に出かける問題に。誰かに見られたら、彼女はしばらく弄られる。また、相手がとある理由で引きこもった俺だ。繋がりを漁られて、手垢ついた手で弟のことを触れるかもしれない。欲望で侵し尽くすのが生徒だ。
「男女で出かけるって、河辺さんの迷惑になるかもしれない」
「ならない。大丈夫」
「……あまり気の乗らないけど、わかった」
俺も優のことは知りたいが、このやり方で合ってるのか。河辺愛は弟の心の形を掴みたいだけだ。その努力を踏みにじるわけにもいかない。オレが行くだけで勇気が出るなら喜ばしいことだ。
「弟には内緒にしてくれよ」
「わかった」
タイミングよく彼が帰ってきた。公園から彼が走ってくる。
「はい。ぱしらせ姉ちゃん」
「珈琲じゃん。ありがと」
優は絶妙な間を読み取ったらしく、質問をしてきた。
「何の話してたの?」
「援力くんは早く学校に来いって言った」
「うるさい」
「なんで学校こないわけ?」
「行っても楽しくない」
「援力さん知ってる? 姉ちゃんって家に着いたら学校キツーって鳴き声みたいに言ってるんだよ」
「え、そうなの」
「ちょっと!」
強がって言ったのか。いや、どちらも本音だろう。
「引きこもりだから何も言えなかったよ」
「あーあ。ここにいたら腐る。もう帰る」
「はいはい。じゃあね姉ちゃん」
その後は彼とゲームの話で盛り上がった。彼の釣れるポケモンは俺よりも強く、6匹はなす術なく叩き潰される。落ち着くままでほかのゲームをプレイした。
「これも面白いの?」
「はい。銃のゲームです」
「FPSって、チームに迷惑かけてる気がして苦手だな」
「俺がチームなら迷惑じゃないですよ」
お互いにチームを組んで戦場に出る。棒立ちの俺は敵の的になっていた。その間に彼は達人の立ち回りで敵の背後から暗殺し、遠くの敵を打ち倒す。その後、俺にゲームのアドバイスを施す。言う通りに動いたら一人だけ殺害できた。
興奮するのと同時に、明日着る服を考える。女子と出かけたことがない。彼女らに迷惑をかけない服ってなんだ。タンスの中身を思い直しながら憂鬱になる。人と出かけるって疲れる。
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