3

 狭い部屋だった。エアコンと植木鉢、白い壁しか印象がない。


「そしたら姉がひどい動画をテレビで見てて」


 丸眼鏡をかけた男性が俺の目を見て聞いている。彼は俺をカウンセリングする荒木先生だ。

 俺は月一でカウンセリングを受けている。先生たちは学校に行かない俺に問題があると捉えているからだ。ただ、カウンセリングの先生は俺の憶測を否定する。俺と話がしたいらしい。


「―――ってどう思いますか。俺より大人が人を困らせてるんですよ。それを面白いと思えません」

「ユーチューバーね。過激な動画の方が見られるからってこともあるのかな」

「どうなんですかね。俺は見たくないです」


 今日も姉の見ていたドッキリのひどさを語った。次は関心のことを聞かれる。

 彼の前だとリラックスして動きが大きくなってしまう。顎に手を乗せて関心を引きずり出した。


「そういえば他校の友達ができました」

「珍しい」

「俺がよく時間を潰す公園にたまたま来たんです。俺とよくゲームの話をしてます」

「公園って、無断でWi-Fi借りてるところでしょ。ダメだからね」

「分かってますって」


 荒木先生は真面目だけど和む雰囲気を持っている。言葉尻を取られて説教する人たちと違う。誰かと喧嘩してやさぐれたら聞いてもらうことにしている。


「他校で友達ができてよかったね」

「はい。彼には親近感が湧きました」


 優は小学生だから、他校の友達って言い方だと、卑怯な逃げ道を歩いてる気がする。年齢に関係なくゲームの話をする。彼はあの後ルンファク3を買いに行っただろうか。俺も店に立ち寄りたい。

 

「もしかしたら僕の受け持つ人かもしれないね」

「先生っていろんなところに行ってるんですか」

「人手不足だから転々としてるかな。車の運転しすぎで肩が痛い」

「これから予定あるんですか」

「もう今日はここで終わり」


 彼は肩を回した。黒のスーツについた埃を払ってる。

 眼鏡の縁を落ちないようにかけ直す。


「そういえば、婆ちゃんのことはどうなの?」

「祖母ですか」


 俺がひきこもるから家族と上手くいってないが、祖母だけ俺の味方だった。引きこもっても責めないし歓迎してくれる。もとは祖父と一緒に暮らしていたが、先立たれてしまった。その後、民生委員の見回り時に転倒した姿を目撃。緊急で入院した。


「まだ病院にいます。会いに行けてないですね」

「そうか。援力くんは婆ちゃんと話してるときが楽しそうだったから」

「そうですかね。あまり考えたことないですけど」

「でも、入院が長いね」

「長いですね。早く帰ってきてほしいです。もう逃げるところないから」

「逃げるところ」

「はい。歩き回るのってつかれるんですよね」


 その後、予定時間を大幅に超えた。クラスメイトと帰り時間が被らないように、夕方前に帰る。



 通学バックの中をまさぐりながら歩いていく。手触りでゲームを発見し、時間の潰し方に幅ができた。

 姉とアキくんが家で遊んでるはずだから、公園に立ち寄ろうかと考える。彼も来ているかもしれない。そう思いながらコンビニに向かう。すると、誰かが大声を出していた。迷惑な奴だなと無視して歩いたが、徐々に自分を呼ばれていることに気がつく。


「つむぐー!」


 振り返り、二人の男子を発見する。


「利一、忍」


 利一は高校から知り合った友達だ。細かな作業と我慢ができない。人に嫌われるような発言をあえてする。友達は俺よりも少ない。


「おう久しぶりだな。お前、何してんだ?」

「カウンセリング」

「ああ。つむのは今日か」


 忍は俺と幼なじみで幼稚園の頃から仲がいい。親ぐるみで遊びに出かけたこともあるし、忍の家に俺の衣類が置かれてある。


「あの丸メガネのやつだろ?  大正時代から出てきたようなやつ」

「利一うるさい」

「は?  引きこもりに言われたくねえよ。やるのか」

「何をやるわけだ。それより、つむは勉強してるのか」

「勉強かあ。あまり手をつけてない」


 忍はカバンからノートを一枚取り出した。表紙は書かれていないが、年季の入った汚れ方をしている。


「はい。ノート」

「貸してくれるの」

「だって帰ってきた時に困るだろ」


 ゲームから手を離し、彼のノートを鞄に入れる。


「無駄だって。帰ってくるか分からねえよ」

「利一は勉強できてんのか?  俺より点数悪かったじゃん」

「もっと言え言え」

「は?  お前見とけ。今は賢いから」

「つむ。利一はマジで勉強してない。笑えないから」


 つい流れに任せて三人で帰っていた。俺が後ろか利一が前の2列が常だ。忍は話を食らいつくから人に困っていない。逆に俺と利一のふたりだと話すことがなくて、沈黙する。


「うるせえな勉強とかいいんだって」

「利一それでいいのか。お前の兄ちゃんは、持ち前の学力で東京の大学に通うんだろ。お前も同じ血が流れてるんだから出来るだろ」

「あー黙れ黙れ」

「え、すげえじゃん。利一」


 学校は話題になる情報が飛び交っている。勉強だけじゃなく、友好関係の親睦に差が開く。利一に兄がいたなんて知らなかった。


「別にあんなやつすごくねえよ」

「でも、大学かー。もう周りは決めてるやつ多いよな」

「動くのは早いほうがいいって聞くよね」


 利一は鼻で笑って、カバンの位置を右手から左肩に持ち替えた。サメのキーホルダーは片目の塗装が剥がれていて、隻眼になっている。


「お前ら大学とか行くのかよ。いいか、目的もなく大学に行っても中退するだけなんだよ。だから、将来を決めずに大学なんて受けたら損だ」

「将来、かあ……」


 彼は会話に集中するから通行人と衝突しそうになる。俺は袖をひき、強引に反対へ示した。気付いた利一は、力に身を任せ通行人の通れる道を作る。


「将来なんて決められないな」

「まあつむぐは将来なんて考えてねえだろうな」

「おまえ俺の何を知ってんだよ」


 どんな思い出引きこもってるのか知らない。言うつもりもなかった。


「とにかく利一は勉強させるから。もう少しで中間テストだって忘れた?」

「覚えてるっつの」

「なあつむも来ないか?」

「え?」

「勉強会しようぜ。俺ら3人だけでさ、学校でやろうってわけじゃねえんだ」


 友達の優しさが刃物のような鋭さがあって、心に刺さる。忍の優しさは救われたり傷ついたりしていた。そして、この提案は学校にいつか通ってほしいという本音が見える。だから、俺は有り体な言葉を放つ。


「考えとく」

「おう。存分に考えてくれや」


 幸先の悪い返事でも白い葉を見せる忍。この人柄で彼女がいないから驚きだ。むしろ彼は過干渉だと女子に嫌われている。俺は女子の気持ちがわからなかった。

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