第5幕 IORI

 長い仕事が終わってのロッカールーム。今日はすっかり疲れてしまって、遊衣さんとの会話を楽しむ余裕もなかった。さっさと着替えて帰ってしまおう。今日だけはお母さんにジンジャーティー作りたくないなぁ。

 そんなことを思いながら学校の制服に袖を通していると、着替え終わった遊衣さんが近づいてきて、部屋の中央にある簡素なテーブルに腰掛けた。

 今日の遊衣さんはラフなデニムパンツとジャケット姿。下に着ているのは胸が大きく空いたノースリーブで、同性のわたしでもドキッとしてしまう。背の高い遊衣さんがテーブルにお尻をのせると、はしたないのではなくかっこよく見えるのだから羨ましい。

「いのりんってさぁ、どうしてメイド喫茶なんかで働こうと思ったの?」

 遊衣さんはそんなことを訊ねた。

 わたしは正直返答に困った。疲れているからではなく、そんな明確な理由があってここで働いているのだろうか。

「お金?」

「……」

 それは違う気がした。母が家を空けている間、わたしは充分な生活費を預かっている。そこにはお小遣いも含まれていて、留守にしがちな後ろめたさがあるせいか、どれだけ使っても母が文句を言うことはなかった。とは言ってもお金をたくさん使うような趣味がわたしにはないけれど。

「まぁいいや。あたしはさぁ、声優になりたいっていう夢を叶えるために、ちょっとでも足しになればと思って。あとメイドの格好で働いてます、てゆうのがなんかのアピールになるかも、って思ったんだ」

「あ、はい。いいと思います、そういうの」

 どうしてわたしはもっと気の利いた台詞が言えないのだろう。遊衣さんの将来に対するまっすぐな想いは、わたしの憧れでもあるのに。

「そしたらうちの店、店内での撮影禁止でしょ? ホームページもないし、SNSもやってないってどういうこと? なんの宣伝にもなんないじゃん!」

 遊衣さんは大袈裟に顔を作って苦笑した。わたしもつられて苦笑い。すると彼女は、ジャケットのポケットから一枚の名刺を取り出してわたしに見せた。

「今日のお客さんがくれたの。知ってる、ここ?」

 デザインの凝ったスタイリッシュな名刺だ。それは、あの白いスーツの男性がわたしに渡そうとしたのと同じものだった。わたしがトイレかどっかに行ってる間に、ちゃっかり遊衣さんにも渡したのだろう。

 その名刺にはこう書かれていた。


 株式会社クラインボトル・コーポレーション 代表取締役 矢水郁生


 そして裏には、瞳のおっきなアニメキャラのイラストと、〈メイドカフェ エンゼルカチューシャ〉のロゴ。

「なんかさぁ、今度大通りの方に新店を出すんだって。引き抜きたいから連絡くれって。あたしそこでも働こうかなーと思って」

 わたしは目を真ん丸にした。

「え、それじゃここは……!」

「ううん、掛け持ちっていうこと。正直、ここのシフトだけじゃ生活費で精一杯なのよね。ほら、あたし一人暮らしでしょ? 両親にも仕送りで負担かけたくないしね」

 わたしはほっとして肩から力が抜けた。ようやくわたしも仕事や仲間たちに馴れてきたところで、こんなに早いお別れは予想していなかったから。

「あと、いのりんは知らないかもしれないけど、この『エンゼルカチューシャ』ってすごい大手なんだよ。働いてる人は専用のアカウントでツイートとかしてるし、人気投票もあって、オリジナルのアニメとかも配信してるの。正直、緊張で手汗びっしょりになっちゃった」

 あのうさんくさそうなスカウトマンは、そんな立派な会社の社長さんだったのか。大手メイド喫茶の経営者ということだが、業務内容からするとアイドルのプロデューサーのような立場でもあるのだろう。そういう意味ではうさんくさい雰囲気に偽りはないと言える。

「いのりんも一緒に行かない?」

「ええっ!」

 わたしは飛び上がりそうになってしまった。

 あのとき、名刺を受け取ることを断ったことに対し、微塵も後悔などしていない。遊衣さんがそのことを知らないとしても、わたしにこの店以外で働くことなど考えられなかった。そんな〝変化〟はわたしには刺激が強すぎる。

「あはは、冗談。でももったいないなぁ、いのりんすっごく可愛いのに」

「はは、わたしなんか……」

 すると遊衣さんは急に真剣な表情になって、自分の方にぐーっと顔を近づけてきた。

「本気で言ってんの?」

「え」

 遊衣さんは時に感情のブレが激しいときがある。今日もこの会話の展開から、ちょっと嫌な予感はしていたのだ。

「いのりちゃんさぁ、自分がどれだけ美少女なのか自覚してなさすぎ。ここのお客さんだって、八割はあんた目当てだと思うよ」

 それ、自分がほんの数時間前に考えてたことと一緒だ。ただし遊衣さんに対して。

「あー、それで思い出したんだけど、いのりんって〈悠木律子〉っていう女優さん知ってる?」

 わたしは心臓がノドから飛び出しそうになった。いや、半分飛び出したくらいの衝撃を受けた。

「この前接客した常連のおばさんがさ、あたしに声かけてこう言うの」

 遊衣さんはそのまま物まねモードになった。

「先週あなたと一緒にいた子、今日は来ないの? ほら、横だけアップにして髪留めしてた。あの子可愛いよね~。若い頃の悠木律子によく似てた~」

 身振り手振りでおばちゃんらしく見せるのはさすがだが、そんなの今のわたしの目には入ってこない。

「あたしはさ、正直〈悠木律子〉っていう人がよくわかんなかったからネットで調べたわけ。そしたら若い頃の写真がけっこう出てきて。あたしらのお父さん世代ですごく流行った女優さんだったみたいね」

 悠木律子は往年のアイドル女優だ。かつてはテレビの連ドラに引っ張りだこで、恥ずかしげもなく主題歌CDまで出してる。わたしにとっては黒歴史なのに、ネットからその情報が消えることはない。

「その悠木律子の若い頃の写真、もういのりんが写ってるのかと思っちゃった。それでね、ピンときたことがあって調べてみたの。ほら、芸能人のプロフィールとかまとめたサイトあるでしょ?」

 遊衣さんは悪気もない様子で、きらきらした瞳でわたしのことを見つめている。もうやだ、帰りたい。このまま逃げ出したい!

 しかし話は確信へと近づいてゆく。

 彼女は机を降りてロッカーに近づいていった。それも自分のではなく、わたしのロッカーの方へ。そして、そこに書かれたローマ字の名前を指で押して、一文字隠した。


 I ori


「イ・オ・リ。いおり! 悠木イオリ!!」

 遊衣さんはずばり犯人を言い当てた名探偵のように、わたしを指差した。

「まとめサイトによると、悠木イオリは悠木律子の一人娘で、お母さんがプロデュースしてたんだって。そりゃそっくりなはずよね、親子なんだもん!」

 終わった……。

「へ、へぇ~。有名な人なんですか、その人……」

 とりあえずごまかしておこう。遊衣さんはムッと表情を強張らせたが、知ったこっちゃない。

「まぁ、確かにわたしの見間違いってこともあり得るし、念のためDVDを見返してみたの」

「DVD?」

「あたし『一〇〇〇キロのノスタルジー』のDVD持ってるもん」

「は!? なんでそんなの持ってるんですか!!」

 そう叫んでから、わたしは一生分悔やんだ。

 遊衣さんは勝ち誇った表情で再びわたしを指差す。わたしは思わず脱力した。一度はしらばっくれたものの、完全なる証拠を突きつけられて万事休すの犯人の心境で。

「馬脚を現したわね~。でも、言い逃れできないくらい似てたよ、いのりんとイオリちゃん。で、どうなの。やっぱりご本人?」

 わたしは、油の切れたロボットみたいなぎこちない動きで、かろうじて頷いていた。

「キャーッ! キャー! やっぱり! いのりんはイオリなんだ!! やばい、どうしよう。サインもらえる?」

 サインなんか書くくらいなら、舌を噛み切って死んでやる。この時わたしは本気でそう考えていた。

 それにしても遊衣さんはどうしてこんなに興奮しているのだろう。わたし――もとい、悠木イオリは子供劇団や舞台での子役が活動の中心で、テレビにはまったく出ていなかったはずだ。唯一主演した映画があって、それは海外の映画祭で少し話題になったものの、日本での上演はミニシアターが中心でとてもじゃないがヒットしたとは言えない。

 そして悠木イオリは十一歳の時に芸能活動を引退した。それから六年。入れ替わりの激しい芸能界で、テレビに無縁ないち子役が人の記憶に残るはずがない、と思っていた。悠木律子の線からその娘の芸能活動に興味を持った人がいたとしても、よくある親バカのプロデュースが中途半端に終わっただけ、と結論づけられるはずだ。

 でも、目の前のこの人はその唯一の主演作品のDVDを今も捨てずに持っているという。

「ちなみにあたし、イオリがたった一回だけ出演したトーク番組のビデオも保存してあるよ」

 わたしはショックでぶっ倒れそうになった。間違いない。

 遊衣さんは悠木イオリのファンなのだ!

「それにしても思い出すなぁ。久々に映画見返しても泣いちゃった。ほら、ラストシーン近くで親切にしてくれた駐在のおじいさんにさ……」

「やめて!!」

 わたしはありったけの声で叫んでいた。

 もう聞きたくない。思い出したくない。わたしの輝かしい記録で、思い出で、そして幼い頃からのだった子役時代の話なんて。そして、わたしにそれを強要した母親と、今も同じ屋根の下で過ごさないといけないことを、もう意識したくない。

 わたしは自分の鞄をひっつかんで、更衣室から出て行った。

 わたしの叫び声を聞いて様子を見に来たであろう伊佐屋さんと階段ですれ違ったが、わたしは彼を押しのけるようにして一階に降り、そのまま店を出て行った。




 そんなこんなで帰宅して、ベッドに突っ伏してしばらく悶々とした。

 朝から失敗と不運続きの今日は、まだ五時間も残っている。

 母は今夜仕事の打ち合わせで家にいない。こういうときはお酒を飲んでくるので、深夜まで帰らないはずだが、それは好都合だった。今あの人と顔を合わせたら、きっとわたしはきつくあたってしまい、自己嫌悪に陥るだろう。

 わたしは重い身体を引きずるようにして自分の学習机に向かい、ノートPCを開いた。

 メールボックスを見ると、スパムや通販のメルマガが多数たまっている。しかしその中に、思わず目が醒めるようなメールが受信されていた。

 送り主は沖田わたる。件名は『掘り出し物』。

 名字が変わってしまったお父さんからの電子メール。娘の近況を心配するいつも通りの内容に頬が緩む。わたしは一文字一文字を噛みしめるようによく読んで、遠く離れて暮らす父親の声を頭の中で再生させた。今は確かアメリカのボストンにいるはずだ。

 文章の最後にはURLが張られていた。わたしは迷わずそれをクリックして、出てきた専用画面にIDとパスワードを打ち込む。それはお父さんが契約しているウェブ・ストレージ・サービスの認証画面だった。中にはいくつもフォルダがあって、その中の最新の日付のアイコンを選んで自分のPCにダウンロードした。

 メールに『掘り出し物』とあったのは、そこになにか面白い動画が保存されていることを意味している。

 わたしの父・沖田亘の職業は映像制作会社のディレクターで、今は海外を拠点としてドキュメンタリー作品の製作を多く手がけている。考えてみれば、女優とディレクターの組み合わせなんてつまらないくらいまっとうな業界カップリングで、なおかつ離婚しても瞬時に忘れられるくらいありふれた組み合わせだと思う。

 ちなみに両親が離婚したのはわたしが芸能活動を辞めた六年前。わたしはその年、悠木イオリと沖田いのり、ふたつの名前を同時に失ったのだ。

 今日に限ってどうしても頭に住み着くイオリの幻影を振り払いつつ、わたしはフォルダの中の動画ファイルをクリックした。父はわたしのために新作のドキュメンタリーや海外の珍しい撮影風景などをこうして送ってくれる。もちろん、外に出してはいけない業務上の決まりもあるのだが、娘を想う父親にとってそんなことはどうでもいいようだ。

 先ほどのメールにはこんな文章があった。


『いのりちゃんがアルバイトをはじめたって本当ですか? しかもメイド喫茶だとか。なんとも日本らしくて素敵ですね。いつかいのりちゃんのメイド姿も見てみたいです。

 それに関連して、何年か前に撮った面白そうなビデオをお送りします。残念ながらお蔵入りになってしまったものだけど、お父さんとしてはけっこう気に入ってる作品です』


 お父さんには直接アルバイトの報告をしていないはずだけど、なぜかメイド喫茶に勤めていることを知っている。わたしが「芳野のおばさん」と呼んでいる、父の妹にあたる人とは密に連絡を取っているので、きっとそこから知ったのだろう。

 とにもかくにも番組だ。すでにファイルの再生が始まっていた。もともと日本人向けの内容らしく、ちゃんと日本語の字幕やナレーションも入っていて、ほぼ完成版の出来映えだった。いわゆる「完パケ」というやつである。

 作品の内容は、ヨーロッパにおける移民問題とその子供たち、いわゆるストリートチルドレンについてのものだった。けっこうシビアな内容だけに、わたしのバイトとの関連はよくわからない。

 しかし後半に入ると、父の言いたいことがようやくわかってきた。

 中東諸国での戦争やテロ活動などにより、ヨーロッパ諸国にはたくさんの移民・難民が流れ込んできている。特に難民は働き口がないためにキャンプ生活を強いられ、多くの人が不自由で貧しい生活を送っている。その中で暗躍するのが、子供たちを狙った闇のブローカーだ。ただ、こういう切り口のドキュメンタリーは前にも観たことがあった。

 少し違うのは、この作品ではそういったブローカーから救い出された少年少女たちに対する職業教育の様子が描かれていたことだ。

 映像の後半では、主に性産業に〝輸出〟するために売買されたり、拉致されたりした少女たちを救い出す財団の活動が描かれていた。その少女たちは、しっかりとした職業訓練が施され、親元に戻るのではなく、外国で仕事についたり養子縁組で裕福な家庭に引き取られたりする。その方が、難民の――しかも子供を金に換えるような親の元へ返すより本人のためになる、というのがこの財団の言い分だ。

 そのユニークな一例として、カメラはフランスのとある地方に建てられた特殊な専門学校の様子を映し出す。そこはなんと、プロの〝メイド〟を育てるための専門学校なのだ。

 わたしはそうやって視聴者を誘導する、見事な手腕に乗せられながら、食い入るように画面を見ていた。ようやく自分のお仕事と関連し始めたこともあって、次の展開にワクワクしている。ナレーションはこう続く。

『伝統的な貴族の屋敷を改装して作られたこの学校では、なんと日本人の講師が教鞭を取っていると聞き、取材を申し込んだ』

 ――日本人の講師?

 なぜか少し鼓動が速くなった。カメラはよくある演出として学校の廊下を進んでゆき、その日本人講師の授業風景を映すべく、教室の中へと入っていく。

 わたしは口をぽかんと開けたまま、何秒か呼吸するのを忘れてしまった。


――て、店長!?


 明るい南フランスの日差しを浴びて教壇に立っていたのは、紛れもなく伊佐屋ショウマさんだったのだ……。

 わたしは愕然としたまま、何度もそこを巻き戻して再生してしまった。だが間違いない。今よりいくらか若くて髪も明るい色に染めているけど、独特の能面っぽいしょうゆ顔は間違いなく伊佐屋さんだ。

 彼は、流暢なフランス語(たぶん)で少女たちにこう話した。

『君たちはこれからクラシカルな職業のひとつである、〈メイド〉の仕事を覚えてもらうことになる。だが、君たちに目指してほしいのはただの小間使いではない。言うなれば、専用に設えられた家具のような仕事をする、プロのメイドだ』

 ――メイドは、家具。

 それは伊佐屋さんがわたしたちに口酸っぱく言っていることと一致していた。

『家具は確かに道具だが、真に使い勝手のいい高級家具は、その家の主人が死んだとしても長く受け継がれてゆく。君たちは特定の主人に仕える必要はない。プロとしてその腕を認めさせ、高級家具として〝家〟に求められ、〝家〟に必要とされるような人材に育ってもらいたい。いいね?』

 少女たちは、目を輝かせて返事をする。地獄のような生活をしてきたであろう彼女たちにとって、この学校――そしてメイドとはいえプロフェッショナルとして自分たちを磨き上げてくれる教師の存在は、どれだけの希望に思えただろう。

 と、このドキュメンタリーが言いたいのはそういうことなのだが、わたしにとってはそれどころではなかった。

 まるで神様にマシンガンで蜂の巣にされているような気がした、今日この日の最後の最後に、とんでもない爆弾が待っていた。逆に自分の過去が遊衣さんにバレたことなど、ちっぽけに思えてしまうくらいの衝撃だった。

 ひょんなことから伊佐屋さんの知られざる秘密を知ってしまったのだ。映像がすべて終わっても、まだ心臓がドキドキしている。

 お父さんは伊佐屋さんのことを知っていたのだろうか。だがそれはあり得ない。芳野のおばさんには「メイド喫茶でバイトする」という情報しか伝えてないし、おばさん自体も遠く離れた町に住んでいるので〈リリーズガーデン〉のことは知りようがない。そしてあの店は、広告もホームページも作らない、正真正銘の〝隠れ家〟なのだ。

 と同時に、どうして伊佐屋さんがあの学校を辞めて日本に戻ってきたのかが気になった。

 伊佐屋さんの口数の少なさ、イントネーションの不自然さから見ても、得意な言語はフランス語の方だ。どちらかというと、日本に「戻ってきた」というより「訪れた」、という印象が強い。

 そこで突然、わたしの脳裏に蘇ったのが、亜実ちゃんがおもしろ半分で話した「人間牧場説」のこと。

 かつては性産業から救い出した少女のために教えていた伊佐屋さんが、それを逆手に取ったとしたら……。救い出す、ということは拉致していた組織にも詳しいということ。遠く離れた日本で、日本人であることを生かして、今度は少女たちをメイドに仕立てて〝輸出〟する、そんなビジネスに手を染めていたら……。

 そこまで考えてわたしは思わず噴き出してしまった。

 悪いクセだ。たぶん亜実ちゃんに影響されて、その考え方までコピーしてしまったのだろう。そんなところに子役だった自分の過去が影響している。人を観察し、変化を見つけ、スイッチひとつで〝変身〟しようとするクセはいまだに身体に染みついている。

それは、避けようのない事実で、逃げようのない運命だ。

 たとえ映画や舞台から遠ざかっていたとしても。

 たとえ人と深く関わることを避け、結果的に口下手になっていたとしても。

 ……この無口で引っ込み思案な西峰いのりも、かつての悠木イオリから距離を置こうとした末の〝演技〟なのだろうか――。

 そんな考えが頭をよぎると、わたしは再びベッドに突っ伏した。

 なんだかもう、頭を使いすぎて眠い。晩ご飯も食べてないけど、脳がオーバーヒートしたから寝てしまいたい。シャワーは明日の朝浴びればいいや。

 まさにもう、眼を閉じてしまおうとした瞬間、わたしのスマホがぴかっと光った。

 遊衣さんからのメール。


『さっきはごめんね。興奮して変なこと言っちゃった』


 わたしはベッドにうつぶせになったまま、とろんとしたまぶたを必死に押し上げて、『気にしてないです。おやすみなさい』と返信した。まだ夜の七時三〇分なのに。

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