第2話




 私は、お父様に話を聞くべきなのだろう。


 けれど、勇気が出なかった。


 思考が空回りして、どう行動すべきか分からない。


 遠くで元婚約者が妹とイチャイチャしてるのが見えたけど、それもあまり目に入らなかったくらいだ。


 学校で、もんもんと考え事をしていると、例の眼鏡君がやってきた。


「進展はあった?」

「ええ、それなりにね。事件の事、教えてくれてありがとう。整備の人と話してきたわ」


 彼に、事件現場であったことを一通り話す。

 そのついでに私は、自分で処理できないでいたその悩み事について相談することにした。


 眼鏡君は静かに耳を傾けて、私の話を全部聞いてくれた。


「なるほど。でもまあ、ただの新聞部からは何も言えないかな。君の家庭環境複雑すぎるし」

「そうよね」


 ただの他人になんて事を話してしまったのだろう、と後悔していると彼が続けて述べてきた。


「だから、一人の友達として、言葉をかけるよ。話してみなくちゃ分からない。事件の事がそうだったように。真実は探してみないと分からないって事だ」

「私達、いつから友達だったかしら?」

「ひどくない? まあ、協力者って言った方が無難かもしれないけど」


 交わしたのは他愛のないお喋りだった。

 でも、気が抜けて肩の荷が少し降りた。


 今のはおそらく励ましてもらったのだろう。


 だから私は、少しだけおどけてみせながら、手を差し出した。


「だから、今から友達になってくださる?」

「いいよ。面白い友達が増えるのは大歓迎だ。前向きな子は結構好きだしね」


 もらった勇気が小さくならないうちに、さっそく家に帰ったらお父様と話をしてみようと思った。







 帰った後、私はまっすぐに執務室へ向かう。


 途中で妹が何か言って来たけれど、すべて無視した。


 部屋に入るとお父様は、経営している会社の資料に目を通していた。


「お父様、お話がありますの」


 話を切り出すのは凄く勇気があったが、口を開いてしまえば後は全てを吐き出すだけ。


 この目で見たもの、聞いたことをすべて話した。


 すると、お父様は「そうか、知ってしまったのか」と疲れたような顔になる。


「もう、子供ではないのだから、手厚く守ってやるのは過保護過ぎだったのかもしれないな」


 その態度を見て、お父様は本当は私を嫌っていなかったという事が伝わってきた。


 今まで誤解していただけだったのだ。


 胸が熱くなってくる。


「いいえ、お父様の愛情は嬉しかったですわ。でもそれならなぜ、妹をお叱りにならないの?」

「それは、妹の口から謝ってほしかったからだ。自分から勇気をもって、謝罪にしに来てほしかった。お前にはすまない事をしてしまったな」

「そうだったのですか」

「あれはお前にもまだ謝っていないのだな」

「ええ」


 謝るどころか、母が死んだのは私のせいだとなじってくる。


 お父様は悲しそうな顔で、執務室の机に飾ってある写真を見つめた。

 その写真には家族全員が集まっていた。

 あの事件の前に撮影されたものだから。


「もう、期限が来たのかもしれないな。お前の元婚約者の事もある。妹を呼んで話をしよう」







 とある日の執務室。

 使用人に呼びだされた妹と、そして遠くから呼びつけた元婚約者が目の前に並んでいた。


 彼らは一様に自慢げな表情で立っている。


 自分達の仲が認められるものだと、思い込んでいるのだろう。


 けれど、それは間違いだ。


「お前達に話がある。その前に数年前に起こった事故、いや事件の話をしなければならないな」


 お父様が真実を話すと、二人はみるみる顔色を変えていった。


 その最中、妹は何度も口を挟もうとしていたが、そのたびに父に一喝されて、黙らされていた。


 そして長かった話が終わる。


「という事だ」


 お父様が話を止めた後、元婚約者は震えながら口を開いた。


「わっ、私は騙されていただけです。こんな事だと知っていれば! 婚約は無しにしてください。人を殺すような女とは一緒にいられません!」

「そうか、分かった認めよう」

「なっ、お父様!? そんなっ!!」


 お父様は、彼からの婚約破棄をあっさりと了承した。

 しかしそれは、彼を許したという事ではない。

 依然と目の前の男に厳しい視線を注ぎ続けている。


「なら、私は元通り彼女の婚約者に戻るという事ですね」


 元婚約者は厚かましくも、私を見てそう言った。またこちらの婚約者に戻ろうと考えているらしい。

 そんな彼にお父様が一喝する。


「自分の過ちも認めずに保身に動くか! お前は人の言い分を聞かずに、自分が信じたい事だけを信じたな。そして、暴走した。そのような人間とつながりを持ちたいとは思わない。だからこのまま帰るがいい」

「そっ、そんな!」


 お父様の意をくんだ使用人たちがさっと動いて、動揺する彼を退出させていく。


 彼は最後まで「俺は騙されただけ」「どうしてこんな事に」と言っていたが、誰も耳を貸さなかった。


 元婚約者への話が終わったら、今度は妹の番だ。


 お父様に睨まれた妹は、体を小さくして震えている。


「残念だ。私はお前から謝罪の言葉があると期待して、今日まで待っていたというのに、今までにあったチャンスをふいにしてしまったのだな」

「おっ、お父様。違うんですっ、これは罠なんです。私はお母様やお姉様をはめようとしていたわけではっ」

「お前をこの家から追放する。遠くの教会に受け入れてもらうから。そこで自分に向き合いなさい。速やかに荷物をまとめてここから出ろ」

「そっ、そんなっ。嫌ですわ。教会なんて、贅沢ができないじゃないっ。お父様やお姉さまだっていないのに」


 泣き喚く妹は、使用人達に抱えられるようにして執務室から退出させられていった。

 いまさら犯罪者として然るべき所につきだしても、きちんと罪とむきあったあの整備士の男性に迷惑をかけるだけだ。だから妹は他人となって、遠くの地で生きていく事になるだろう。


 終わったのだ。


「少なくなってしまいましたわね」

「そうだな。私が最初の一歩を間違えてしまったばかりに、この罪は一生背負わなければならない」


 先ほどと面積はかわらないはずなのに、この執務室が、なぜかうんと広く感じた。







 妹の陰謀がなければ、近い将来家族が増えるはずだった。


 でも、結果はこの通りだ。


 学校に登校すると、久しぶりにクラスメイト達から話しかけられた。


 どうやら新聞部の記事が発行されたらしい。


 それで、事の次第が明らかになり、私を取り巻く環境が変わったのだろう。


 身の回りが元通りになっていた。


 でも、胸にはぽっかりと穴が開いたまま。


 ぼんやりしていると、あの眼鏡君がわざわざ私のクラスに顔を出しに来たようだ。


 私が座っている机までやってくる。


「調子はどう?」

「まあまあかしら」

「気が抜けたみたいな顔してる」

「どんな顔?」


 一時期とはいえ、共に同じ情報を共有していた仲だ。


 事情を知っているだけに、他の者達と交わす会話よりセリフが気安い。


「君の家、人が少なくなったみたいだね。情報通の間では噂になってるよ」

「そうなの? 早いわね。貴方達って有能ね」

「お褒めの言葉、ありがたく頂戴します。なんてね。君はこれからどうするの?」

「え? 別にどうもしないけれど」


 ちょっとセリフが回りくどくなったので、困ってしまった。

 彼が何を言いたいのか分からず、首をかしげるしかない。


 すると、彼はチャームポイントである眼鏡をはずして、いつもより真剣な声音で話しかけてきた。


「少なくなったら増やせばいいんじゃない? 今すぐにとは言わないけどね」

「もっ、物じゃないんだから。そう簡単に増やせるわけじゃないでしょう!」


 とっさに返した言葉は震えてなかっただろうか。


 眼鏡がないと印象が変わるので少しどきっとしてしまうではないか。

 不意に赤くなった顔をかくすように、私は席を立った。


「今度遊びに行かせてもらうよ、もちろん君目当てで」


 けれど、新しい家族が増える日は、そう遠くないのかもしれない。


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婚約破棄してきた次の日に妹と婚約するなんて!良いんですか?人間関係を壊しながらチクチク私を攻撃してくるような人ですよ。 仲仁へび(旧:離久) @howaito3032

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