婚約破棄してきた次の日に妹と婚約するなんて!良いんですか?人間関係を壊しながらチクチク私を攻撃してくるような人ですよ。
仲仁へび(旧:離久)
第1話
下校中、家からやってきた送迎車に乗り込んだ私は、窓の外を見てぼんやりとしていた。
通りを行きかうのは、会社終わりのサラリーマンやOLなど、または買い物帰りの主婦や学校から帰る学生。
至極ありふれた光景だ。
しかし、その中に強烈な違和感を放つ人物が混じっていた。
視線の先に、身なりの良い少女がいた。
私と同じ名門の家の娘、というか妹その人だ。
妹の隣にいるのは、これまた貴族のお坊ちゃまらしい服を来た男性(元婚約者だった)。
私の目の前で、元婚約者の彼と妹が一緒に歩いている。
しかも、腕を組んで仲よさそうに。
車の窓から見えた光景など、一瞬だ。
一瞬過ぎて幻かと思った。
わが目を疑っていた私の脳裏に昨日の光景がよぎった。
私が通っている学校の教室。
クラスにやってきた婚約者の彼が、わざわざ皆に聞かせるかのように大声で「お前とはもう一緒にはいられない」と婚約を破棄してきた光景が。
私は運転手に言った。
「今の道、もう一度通ってくださいますか?」
「え?」
「お願いします。とても大事な事なので」
「はぁ、分かりました」
私はスマホを取り出して、その光景を写真として残すために準備した。
家に帰った私はさっそく、証拠をつきつけて「これはどういう事?」と妹に尋ねた。
しかし、妹は己の指にはまった指輪を見せつけて「お姉様、実は今日彼に婚約を申し込まれてしまいましたの」と言ってくる。婚約指輪のつもりなのだろう。それは昨日、彼に無理やりとられたものだ。つまり元は私のものだった。
勝ち誇るような笑みを浮かべる妹に、罪悪感は見えない。
私の胸に蘇るのは、苦々しい記憶ばかりだった。
両親からの愛情、友人からの信頼、初恋相手との時間。今まで、何度彼女に横からかすめとられてきたか。
人間関係をぶち壊されてきた恨みは、忘れたくても忘れられない思い出の数々と共にある。
「いい顔をしてますわね。お姉様。私、いつも年上ぶっているお姉様のそういう顔が見たかったんですの。今までで一番ですわ」
「そんなに私の事が憎いの? お母様を奪った私の事が」
「当たり前じゃないですか。だって、私達のお母様はお姉様のせいで死んだんですもの」
数年前、家族で旅行に行った私達は、景色の良い展望台に足を運んだ。
その当時は仲の良かった私達は、一緒になってくたくたになるまで、そこで走り回ったものだ(あまりにも動き回りすぎたため、一時期妹は迷子になっていたが)。
しかし遊んでいる最中、私が展望台の柵に近づいた時、予期せぬ事が起こった。
老朽化していたらしい柵が壊れたのだ。
私は、間一髪お母様が助けてくれたから助かった。
しかし、そのせいでお母様は帰らぬ人となってしまったのだ。
「お話は終わり? それでは、失礼しますわ。お父様に、婚約の事を報告してきますわね。可哀そうなお姉様。恋人に捨てられてしまったのに、誰も慰めてくれないなんて」
お父様は妹を叱らない。
だから、きっと今日も妹が婚約した事を喜ぶのだろう。
きっとお父様も、お母様が死んだのは私のせいだと思っているのだ。
次の日、学校に登校した私は、元婚約者である彼を問い詰めた。
しかし、「陰謀で母を殺すような女と一緒にいられるわけがない」と拒絶されるのみで、まったく話を聞いてもらえなかった。
おそらく妹に色々と吹き込まれたのだろう。
婚約破棄をする数週間前から、彼は妹と話す事が多かった。
直接家までやってくることが何度もあったから、その時に不審に思うべきだった。
彼は私に会いに来ていたのではなく、妹に会いにきていたのだと。
「元からお前みたいな女は好みじゃなかった。婚約できるなら妹の方が良かったんだ。今回の件でせいせいしたよ」
私は憤りを隠せなかった。
妹にそそのかされて一時の気の迷いで、ならまだ許せた。
誤解を解いた後に謝罪をしてくれるなら、とそう思っていたのに。
けれど、そうではなかったのだ。
彼はずっと前から、妹の事しか見えていなくて、だから私と別れる口実をずっと探していたのだろう。
「最低!」
だからその時、私が彼の頬を叩いたのはやりすぎではないはずだ。
反射的に手を出した事で、教師に目をつけられて説教されてしまったが、彼は身内の恋愛事情を他人に話すほど愚かではなかったらしい。
ちょっとした喧嘩で手を出してしまった、と口裏を合わせて、説教が長い教師から解放された。
しかし、他の人間に今回の件は誰が悪いかと問われたなら、彼は間違いなく「この女のせいで」と私を見て言うのだろう。
そんな出来事がきっかけなのか、その日から私に話しかけてくるクラスメイトはぐっと減ってしまった。
私は学園でちょっとした孤立状態に陥っていた。
しかし、どんな場所でも物好きはいるものだ。
「君が婚約破棄された子なんだって?」
一人で学校の廊下を歩いていると、新聞部の男子生徒が話しかけてきた。
特徴的な分厚い眼鏡をかけているので、内心で眼鏡君というあだ名をつけた。
私がこうして人にあだ名をつけるのは、出会った時に好印象を持った時だけ。
腫れ物に触るような空気を味わっていた中、彼から問いかけられた率直な物言いが良かったのかもしれない。
「良かったら話を聞かせてくれない? 別に嫌ならいいんだけど」
学校にいてもクラスメイトとおしゃべりする事は少ないし、家で話しかけてくれるのは使用人だけ。
だから気晴らしに、同年代の人と他愛のないおしゃべりがしたかった。
「良いわよ。聞かれて困る事なんてないもの」
私はこれまでの出来事を語ってみせた。むやみに口外せず、ありのままの記事を書いてくれるなら、と。
「オーケイ、良い記事が書けそうだ。これなら君の名誉の回復ができるんじゃないかな」
しかし「変だな」と、眼鏡君は首をかしげて見せた。
泥沼な家庭環境に引かれたり、あんまりな元婚約者の態度に憤る可能性を予想していただけに、少しあっけにとられてしまう。
「何か変な事でも言ったかしら」
「ちょっとおかしいな、と思ってね。君が昔訪れた観光地での事故、新聞にも載っていたよね」
「そうみたいね。地元ではしばらくニュースになっていたわ。でもお父様はあまりテレビとか新聞をみせたがらなかったから」
あの頃のお父様は、まだ私に優しかった。
だから私が罪悪感を感じてしまわないように、と事故の情報が分かるものから遠ざけられていたのだ。
「あれ、実は事故じゃないんだよ」
「えっ」
「人為的に起こされた事件だったんだ。ある整備士が関与していたらしい」
眼鏡君に話を聞いた後、事故現場、ではなく事件現場に向かって例の人物(整備士)に連絡をつけた。待ち合わせ場所にやってきたその人物、整備をしていた男性はこちらを見て涙ながらに頭をさげてきた。
「もうしわけございません! 実はあの時、お金に困っていたんです。それで、つい悪魔の誘惑にのってしまって」
「落ち着いてください。最初から説明してくださらないと」
「そっ、そうですね」
彼から話を聞くと、その日の真実が浮かび上がってきた。
彼は当時お金に困っていたらしい。あの展望台にあった柵や遊具などを整備して、勤め先からお金をもらっていたが、それでも足りないくらいだったとか。
そんな時に、彼の前に迷子になった一人の少女が現れた。
身なりの良い可愛らしい少女だったが、その子が言った言葉はまさしく悪魔の誘惑。
「お金をあげるから、柵にいたずらをしかけてちょうだい。柵がちょっと動くくらいでいいの。いっつも年上ぶって生意気な事ばかり言うお姉様がいるから、驚かしてあげたいのよ」
それで「ちょっと脅かすだけなら」と誘惑に負けてしまった彼は、柵を固定していた器具をいくつか外してしまったのだ。
しかし、予想外の事が起こる。
柵にぶつかった私が、ぐらつく柵に驚いて悲鳴を上げると、大人であるお母様がかけつけてきたのだ。
私を引き寄せた時にはずみで、柵に手をついてしまったお母様。その柵は、大人の体重を受け止めきれなかったのだろう。
お母様は、壊れた柵と共に展望台から落下してしまったのだ。
彼はすぐにその出来事を然るべき所に行って、自首をした。
「もうすでに罪を償っております。然るべき所で裁きが下りましたから」
しかしその過程で、お父様から強く言われたため、妹がしでかした事は公の場に出なかったらしい。
きっと、名家の権力を使ってしまったのだろう。
「お嬢さんのお父様にも頭を下げてきたんですが、やはり娘さんにも頭をさげるべきでしたね」
本当に申し訳ありませんでした、とその場に土下座する整備士の男。
私は困惑するばかりだった。
事件の首謀者は妹だった。
しかも、お父様はそれを知っていた?
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