悠然。

ハラダトラノスケ

動かざる者

最近思うことがある。

世界は思ったよりも急速に動いていて、その回るスピードに酔ってしまうことを。

私はただただ両手を伸ばして光を感じるだけでいいのに、それを邪魔されてしまうのだ。

たまに私の身体に虫が止まることがある。

豆粒みたいに小さな虫。

その身体を大きく震わせながら一歩、また一歩と私の身体の上へ登ってくる。

風が吹けば吹き飛ぶような姿でも意外と丈夫だ。たまに好奇心なんかで手を広げて道を隠してやると、不安そうに足を止める。

なんだか単純で可愛げのある奴だ。

時に虫たちは私の身体の上でその小さな命を落としてしまう。

なんの不注意か、ずり落ちてゆく者や身体のエネルギーを失って力尽きてしまう者など様々だ。

歩くスピードは違えどそれぞれに送ってきた日々があってその針を止めてしまうのは何とも申し訳ない気持ちにもなる。

ああ、すまないなぁ、私にはしてやれることがあまりない。

そんなことを考えていると大体1年とやらが経つ。

たまに散髪もする。当たり前だが時が経てばまた生えてくる。そんな繰り返しだ。似合ってるだろうか、なんて君に言っても分からないだろうが。

私は季節に合わせて服を変える。

虫たちにとっては新緑の大地や白銀の新世界の様であろう。

その美しさにまた虫達が集まる。

どうも私は人気者らしいな。

賑やかなこの世界を私はずっと見てきたが、多くの死も生も見届けてきた。

時には私の頭のてっぺんまで来る精悍な虫もいる。そして私の頭の上で涙をうかべる。

なんだか不思議な瞬間に立ち会っている。

そいつは満足したら去ってゆく。

「なんだ、私は駐屯所じゃないぞ。」

そんな事を考えている内にまた時間は経つ。

春が来ては夏になり、秋を挟んで冬になる。

その繰り返しをもう幾度やったろう。

たまにその美しい循環の日々の邪魔をする者がいる。そいつらは私の身体を焼き払おうとしてくる。私の両手を切り裂こうとしてくる。悪い虫だ。色んなしがらみを、絵に書いた様な欲望を抱えた虫たちだ。

ずっと我慢しているが、やはり痛む。

彼らの私利私欲には理解が追いつかない。

そんな悪い奴らに、ついに私は怒りの声を上げた。

「やめろ、やめてくれ!」

頭から怒りが吹き出る様に私は叫んだ。



声が出た時には遅かった。

ハッとなって世界を見渡した。

私はまたやってしまったのか?

大地は崩れ、新緑は燃え上がっていた。

海は荒れ、虫たちの世界は壊れゆき、悲しげな銀色の毛布に包まれていた。

やってしまった。



私は大きな山だった。

何百年もここに居る大きな山。

あんなに賑やかだった虫たちの声はもうしない。

また数十年、いや数百年すれば会えるだろうか、あの精悍な虫たちに。

彼らが生まれ育ち世界を造ってゆくのを私は見ている。

ただただ見守っている。

時にはこうして声を上げてしまうけれども、ただ見ているだけだ。


悠然と。

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悠然。 ハラダトラノスケ @sukerato0

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