第27話 帰還 その2

 ――現実世界・大学――


「舞! どこにいるの、舞っ!?」


 かつて萌え萌えと呼ばれていた少女が、早歩きで大学内を移動する。

 探し人である愛舞の聞き込みをしているのだが、自由奔放なので特定の場所が見つからない。

 常に移動しているのか、あちこちで目撃証言がある。


 そして最後に聞いた男子生徒は、図書館の方面に歩いて行ったと言っていた。


 そう言えば舞は本好きだったな、と思い出した少女は向かう事にした。


 大学内にある図書館へ入る。

 図書館だから、という意味ではなく単純に人が少ないという意味で静かだった。


 ぱっと見回しただけでは愛舞の姿は見つけられなかった。


 しかし死角がある。萌え萌えは見落としなく探そうと図書館内を散策する。


「いた……っ」


 見つけた。

 早足で駆けて、愛舞がいる一人机の元へ。


 ばんっ、と手の平を机に叩き付ける。


「――うぉあっ!? ……なんだ、萌え萌えじゃねえか」


 今は萌え萌えについては見逃そう。それよりも。


「はぁ、はぁ……、さっき、私、言ったよね……はぁ、はぁ」


「落ち着け。息が荒い。全力疾走でもしたのか?」


 全てが全力ではなかったが、長時間、動いた気がする。

 まずは息を整えるため、一人机に椅子を持ってきて座る。


 深呼吸。さっきよりは大分マシになった。


「で、なにを言ったって?」

「舞より弱くて、強い人。舞は、つれて来いって言ったじゃん!」


「うん、言ったな」

「ん!」


 萌え萌えは胸を張る。愛舞からは「は?」としか反応がない。


「なに?」

「だから、私がそうだよって!」

「お前が、あたしより弱くて、強いって?」


 そうだよ、と無言で見つめる。


「かもなあ」と愛舞。


「……なんか、意外。もっと否定すると思ったのに」

「ああ、悪いな萌え萌え。なんかもう、そういうのはどうでも良くなっちまった」


 今までの悩みを返せ、と言いたくなるような一言だった。

 舞のためにここ数時間、どれだけ悩んだと!


「ははっ、そんなにもあたしの事を思ってくれたのか? 嬉しいねえ。

 そんな友達を持つあたしは幸せもんだな」


「なに、それ……」

「なんかなあ。大切な友達を失った気がしてさあ」


 愛舞の目が伏せられる。


「まったく、覚えてねえんだよなあ」

「変な感じがしててよ。気持ち悪いったらねえ」


 落ち込んでいるのとは違う。


 すっきりとした顔をしている愛舞は、解けない問題に四苦八苦しているような様子だった。


「……それ、なに?」

「ああ、これ? 小説を書いてるんだ」


「昔からだっけ?」

「いや、さっき」


 原稿用紙が数十枚以上、溜まっている。

 なにも書かれていない用紙はまだまだあるので、これからさらに増えていくのだろう。


「やりたいこと、見つけたんだ?」


「ああ。あたしの好きな事だ。これなら本気でやっても、誰も傷つけねえだろ。

 まあ、ペンとか紙とか、壊しちまうかもしれねえが」


 冗談っぽく愛舞が言う。

 それを聞いて、萌え萌えも笑った。


「私はやりたい事をやらないで退屈にしている舞を見るのがつらかった」

「昔を知っているからこそ、かな」

「でも、やりたい事を見つけたなら、良かった」


「舞が、本気で打ち込める事ができたなら良かった」

「もう、心配はいらないね」


 瞳に水滴を溜めながら、萌え萌えが言う。


「なに言ってんだよ」


 愛舞は、手を伸ばす。

 溜まった水滴を拭った。


「作品作り、協力してもらうぜ」


 目を合わせた二人は一瞬だけ見つめ合い、もう一度、笑う。


「ところで、どんな内容を書くの? 私にできる事ならなんでも手伝うよ」

「そうだなあ、まずは、じゃあキスからお願いするかね」


「内容がハード過ぎるよッ!?」


 まさかの百合だった。


 ―― ――


 久しぶりに外に出た。

 大学になぜ子供がいるのかと興味の視線が注がれたが、年齢と見た目の差はあてにならない。


 子供っぽい大人はいるし、大人っぽい子供もいる。

 決めつけによって恥をかくリスクがある以上、誰も話しかけてはこない。


 とは言え、それでもやはり居づらいのは確かだった。


(図書館でも行くか……)


 図書館なら人も少ないだろうし、静かなのが当然だ。

 話しかけられる事もないだろうし、基本的にみんな、本に集中している。


 自分に向けられる興味はないだろう。


『珍しいですね、みんが誰に言われるでもなく外に出ようとするなんて』


 スマホから、そんな声。画面には少女の姿が映っている。


「そうだね。誰かに言われた気がするんだけど、覚えてないや」

『やっと私の睡眠学習が効いたのですね』

「人が眠ってる間になにをしてくれているのかな」


 夜中は電源を落とすか、と真面目に考える。


「あ、でもそうすると朝が起きられないか」

『私がいないとなにもできないですもんね』

「調子に乗るな」


 画面をこつんと小突く。

「いたっ」と痛がるアイ。


 画面を消してポケットへ突っ込んだ。


 いつの間にか図書館に到達していた。

 ガラス張りの扉を開き、中へ。


「…………」


 予想とは逆に。

 図書館内は騒がしかった。


 人は少ない。というか、騒いでいる二人組以外は誰もいない。

 本の貸出しも全て機械任せになっているので、職員もいない。


 みんは出るかどうか迷い、結局、残る事に決めた。

 騒がしいのは耳栓でも使えばなんとかなる。


 二人だけしかいないこの空間はラッキーだ。

 死角に入ってしまえば、誰も自分の存在に気づかない。


「ん? 誰か入ってきたぞ?」

「え? ちょ、じゃあ押し倒してキスしてくるのやめなさいよ!」


 ばれてる!?

 みんはすぐに声の方角を探り、死角となる本棚の後ろに隠れる。


 本棚は木製で、向こう側を見ることができる隙間はない。

 なのでばれる危険性はないが、あちらの動向も掴めない。


 動くに動けない状況だった。


「なんで子供がいるんだ――って、お前?」


 声。

 後ろから?


「っ――!」


 振り向く前に横に飛んだみんは、抱きしめられた。

 足が浮く。


 背中に大きな胸が押し付けられている。


「見た事ある。でも、思い出せねえなあ」


「離してくれないかな」

「話してるじゃないか」


「そういうトンチはいらないんだよ」


 はいはい、と愛舞は頷き、みんを下ろす。

 振り向いたみんが見たのは、紫色。派手過ぎる女性だった。


(当たり前だけど年上か)

(確かに、見た事がある)


「で、なんで子供がここにいるわけ?」

「飛び級。授業は一度も出ていないから、知らないのも無理はないよ」

「へえ、飛び級ねえ。そんな奴が本当にいるんだなあ」


 愛舞は感心する。


「ちょっと、いきなり飛んでいかないでよ!」


 なんて日本語だ、と思ったが、この女ならば普通か、と思う。

 そう思って納得すること自体が異常なのだが、みんは気づかない。


「あれ? 知り合い?」

「そう。萌え萌え、こいつ飛び級」


「萌え萌えって言うな!」

「萌え萌えは友達なのか?」

「萌え萌えって言うなよ!」


 みんにまで浸透してしまう事に本気の嫌がりを見せた萌え萌え。


「いいじゃねーか。可愛いだろ、萌え萌え」

「痛々しいね」


「ダメージが単純に二倍になってるんだけど!」


 うわーん、と元の席に戻ってしまう萌え萌えを心配し、


「しゃあねえ、ちょっと慰めてくるか」

「とか言いながら、追加ダメージでも与えるんでしょ」


「お、分かってるねえ」

「この短時間のやり取りでね」


 大体分かる。分かりやすい性格をしているのだ、愛舞は。


「お前も来いよ」

「なんで?」


「ここで知り合ったのも、なにかの縁だろ?」

「過去に会ったことありそうだけど、思い出せないんだけど」

「あたしだってそうだ。けど、いいじゃねえか」


 お気楽に。


「出会いなんてそんなもんだ。忘れたら、また出会えばいい」

「失礼だとは?」


「思わない。思うなら、動け。失態を、取り返せよ」

「確かにね」


 じゃあ、待ってるぜ、と愛舞が元の席へ戻っていく。

 無理やりに連れて行こうとはしなかった。


 みんの自主性に任せる、そういうことなのだろう。

 行かない事も選択肢だ。でも。


『ご飯をちゃんと食べて、しっかり寝るんだよ』

『勉強もやり過ぎないように。運動もしなくちゃね』

『晴れてる日は外に出ないとさ。積極的にね』


「積極的に、ね」

『行くんですか?』


「行くよ」

『ふふっ、ほんとに、みんは変わった』


「そうかな」


 返事はない。


「そう言われるって事は、変わったんだろうね」


 そしてみんは歩き出す。

 騒がしくキスをせがむ方と、拒む方の二人の年上の女性がいる場所へ。


 そんな光景を見たら、


「来なきゃ良かったな」


『そういう失敗を積み重ねて、人は成功していくんですよ』


 この光景は失敗だと断言するアイに、才能ある毒舌を感じた。

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