第26話 帰還 その1

「――うん、分かった。その願い、絶対に叶えるよ」


 ミサキは繋いでいた手を離し、そのまま指を、みんのおでこへ。


 とんっ、と押された感覚。ふわりと、浮遊感があった。


「ご飯をちゃんと食べて、しっかり寝るんだよ」

「勉強もやり過ぎないように。運動もしなくちゃね」

「晴れてる日は外に出ないとさ。積極的にね」


 お前はぼくのお母さんか、と思った。

 姉がいたらこんな感じかな、と思った。


 鬱陶しいな、と笑いながら、みんは思う。


「……元気でね」

「うん。ミサキもね」


 そして、みんの視界は青白い光で支配された。

 目を開けているのに閉じている感覚。


 感覚が肉体を引っ張った。

 いつの間にか、閉じていたまぶたを次に開けた時、


 みんはいつのも部屋で寝転がっていた。


 ―― ――


『お帰りなさい、みん』


『今日の夢はどんなものだったのでしょうか?』


 フローリングに直接、置かれたディスプレイから、そんな音声。

 上体を起こしたみんは、手で頭を押さえた。

 頭痛がする。寝起きは最悪だった。


「知らないよ」

「夢なんて、覚えていない」

「覚えている時点で、それは作り上げた紛いものさ」


 みんは喉を潤そうと水道へ向かう。


『紛いものだと知らない者にとっては、本当の夢ですよ』

「知っているぼくにとっては本当だとは思えない」


『夢がないですね』

「ドヤ顔、やめてくれるかな」


 失礼致しました、とディスプレイに映る女の子がくすくすと笑う。

 やはり、主導権はあっちが握っている。

 あいつとは違うタイプだ、と思った。


「…………?」

『どうしました?』


「いや」


 なにか忘れている気がしたが。


「ぼくに限ってそれはないか」


 記憶力には自信がある。

 みんはなにかを忘れている事を、すぐに忘れた。



 ――現実世界・事務所――


 目を覚ました乱橋は、騒がしい音に気づく。


(なんだ……?)

(鈍い音ばかりするじゃねえか……)

(誰か、殴られてんじゃねえのか?)


 乱橋の全身はぼろぼろだった。

 眠る前は一か所だけだったと覚えているが。


 なんだか長期間、別の場所で過ごしたような壮大な空白がある。

 気のせいと言ってしまえば、それで済んでしまうのだが。


 辺りを見回すと、白い壁しかなかった。家具もない。明かりだけだ。


 手足を縛られ、動けない。

 まともに力が入らないような縛り方をしているらしい。

 自力で抜ける事は不可能だった。


(出口は一か所……無理か、鉢合わせする)


「ちょっ、坊ちゃん! 俺らはなにも悪く――がぁはぁ!?」


 どさっと人間一人が倒れた音。扉が開く。


「弱いよな。どいつもこいつも。頭を使いやがらねえ」

「お、前……」


 乱橋は驚く。

 なぜ、コイツの事を、俺は知っている!?


「やっぱお前もその口か。

 知らねえはずの相手の事を、なぜか知っているってなあ」


「……どこかで会ったか?」

「いいや」


 目の前の白髪の少年は、首を振る。


「そんな記憶はねえ。

 なんとなく、お前とは直接、戦った事はねえが、優秀なのは知ってるぜ」


「弱いが、弱いなりの戦いを知っている」

「外に転がってるヤツよりは強いと認めてる」


「これも覚えているわけじゃねえが、お前はオレを利用したもんな」


 乱橋は覚えていない。


 でも、


「そんな気がするのは、なんでだろうな……」

「ハッ、自覚がねえってか。そりゃあいい。いい度胸だ」


 白髪の少年から手を差し伸べられた。

 手刀にしか見えない。その手で首を叩き折られるのではないかと身構える。


「おいおい、そんなにビビるなよ」


「手足が縛られた状態でそれは無理だ」


「そりゃあそうか」


 白髪の少年は笑う。

 なんだか、柔らかいと思った。


 以前の彼を知っているわけではないが、トゲトゲしさがなくなった、とでも言うのか。

 固定された価値観が変わったような成長が見られる。


「オレと手を組まねえか?」


 言葉に「は?」ときょとんとしてしまう。


「どうせこのままじゃあ、お前は人間サンドバッグだ。

 そうなるくらいなら、他の道を選ぶだろ?」


「それが、お前と手を組むって事か? 

 嫌だぜ、これよりさらに悪化するってのは」


「どうだろうな。悪化するかもしれねえ」


 だが。


「オレがいりゃあ、大抵はなんとかなるんじゃねえのか?」

「……相当な自信があるみたいだな」


「そりゃあそうだろ。オレは、強いぜ」


 その目に自信を感じる。

 頼れる眼差しを感じた。


「……いいぜ、ついて行ってやるよ」

「お前について行って現状を変えられるなら」


 ハッ、と笑った少年が、乱橋の縄を素手で切る。


「さて、反旗を翻そうか」

「オレもお前も、この組織に甘んじてるわけにはいかねえよ」


「親父には悪いが」

「てめえの言いなりはもうごめんだ」


 真っ白な少年の隣に、乱橋が並ぶ。

 不相応かもしれない。

 資格はないかもしれない。


 一緒に戦っても結果は残せないかもしれない。

 負け犬として終わるかもしれない。


 それでも。


「挑まなきゃ可能性はゼロだ。誰も守れやしねえよな!」


 複数人の足音が近づいてくる。相手は拳銃を持っている。武器を持っている。


 それに比べてこっちは二人で、武器がない、素手の戦い。

 どちらが有利かなんて、考えなくとも分かるだろう。


 だがあの紫色と戦った二人だ。

 大抵の相手など、比べれば大したことはない。


 扉が勢い良く開き、

 向けられた銃口の狙いからずれるようにして動き、二人は駆け出す。


「おい、お前、戦いの邪魔だあッ!」

「お前が俺を仲間にしたんだろうがあっ!?」


 戦いながら喧嘩をするという器用な二人組によって、組織は大損害を受ける事になる。

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