第23話 最終決戦 その2
「悪いね」
少年は乱橋を見下ろす。
「悪役は、ぼくの方だったよ」
鋭利な鉄の棒を、少年が乱橋の背中から抜く。
体の中をかき混ぜられるような感覚が激痛を誘った。
「うご、があ……あッ!」
鉄の棒の先から滴る血が砂に落ちる。
乱橋は意識を落とさないよう、無理やり言葉を吐き出した。
「気絶、してたん、じゃ……」
「振りをしてただけ。ミサキだって、気絶したとは言ってないよ」
確かに。起きないならどうしようもない、と言っていた。
そうか。彼が自分の意思で起きないと決めたなら、どうしようもないという意味か。
「ミサキはアドバイザーなだけ。ミサキ自身がゲームを左右する事はできない」
「あそこでミサキがぼくの気絶の振りをばらしていれば、こんな結果にはなっていない」
「君の勝利、ぼくの勝利。結果を変えてしまう事になるからね」
横目で見ると、ミサキは申し訳なさそうに目を伏せる。
「責めないでよ、ミサキにも事情があるんだ」
「分かってる。責める気なんてねえよ。見抜けなかった俺が悪い」
だから安心しろ、と乱橋は血を吐きながら、立ち上がろうとした。
腕を地につけ、力を入れる。刺された場所から、血が噴き出る。
「乱橋っ!」
「大丈夫だ。お前のためなら、俺はどんな事でも耐えられる」
激痛も構わず、乱橋は二本の足で立つ。
少年と向き合った。
「これで、平等になったんじゃねえか?」
「だろうね」
「これから、どっちが負けても、悔いはねえよな」
「あと腐れもないよ」
ならいい、と乱橋は頷く。
「……無理だよ」
少年は呟く。
「つつけば倒れる。君は限界だ」
「だったらなんだ!? ここで諦めて負けろってのか!?
次、いつ呼ばれるか分からないってのに、ミサキを救う最大のチャンスをここで棒に振れって言うのかよ! ふざけんな、納得できるわけ、ねえだろうがッ!」
言葉と共に血が噴き出しても、乱橋は構わない。
閉じかけるまぶたを無理やりに開く。
落ちかけた意識を、傷口を刺激することで、なんとか保つ。
倒れるわけにはいかない。
命を懸けてでも叶えたい願いがあるのだから。
「ぼくも同じだよ」
「……は?」
乱橋は思わず、膝を崩す。呆気に取られて力が抜けた。
すぐに立ち上がろうとしたら、
「そのままでいいよ」
「ぼくも、ミサキを救う事を願いにしている」
「この監獄からの解放だよ」
「細部に違いはあれど、同じ願いなら」
「どちらが勝者でもいいはずだ」
「ぼくに任せてはくれないか」
「その状態は、思った以上に、しんどいだろうから」
立ち上がるのが困難になってきた。
少年の言う通りだ。
刺された乱橋よりも殴られた少年の方が傷は浅い。
現状を考えれば、少年に一任するのが最適解だ。
しかし、
「お前が、嘘を言っている可能性は?」
「信じてもらうしかない」
証拠はない。
「ぼくはミサキのおかげで変われた」
「恩人のミサキを救いたいと思うのは、変な事かな」
同じだ。
乱橋も、ミサキに変えられた。
大切な人になった。
こんな監獄に縛られたままのミサキをどうにかしたいと思った。
救いたいと。
与えられたなんでも叶うという願いを一つ、使ってでも。
自分を犠牲にしてでも、彼女の幸せを願った。
気持ちは共有される。
黒く塗り潰された瞳の中にも、意思がある。
「分かった」
乱橋は返す。
全てをお前に任すと心に決めた。
そう思ったら力が抜けた。背中から地面に倒れ、大の字になる。
「ミサキが救えればなんでもいいさ」
「現実世界に帰って、隣にいて欲しいとか、そういう願望は?」
「ないわけじゃない」
けど。
「それは勝者であるお前にやる」
「同じ現実世界で生きていれば、会える日はいつかくる」
「その時までがまんするさ」
そう言った乱橋が、ゆっくりと目を閉じる。
「あー、疲れた」
「ぼくも疲れたよ」
少年も座り込む。
「気になるところも多々あったが、まあ」
「お前の采配なんだろうなあ」
「してやられたって感じだ」
「ネタバラシなんてしねえでいいぜ」
「そんな時間はねえだろうからな」
そう言った乱橋の言葉は当たる。乱橋の体が輝き出した。
愛舞や無々と同じ、消える前兆。
「乱橋……」
ミサキが泣きそうな顔で覗いてくる。
「泣くなよ。そんな顔されたら、行きづらくなるだろ?」
片目を開け、笑いながらミサキの頭を撫でる。
これで最後だった。
「ん、じゃあな。どこかで会おうぜ、ミサキ。それと――」
「ぼくは、みん」
「そうか、みん。お前もな」
そして、乱橋は、霧散して消えた。
最後の最後まで、彼は笑みを消さなかった。
――西方・海エリア――
乱橋が消え、唯一のプレイヤーとなったみんは、サイコロを振った。
今更になって出た一以上の出目のおかげで、海エリアまで一気に到達できた。
が、目的の場所は範囲外だったので、海エリアでサイコロが出るまで再び待ち、振る。
出目が一だったところで問題はない。
以前、みんが海エリアで見つけた右腕のパーツ。
その時、彼が持って行ったのは手首から先だ。
しかし、右腕のパーツは肩から指先までが一つのパーツになっている。
(ん、あった。流されていなくて良かった)
みんは放置されている肩から手首までのパーツを回収した。
酸素を求めて海上へ顔を出し、泳いで岸まで向かう。
砂浜まで来たみんは、パンツ一丁のまま、揃えたパーツを広げた。
「これで一応、揃ったね。大きな破損は回収しといたよ」
「すっごいグロテスクな事になってるけど……」
「そういうのダメ?」
「あんまり得意じゃないかも」
右腕のパーツの破損部分。
グロテスクな感じになっている繋ぎのところを力強く押し付け、
なんとか、一時的にくっつかせる。
「痛い痛い!」
「感覚、繋がってないでしょ……」
パーツはミサキの姿をしているが、関係はないらしい。
もしも痛覚が繋がっていれば、みんのやっている事はとても酷い事になる。
そうではなくて良かったと、あらためて安堵した。
「細かい破損はいいんだね?」
「いいよ。見つけるのも困難だろうし」
レーダーには一応、映っているのだが、
それを言って探す事になっても嫌なのでなにも言わない。
「じゃあ、ぼくの勝ち?」
「うん。勝ち」
にっこりと笑みを返されただけで、なにも起こらない。
なんだか呆気ない。
想像よりも低予算なイメージを持つ。
「ちょ、ちょっと待ってね」
後ろを向いたミサキが、誰かと話している。
たぶん、他のミサキと会話でもしているのだろう。
この待ち時間を使って、みんは服を着る。
(うん、終わったよ。どうすればいいの?)
(えと、そっちに連れていけばいいんだっけ?)
(わたしが担当した人が勝つの初めてだから、分からないよー!)
知識や記憶を共有しているわりに、
一人一人がポンコツなのはどうしてだろうか、とみんは思う。
クラウド的な感じなのだろうか。
共有はしているが、それを引き出すのは個人の自由のような。
優秀なミサキは誰に言われるでもなく共有された情報を勝手に開き、学んでいく。
そうでないミサキはああやって問い合わせる事で教わり、一つ一つ、覚えていく。
社会と同じだ。
「みん、来て来て」
ちょいちょい、と手で誘われる。
そんなに距離もないので、一歩近づく。
ミサキに手を繋がれる。
一瞬で。
視界が変わる。
ミーティングの時に使っていた一室だった。
部屋の中心に、ふわふわと浮いているミサキ、一人のみ。
「優勝おめでとう、みん」
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