第22話 最終決戦 その1

「もう一人のプレイヤーのパーツも調べないとね」


 みんは消えた無々の場所から進む。高低差を越えた。


 愛舞が倒れていた場所に視線を向けると、

 そこにはパーツを拾い集める、薄汚れた少年の姿があった。


「先を越されたか」

「なんだよ、思ったよりも冷静じゃねえか」


 相手は威圧してくる。

 愛舞や無々には絶対にしないような態度だった。


「ぼくを見下しているのか?」

「いや、なんとかなると思っている」


 同じじゃないか、と思った。


「けど、一番不気味に思ってるのも、お前だ」

「喧嘩は強くはねえだろ」

「でも、喧嘩じゃない強さを、お前は持っているはずだ」


 なるほど。警戒されたらみんの手は無策と同義だ。


「弱い奴はまず相手の虚を突くもんな」

「選択肢はそれだけじゃないけどね」

「俺は弱いけど、お前より喧嘩は強いと思ってる」


 相手は、パンッ、と拳を手の平に当てる。


「自分の有利なステージに引きずり下ろすのがいいんだろ?」

「今回の場合は引きずり上げられた感じだけどね」


 相手よりも、みんは弱い。

 策も戦闘に入ったら機能しない。


 押し上げられたステージでみんは、やられるだけが仕事になる。


「恨むなよ、これもゲームだ」

「恨まないよ。逆の立場でも、ぼくは同じ事をする」


 きっと、もっと酷い事をする。だから文句は言えない。

 目の前の相手は優しい。きっと人間としての常識を守るだろう。


 当たり前を大事にする。普通を求める。異常な事を嫌う。

 普通の結果に普通に喜び、普通に目的をこなす。


「じゃあ、行くぞ」

「どうぞ」


 みんは力を抜いた。


「遠慮なく!」


 視線の先には相手の拳。痛みと共に視界が転。地面が見える。


 殴られた。痛みをしっかりと感じる余裕もなく、連撃がみんを襲う。


 ―― ――


 いつまでだ? と乱橋は思った。

 戦闘に入ってから数分? 数十分? 数時間? 分からない。


 ひたすらに、少年を殴り続けている。


 同じ事の繰り返しは時間の感覚を狂わせる。

 殴り倒しているのは自分の方だ。なのに、なぜこうも追い詰められている!?


「どうしたの?」

「ッ!?」


「手が止まってるよ」

「……顔を傷だらけにして、よく言うぜ」


「傷だらけなだけだ。死んじゃあいない」


 ああそうかい、と呟き、乱橋は相手の鳩尾を狙う。


 綺麗に入った一撃は、相手の芯を揺らす。

 目を見開き顔を苦痛に歪める相手は、前のめりに倒れた。


 息を荒くする乱橋の足元。ちょうど良いところにある頭に気づく。


 ここで頭蓋に一撃を与えれば、終わるのではないか?


 しかし。


(立ち上がったら、どうする)

(これだけやって倒れなかったら、俺はこいつをどうすることもできねえ!)


 その事実が恐い。乱橋の足は動かなかった。

 すると相手はぐらりと、だけどゆっくりと起き上がる。


 目の前で立ち上がる少年に、乱橋は一歩、後退する。


 黒い、と思った。

 目の前にいる。姿形は、くっきりと見える。なのに。


 少年のなにもかもが、黒く染まり、見えなかった。


「なんで」


 乱橋は思わず叫ぶ。


「なんでお前は、打ち返さない!?」


「海を渡るのに、底を走っていく事はないよね?」


 それと同じさ、と少年は言った。


「ぼくは泳いでいるだけなんだ」

「必要な事を必要な場面でしているだけ」

「ぼくにとっては、ここでやられるのが役目だと思ってる」


 それに、と。


「殴り合いで勝てないんだ」

「違う方向性で戦うのは、当然じゃないのか?」


 ガッ、と骨が打たれる。

 少年は砂漠の地を削り、倒れる。


 乱橋の一撃が相手の不意を打つ。


 構え、喰らう一撃とそうでない一撃の違いは大きい。

 不意打ちで倒れる者の多くは、予測していない一撃に体がびっくりしたからだ。


 油断した人間の体は思ったよりも脆い。

 どれだけのプロでも、気絶までは案外、簡単なものだ。


「…………!」


 少年は立ち上がる。


 どこを見ているのか曖昧な瞳。

 黒く塗り潰された目は元々、なにを見ているのか定かではなかったが。


 一歩、一歩とゆっくり近づいてくる。

 ふらふらと、引かれた一本の線を、相手は上手く歩けていない。


 ぐらぐらと揺れて、不気味さを一層、引き立たせる。

 乱橋の方が、ダメージが大きい。


 警戒は最大に。

 まともな思考などできなかった。


 不良の喧嘩とはわけが違う。

 これはゲームだ、と言われても。


 自分よりも弱い一般人を殴って、罪悪感がないわけがない。


 普通がゆえに。

 優しいがゆえに。


 乱橋は戦いに不必要な遠慮と申し訳なさを抱く。

 ぐっ、と目を瞑り。乱橋は叫ぶ。


「――うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっ!」


 我武者羅に少年を殴る。

 これで終わらせる。


 少年を倒し、馬乗りになり、何度も何度も殴り続けた。


 何十発、殴ったか分からない。

 少年は目を閉じ、動かなくなった。


「……むなしい」

「これが勝利なんて、言えるのかよ」

「願いを叶えて、いいのかよ……!」


 救いたい人ができた。

 願いも決まっている。


 けど、こんな勝利をして叶えていい願いなのか?


 これからの幸せの裏では、この戦いが脳裏にちらつくのではないか?


 相手が最低で最悪の敵ならば、

 どれだけ汚れた手を使って勝ったって、こんな事は思わなかった。


 相手がこの少年だったからこそ。

 乱橋の心は、乱される。


 自分が悪役なのではないか、と。

 別に正義を志す自覚はない。逆だと思っている。


 今までやってきた事を思えば、決して善とは言えない。

 でも、このまま終わるのは、すっきりとしない。


「おい、起きろ! 大丈夫かよ、おい!?」


 乱橋は少年を揺らして起こそうとする。

 せめて、こんな一方的な戦いではなく、

 ルールを決めた真剣勝負で勝ちたいし、負けたい。


 平等な戦いをしたかった。


「ミサキ!」

 上空に声をかけた。


「こいつ、全然起きねえんだっ、なんとかならねえのか!?」


 ミサキが乱橋の隣へ、降りてくる。


「起きないなら、わたしにはどうすることもできないよ。

 一見、乱橋が酷く思える一方的な戦いに見えたけどさ、別に乱橋がこの子を罠にはめたわけじゃないんだし。そこまで気負う必要はないと思うよ」


 全部見られていたとは言え、正確に心を覗かれた。

 そう言われた事で、いくらか心が楽になる。


「俺は、こいつからパーツを奪って、いいのかよ」


「それがルールだもん。叶えたい願いがあるなら、進むべきだよ」


 ミサキは微笑む。


「倒したこの子のためにも、乱橋はそうするべき」

「戦いもゲームも、敗者は勝者がいるから存在できる」


「勝者がいなかったら、敗者はただの無駄死にでしかない」

「倒れ、消える事に意味がない時、人は今の乱橋よりもむなしいよ」


 勝者なら胸を張れ。

 倒した者を背負い、歩け。


 決して忘れるな。

 勝者は敗者に、背中を刺される覚悟を決めろ。


「そう、だな」

「あいつにはあいつのやり方があって、殴られ続ける事を選んだ」

「俺が俺自身を、必要以上に悪役だと決める事はねえんだもんな」


「助かった、ミサキ」

「これで願いが叶えられる」


 乱橋は少年の体を漁る。パーツを見つけ、集めた。

 そして、後ろを向き、パーツを広げる。


 胴体、腰、右腕、左腕、右足、左足。


 そして、この砂漠エリアで見つけた頭部。


 それを並べる。動かないミサキが作り出された。


「…………?」


 並べてみた事で繋ぎに違和感があったが、とりあえずミサキに伝える。


「これで揃ったぞ。ミサキ、俺の勝ちでいいんだよな!?」


 しかし声は返ってこない。

 ミサキは難しい顔をして、


「乱橋……これじゃあダメ」

「な……ッ! じゃあ、どうすれば」


「やられた……あの子がこれを把握していないから、まんまと出し抜かれた!」


「ミサキ! どういうこ」


 乱橋は言葉を出すのが困難になった。


 どすっ、という衝撃が意識を揺らす。


 倒れた乱橋は横になり、視線を動かし、後ろを見る。



「おま、え……」

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