第14話 アイテムカード発動
――中央・砂漠エリア――
(ちっ、なんなんだよこいつ……)
愛舞は戸惑っていた。乱橋の捨て身の攻撃を全て受け流す。
手加減をしているとはいえ、愛舞の力だ。
乱橋の心は折れてもいいはずだ。これ以上は無駄だと、分かるはずなのだが。
(まったく、折れる気配がねえ……)
乱橋を動かすものはなんなのだろう。
愛舞は出る事のない答えを探す。
乱橋の拳のストレートを、腕の側面を撫で、後ろに流す事で衝撃を逃がす。
彼は勢いそのまま地面へ突き刺さるが、すぐに起き上がる。
頭に乗っかる砂など関係なく、がむしゃらに挑んでくる。
(懐かしいなあ……)
愛舞は思い出す。
自分も挑戦者だった。
こうして、必死に相手を追い詰めようと諦めなかった。
いつからだ? 挑む側の気持ちを忘れたのは。
「…………」
愛舞は意識しなかった。
自然とあの時のように手加減などなく、思い切り乱橋の事を殴っていた。
乱橋の姿が見えなくなる。はっ、として探すと、地面が微妙に盛り上がっている。
やがて盛り上がりは崩れ、乱橋が起き上がる。
「が、はっ…………!」
乱橋の顔は血だらけだった。
彼の体は傷だらけだった。それでも。
「退くかよ……!」
彼は止まらない。
「あと少しなんだ! 最後まで付き合えよ!」
「そのつもりだよ」
愛舞はニヤリと笑って、久しぶりに全身に力を入れた。
確かに――このゲームは面白い。
楽しめている。ミサキの言う事は、本当だった。
叫びながら真っ直ぐに駆けてくる乱橋を待つ。策もない、力勝負。
愛舞の力を見ても尚、その戦法を取ってくるところには称賛を与えたい。
(いいんじゃねえかなあ……)
(こいつになら、使っても)
片足を一歩、引く。
それだけで準備は整った。あとは待つだけ。
乱橋のタイミングに合わせて、全部の力を放出するだけ。
一歩一歩、迫ってくる。
あと三歩、二歩、一歩。
(ちょ――待て)
愛舞の体が硬直する。
彼女はやる気だった。本気で、乱橋を打つつもりだった。
が、体が拒否した。脳がダメだと警告した。
そして見えてしまった愛舞は、自然と体を止めていた。
(壊れる――)
(今こいつに本気を出せば、こいつは壊れる!)
「…………?」
鈍い動きの愛舞に、乱橋が気づく。
これが好機っ、と言わんばかりに速度を上げた乱橋だが、
振るった拳は当たらず前のめりにバランスを崩す、いつも通りだった。
一瞬以上の硬直後からの立て直しは早かった。
愛舞は足で砂を蹴り上げ、乱橋の視界を奪う。
その隙に距離を離し、心を落ち着かせる。
「愛ちゃん」
「なんだよ、分かってるよ」
ミサキの言いたい事に、愛舞は苛立ったように返す。
どうせ、本気で戦え、とでも言いたいのだろう。
愛舞だってやろうとしている。
だが、本気を出そうとすると体が硬直するのだから仕方ない。
本気でなくとも、普通までは底上げしたい。
(情けねえ。結構なトラウマになっちまってんじゃねえか)
気にしてない風を装っていたが、思ったよりも気にしているらしい。
心って怖いねー、と他人事のように呟いた。
乱橋はふらふらだった。
ダメージを負わせたつもりはないんだがな、と思う愛舞だが、今までの積み重ねもある。
愛舞は過去に彼に大ダメージを与えている。
それを考えれば、自分はやっていない、とは言えない。
(ったく嫌になるぜ。
そこまでぼろぼろでふらふらな体してんのに、お前はなんで勝てると思ってやがるんだ?)
(その希望の目はなんだ? お前はなにを隠している?)
考えるだけ無駄だった。
愛舞は迷いを払拭するように自分から仕掛ける。そこで、
「愛ちゃん、来た!」
「あ?」
とミサキの声と微かなモーター音に気づいて顔を上げる。
視線の先。人差し指くらいの大きさの物体が空を飛んでいる。
青白い線を薄く残しながら動く物体は、どんどんと高度を下げていく。
ただの着地か墜落か。どちらにせよ、物体が下りてきたことによって、戦闘の勢いは途切れた。今さら再開する気もない。
乱橋も飛ぶ物体の方を注目している。
「やっと来た」
乱橋は呟いた。
「どういう」
「アイテムを使うぞ、ミサキ!」
「おっけい。じゃあ、発動!」
乱橋から受け取り、ミサキがアイテムカードを天へ掲げる。意味はないのだろう。
どうせ雰囲気だ。どこのミサキも同じなのだろう、と思っていた愛舞は反応に遅れた。
万が一間に合っていたとしても、無傷は無理だろう。
愛舞にとっては。
高速で墜落してくる、自分よりも大きな機械の塊がいきなり目の前に現れたのだから。
「――はァ!?」
腕を咄嗟にクロスすることで防御したことが大きかった。
愛舞の体は激突の衝撃によって水切り石のように何度も地面を跳ねるが、目立った破損はない。体の内側は何か所かやられているかもしれない。まったく感覚がなかった。
それでも起き上がれた。
落下してきた物体は、丸いコックピックに足二本。羽。荒く使ったのか使い古しているのか、ボディは傷だらけだった。関節部分が砕けている箇所もある。
それでも、ぎぎぎ、という可動音と同時に動く。立ち上がった。
愛舞の身長を越えて、倍ある気がする。
「嘘だろ、兵器なんか使われたら勝ち目ねーっての」
装備されていた多種多様の銃を見てそう言った。
だが言葉とは逆に、表情は輝いていたのだが。
「お、見つけたぜ、女ぁ」
聞き慣れた声。
ミサキに言われたので誰なのかは知っていたが。
「きちんと覚えてたのか。三歩も歩いたら忘れるノー天気なやつかと思ってたぜ」
「口での言い合いはもうたくさんだ」
白髪の少年は言いながら操作する。機械の動きを確かめていた。
「おいおい、それ、使うのかよ?」
「問題でもあんのか? これはこのゲーム内でオレが見つけたもんだ。なにも代価を支払わないお前らが努力なしで手に入れられるとでも?」
「べっつにー。ないならないでいいよ。
やりようはいくらでもある。お前をぶっ飛ばすのに物なんかいらねえよ」
「挑発のつもりか? 悪ぃな、この兵器を譲る気はねえよ。
これがなくともお前をぶっ飛ばす事はできるが、疲れる事はしたくねえ。
安定で確実に相手をぶっ飛ばす手があるならそれを使うまでだ」
それがプロって奴だよ。
機械は駆動音と共に徐々に調子を戻していく。
足を振りかぶる。その蹴りのつま先が、愛舞の腹に突き刺さる。
「ぐッ……!?」
動きがスムーズ過ぎて防御を忘れていた。
ふわりと体が浮くがなんとか踏ん張り、距離は離れない。
目と鼻の先に敵はいる。
「はあ、はあ、こりゃあ」
まずいな、とは声に出さない。
が、本当の事だ。まずい事に変わりはない。
「愛ちゃん。今度は愛ちゃんが死んじゃう。だから」
「分かってる。あたしも、克服しなくちゃいけねえんだよ」
愛舞は腹をくくる。相手は機械だ。でも、操っているのは人間だ。
白髪の少年本体がどれだけの戦闘力を持っているかは定かではないが、乱橋並ではないだろう。愛舞の耐久力を見ても驚いた様子はない。日常的に見慣れているのだろうか。
「本気を出すのは、あくまでも機械だけ、機械だけ。……よし」
自分に言い聞かせ、人を壊してしまうトラウマを取り除く。
機械を中心に狙う。そして破壊する。必要とあれば、人間本体も狙うが。
白髪の少年ならば、耐えてくれるだろう。
「歪んだ信頼だ」
「なんか言ったか?」
「あー、先に謝っとくわ。痛いと思うぞ」
「ハッ、馬鹿にすんな。痛みなんざあ、とっくのとうに飽きてる」
どんな日常生活だ、と思った。
詮索はしない。彼にも彼の人生があり、抱える重みがある。
人には理解されないような悩みだってあるかもしれない。
だとしても、今はいらない。
やがて戦闘が始まる。
二人の喰らう者が喰らい合う。
乱橋やみんとは違う、策を使わない力づくが支配する。
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