第12話 愛舞 その1

 ――現実世界・大学食堂――


 片手で好きな作家の小説を読む愛舞は、一人席で昼食を取る。

 片手が塞がっているので逆の手だけで食べられるサンドイッチを選んだ。

 食べ終わったところで本を閉じる。


 わざわざ食堂に長居することもない。愛舞は立ち上がろうとした。


「ねえ、隣、いい?」


 声をかけられた。


「……一人席だぞ?」

「椅子を持ってくれば大丈夫」


 少女は椅子を持ってきて愛舞の前に座る。

 ちなみに椅子を置いた場所は通路なので、邪魔になってしまう。

 が、彼女は気にしていないらしい。


 遅めの昼食なので混んでもいない。注意はしなかった。


「で、なんか用か?」


「テニスとか興味ある?」


 きた、と愛舞は思う。


「ないよ。運動系は苦手なんだ」

「嘘」


「嘘じゃない」


 むすっとする目の前の彼女は、どうやら愛舞の嘘の証拠までを掴んでいるわけではないらしい。嘘じゃない、という愛舞の言葉を疑っている様子だ。


「ちょっと見せて」

 彼女は愛舞の腕を取る。

 もみもみと感触を確かめる。うーん、と唸った後、


「確かに、細い……」

「だろ?」


「でも……」

 彼女は諦めが悪い。

 今までは一言二言やり取りを交わせば諦めてくれる人が多かったのだが。


 なんにせよ、愛舞が実際に超人的な運動能力を披露しなければ、証明できないことだ。

 どれだけ長い時間を粘ろうが、愛舞の答えは変わらないだろう。


「もういいだろ。くすぐったいからやめろ」

「あ、ごめん」


 彼女はしゅんとする。

 そういう小動物みたいな反応は愛舞にとってのストライクなのでやめて欲しい。


 見たところ同い年なので、さすがに見境なく襲うわけにはいかないので自制はできている。


「うーん、おかしいなあ」

「なにが?」


「だって中学時代はもっと活発だったよね?」

「お前、同中かよ!?」


 愛舞は思わず立ち上がってしまった。注目を浴びる。

 ただでさえ紫色の髪の色をしていて普段から目立ってしまっているのに……。

 立ち上がった事と髪の色、二つの疑問が周りから感じ取れる。


 少ないが単純に二倍される視線の数に萎縮して愛舞はおとなしく座る。

 目の前の彼女を見た。


(正直、記憶にねえよ……)


(テニス、のサークルに入ってんだよな?)


(見た目は図書委員って感じなんだが……)


 メガネをかけていて、三つ編みの髪の毛を左右に垂らしていた。

 縛る場所は一般的なツインテールよりもかなり下の部分だ。


 ツインテールという言葉も今でこそ浸透しているが、昔は知らない奴も多かった、と中学時代へ遡ったらそんな事を思い出す。


 いや、知りたいのはそれじゃない。

 目の前のメガネは誰なのか、それが一番だ。


「………久しぶり」

「勢いで喋るのやめようよ。まあ、舞らしいけど」


 舞、と呼ぶ。

 愛ではなく、舞。

 下を取る友人は珍しい。いいヒントになったが、答えが中々、出てこない。


「テニス部か?」

「うちの中学、テニス部ないんだけど……」


「いやいや、今」

「勧誘してるんだから、そりゃあ……部じゃなくてサークルだけど」


 だよなあ、と愛舞は頷く。そろそろ、降参してもいい気がしてきた。

 というか、気を遣う必要もない。

 知らないのならば正直に言い、答えを教えてもらうのが手っ取り早い。


「で、誰だお前」

「ここまで粘っておいてすんなりと言うのね……はあ」


 溜息を吐きながら、それでも不愉快ではないらしい。


きゅうだよ。日巴ひともえきゅう


「あ……あ!」


 愛舞は思い出す。

 萌え萌えと呼んでいた友人が一人、いた。


「いやでも、萌え萌え……」

「そのあだ名はやめてくれるかな」


 笑顔だが本気の目だ。

 愛舞は頷く。


「九は、そんなキャラじゃねえだろ?」

「どんなキャラよ」


 図書委員長のようなキャラではなく、スポーツ少女だったはず。


 三つ編みではなく、ショートカットだったはず。


「それ、舞が言うの?」


 外面は変わらないが内面が変わった。

 愛舞は闘争心を失っていた。


 中学時代だけを知っている九には、愛舞の姿は嘘に見えるだろう。


「一緒にバスケ部で頑張ってたよね。優勝もした。将来有望だって言われた。

 私は……高校でまた違うこと始めたんだけど。それでも運動で頑張っていた。

 ショートカットから三つ編みにしたのは、大学に入るから」


 女の子らしくね、と九。


「テニスは軽い運動程度。さすがに今、優勝を目指してやるつもりはないからさ」

「……なんで、あたしを誘う?」


「舞は色んな意味で目立ってるじゃん。すぐ分かったよ。あ、舞だって。

 中学卒業してからまったく連絡取れてなかったから、会いたくて。

 なにしてんだろーって。ずっと機会を伺ってたんだ」


 それがたまたま今日になっただけだった。


「テニスに誘ったのは、一緒にやりたかったから。用事は、それだけだったんだけど」


 九の言葉が止まった。言いあぐねている。

 聞きたいけど聞いてもいいものか、悩んでいる様子だった。


 愛舞は待つ。どちらに転ぼうとも、受けて立つと言うように。


「舞、高校で、なにかあった?」


「…………ああ、あったな。あったあった。それをなんで言わなくちゃいけない?」


「っ!」

 九は怯む。


 確かに、彼女も愛舞は言いたくはないのだろうと、予想はつけていた。

 だから謝まって引こうと行動を決めていたのだが、


「あれは高校の一年の時か……」

「始まるんだ!?」


 驚いて怪しげな滑舌になった九を放っておき、愛舞は続ける。

 他人が思っているよりも、愛舞の中にあるトラウマは重くない。

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