第11話 オアシスの決闘
――中央・砂漠エリア――
「そんなこともあったっけか……」
「んー? なあに?」
前を飛ぶミサキの問いかけに、乱橋が首を振る。
不思議そうな顔をするミサキの隣へ、速度を上げて追いついた。
「こっちで合ってるのか?」
「うん。彼女は動いてない。この砂漠エリアにいる」
「なら良かった」
乱橋は安堵する。そこにいてくれないと困る。
もしもいなければ、単純に乱橋の移動距離が増える。見つかりにくくなる。
それに、次のサイコロまで待たなくてはいけなくなってしまうかもしれない。
そうなると、乱橋の中で思い浮かぶ勝利への絵が完成されない。
いや、少し違うか。勝利と言うには最低な手だが。
「俺には似合ってるやり方だ」
こうでもしないと乱橋に勝利はない。
弱者の特権を存分なく発揮させてもらおう。
「やっぱり乱橋も持ってるんじゃないの?」
「なにをだよ?」
ミサキは乱橋の手を指差す。
かつてそこにあった立方体の物体を思い浮かべる。
「この土壇場で最高位を出すなんて」
乱橋が振ったサイコロの出目は六だった。
これまでになかった出目だ。
一や二を連続で出していた乱橋にとっては、快挙と言える結果だった。
「風が向いてる」
大きな風だ。取り逃せばもう、チャンスはない。
「いる」
ミサキが言葉をこぼす。岩で囲まれた泉が見えてきた。
オアシスだ。砂漠エリアの中で唯一の障害と言っていい。
上空から見ればオアシスだけが風景の中で映えている。
暑さに耐えられず、オアシスの泉に飛び込みたい衝動があるが、
泉の目の前にはミサキを膝枕している紫色がいる。
乱橋のターゲット。
実力で言えば鹿が虎を狙っているようなものだったが。
「…………」
ごくり、生唾を飲み込む。
できるだけ時間を稼ぐためには、すぐに発見されるのは避けたい。
が、あの紫色がここから移動されても困る。
ゆっくりと、乱橋は岩の陰から覗く。動きはない。
順調に進んでいるとは、思わない。
イレギュラーは必ず起こる。上手くいくことなんてないと思え。
乱橋の汗は、暑さ以上に出てくる。
「ミサキ。眠っている場合じゃねえ、起きろ」
乱橋ではない。紫色の声。鮮明に聞こえてくる。
「んぁ? もしかして、もう来たの、愛ちゃん」
「ああ、来てるらしい。
見つかっていない振りをしているらしいが、バレバレなんだよなあ」
「ッ!?」
ばれている!?
乱橋は岩場から遠ざかる。オアシスから離れるように。
しかし乱橋が隠れていた岩がひび割れる。破壊が形状を崩した。
破片が銃弾のように炸裂した。
打ち上げ花火のように分散する破片は、急所でなくとも乱橋を襲う。
「うぉっ」
威力ではなく勢いに乱橋が転ぶ。
砂を舞わせながら転がる。その際に砂を掴んで真上に投げた。
紫色の速度は分かっている。
岩を破壊してからここまで来るのに数秒とかからない。
もう乱橋の近くにいるはずだ。
今、砂を投げれば、ちょうど乱橋に触れる時、砂が彼女の邪魔をするはず。
「ちぃ!」
顔をしかめた紫色は後退する。腕で目を擦る。
乱橋の思惑が上手くはまったらしい。
体勢を立て直す乱橋。目の前には紫色。
追う者と追われる者の関係ではない。さっきとは違う。相対している。一騎打ちだ。
「どういうつもり?」
ミサキが言う。
紫色、愛舞につくミサキだ。
「どうして他のプレイヤーの位置を教えたりしたの?
それはわたしたちの中で禁止されているはずなんだけど」
「分かってるくせに」
ミサキは返す。
知識、記憶、思考は共有されている。
ミサキが乱橋の事をどう思っているかくらい、全員に伝わっている。
「…………」
「わたしが乱橋に与えたいのは勝利じゃないよ。踏み越える経験」
自分よりも強大な敵へ挑む勇気。勝利できる事実。
下っ端根性を叩き壊す。ミサキの思考は共有された。
「だったら、わたしも同じ。愛ちゃんのためになるならなんでもする。
あんたがそのつもりなら、わたしもルールくらい破ってやる」
ミサキは愛舞へ向いた。
「愛ちゃん、ここに白髪のプレイヤーが迫ってる」
「なッ!?」
乱橋は思わず声を出す。
無無無々がこの場に迫っている事を、愛舞が知るのはまずかった。
乱橋の頭の中の回路が崩れていく。
しかし幸いにも、愛舞は乱橋が思うような考えには至らなかった。
乱橋が無々に怯えているとしか取らなかった。
「ミサキ、そいつはあと、どれくらいで着くんだ?」
「それは分からないけど、三分くらい?」
「なら、こいつに構ってるよりも待ち受けてた方がいいか」
まずい。乱橋は嫌な予感を抱く。
行くな。愛舞に行かれては、乱橋の計画がずれていく。
この紫色に真正面から戦って勝てるわけがない。瞬殺されてしまうのがオチだろう。
しかし、真正面から気を引かなければ、彼女は乱橋に興味は持ってはくれない。
彼女は乱橋よりも、無々なのだ。
(くそっ、ここまで、ずれやがるのか……ッ!)
期待はしていなかったが、いざ計画が狂うと動けない。
残された道が分かっていても、踏み出すための勇気がなかなか出ない。
また、体が硬直する。
「あの白色をぶっ飛ばしたら、次はお前と遊んでやるから、ちょっとそこで待ってろよー」
手を振りながら、愛舞は去っていく。遠ざかる。
それ以上、離されたら、追いつけない。
見えない壁に阻まれて、立ち向かう事もできない。
「ま、てよ……」
弱々しい声。
そんな乱橋の手を握る、温もり。
「大丈夫。乱橋なら、できる!」
無理を言うな、と思った。
どんな宗教だ、と思った。
それでも、乱橋の心を動かすには充分だった。
「――おい待てや、このクソビッチがあッ!」
「…………あ?」
愛舞の低い声が乱橋の腹を突く。
もう退けない。ここまで来たら、あとは予定と違っても、命懸けで食らいつくしかない。
「逃げんなよ、俺が目の前にいるんだ。俺と遊ぼうぜ? なあ?」
「足を震わせながらなに言ってんだか」
愛舞は乱橋を一瞬見て、すぐに冷めた。
だがそれでも、一人の男の覚悟を踏みにじれない。
「ちぃ、いいぜ。来いよ。潰れないように手加減くらいはしてやる」
愛舞は構えない。かかしのように手を広げて立っているだけ。
乱橋からの攻撃を促す。カウンターが一番、壊しにくい。
「う、うぉおああああああああああああああああああああッ!」
駆け出す乱橋。
二人の視線はぶつかっても、火花が散ることはない。
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