第4話 ロマン飛行

 ――中央南方・夜の都会エリア――


 切れかかっているのか、点滅している街灯しか光源が存在しないこのエリアでは、潜む人間を発見するのは容易ではない。


 エリアには高層ビルがいくつもそびえ立っている。


 このまま道路を歩いていたら、上から狙われ放題だった。


「全然、来ねえな……」


 少年は呟く。


 刺々しい白髪を持ち、鋭い眼光がデフォルトだった。肩から徐々に膨らみ、袖が異様に膨らんだジャケットを着ている。チャックは全て締め、首はまったく見えない。

 肌を晒す面積を減らすことで、少しの防御力を底上げしていた。


「隠れる場所、多数。んで、オレが狙ってくださいと言わんばかりにのんきに歩いてやがんのに、接触がまったくねえ。臆病か、やる気がねえのか、なにか企んでやがんのか……。

 そもそも、このエリアにはいねえってのが今んところ有力候補だな」


 白髪の少年は溜息を吐く。

 手っ取り早く敵と接触したい彼の怠けたいがためのこの作戦は、失敗に終わったらしい。


 結局、地道に積み重ねていくしかない。

 それはそれで、確実性という面では大きな効果を持つ。


 少年は辺りを見回した。


「あの野郎……なんですぐにどっか行きやがる……!」


 いつの間にか同伴者がいないことに気づき、苛立つ。

 とはいえ、今に始まったことではない。


 何度も付き合わされている彼は、苛立っても爆発することはない。

 来た道を戻ってみると、道の端で屈むオレンジがいた。


「なにしてやがんだよてめえ」


「あ、無々むむ。これ見て、これこれ!」


 子供のように無邪気に手を振って招いてくるオレンジの少女の元へ、少年は近づいた。

 少女と同じものを見る。


「なんだぁ、そりゃあ。物騒なもんつけやがって」

「メカだよ兵器だよロボットだよ! ロマンだよ!」


「目を輝かせんな。お前、ああいうの好きなのかよ」


 視線の先には、長い脚に、丸いコックピットがむき出しになっている機械があった。

 今は膝を折り、できるだけ小さく畳まれている。


 キラキラと、星のエフェクトが少女の周りを漂っていた。


 言うまでもなく、興味津々なのだろう。


 機械があるのは高層ビルの一階部分。ガラスが邪魔で向こう側に行けなかった。

 少女はそのガラスにぴたっと張り付き、小さな子供のようだ。


 少年は拳を構える。同時に片方の手で少女の首根っこを掴み、猫のように持ち上げた。

 そして後ろに思いきり投げる。


 突き出された拳はガラスを割り、飛び散った破片が少年の頬を微かに傷つける。


 だが少年はどうでもいいと言った様子で、足を踏み出した。


 ガラスの向こう側。少女もふわりと浮きながら、少年の隣にやってくる。


「や、やるならやるって言ってよ! びっくりするじゃん!」

「お前の反応が遅過ぎだ。余計な手間かけさせんな」


「予備動作なかったよねえ!?」


 少年は無視して近づく。

 ぶーぶー言いながらついてくる少女は、もう関心が機械にしか向いていない。


「近くで見たらこりゃあ、すげえな。どんだけの兵器がついてやがんだ?」


 狙撃銃、機関銃、散弾銃、爆撃砲、レーザー砲などが常備されている。

 これだけあると、これらを操るのにも余計に神経を使いそうだ。


「喜んでるところ悪いが、お前が作ったんだろ?」

「どーだろ。覚えてないよ?」


 指を顎に添え、首を傾げる少女。


 原因は、この少女しかいないのは目に見えて分かっているが、

 どっちでもいいか、と少年はそこにある機械を見る。


 コックピットまでは容易に届く。

 一人乗りらしいが、少女は別に、浮くことで移動ができる。

 少年の考えはすぐにまとまった。


「これさえありゃあ、残りのパーツもすぐに奪えるな」


 無無むなし無々むむ


 白髪の少年は既にパーツを二つ入手している。

 左脚、腰。


 全プレイヤー含め、現在、所持されているパーツはこれで六つと判明している。

 エリアのどこかに隠されてある、残り一つとなったパーツ。


 だが、レーダーには変わらず複数の反応が表示されていた。


 夜の都会エリアで一つのパーツを入手した無々は、もうこのエリアには用がない。

 次に行くとすれば、ここから近い砂漠エリアになるだろうか。


「俺が乗る。お前は浮いてついてこい」

「ず、ずるい! わたしだって運転したいに決まってんじゃん!」

「お前に扱えるわけねえだろうが。言っとくが、これは人殺しの道具なんだぞ?」


 冗談ではなく、本気の忠告にオレンジの少女も身を震わせる。

 現実世界での無々を知っているからこそ、茶化すことはできなかった。


「ちょ、ちょっとくらい、なら……?」

「ダメだ」


「ケチ!」


「いいから行くぞ。

 お前は黙ってオレについてくりゃいい。アドバイザーなんてそんなもんだろうが」


「……無々にアドバイスをするためにいるんじゃないし」

「おい、動かすぞ。近くで見なくていいのかよ」

「待ちなさいよちょっとぉ!」


 既にコックピットに乗って色々といじっていた無々の元へ向かう。

 少女は無々の肩に手を置き、顔を出して覗き込んだ。


「おい、あんまりいじんなよ?」

「えー、こんな目の前に色々あるのにー?」

「こいつ……! 不安しかオレに抱かせねえのか……ッ」


 言いながらも、少女を振り落とさないところ、嫌っているわけではないらしい。

 自然と笑みがこぼれる少女は手を伸ばす。


「えい!」

「おいこらてめえなにを押しやがった!」


 一瞬の隙を突かれた無々は、なんのスイッチを押されたのか把握できていなかった。

 これからなにが起こるのか、まったく分からない。


 嫌な予感しかしない駆動音が機械から漏れ出てくる。


「ミサキ……あとで絶対に殺す……!」

「待ってよまだなにが起こるか分からないし!」


 言い終わった瞬間に、ボディの左右からサーフボードのような板が飛び出してきた。

 青い白い光が真後ろへ流れている。


「なんとかしろ!」

「え、ええええぇぇぇぇ!? 無理無理、解決方法わかんない!」


「これだからコイツは……ッ」


 ぎりり、と歯を食いしばり、策を考える無々だが、遅かった。

 機械兵器は青白い光を派手に撒き散らしながら、一直線に加速する。


「うおっ――」

 タイムスリップでもしそうな勢いだ。背中が背もたれから離れない。

 意識が刈り取られそうになる――。


 力を入れてなんとか耐えた無々とミサキが見たのは、高層ビルの壁を突き破り、一気に浮上した後の、夜の都会エリアを見下ろした光景だった。


 飛んでいる。


「と」

 ミサキが絶叫しながらはしゃぐ。


「んんんんでるぅうううううううう!?」

「うるせえ黙れ! 維持できなきゃ死ぬんだぞ!?」


 無々だけは冷静だった。冷静に生死と向き合っている。


(ハンドルが重い……ッ! がっちがちに縛られてるみてえじゃねえか! 

 こんなん動かせる奴がいんのか!?)


「とーつげきぃ――――――!」

「なんでてめえはそんなに余裕なんだよ!」


 振り向く無々はミサキの表情を見る。

 口元が歪み、恐ろしく思っていても、楽しんでいた。


 目が合う。彼女はウインクをしてから、そっと手を伸ばす。


「えいっ」

「なんか押しやがった!」


 さらに駆動する機械の手綱を握るのを、無々はやめる。

 なんだか、無駄に疲れるだけだと悟ってしまった。


「もういいよ。お前の好きにしろよ」

「え……それはそれでなんか恐いんだけど……」


「張り倒すぞてめえ」


 機械は暴走したような動きをしながら夜の町を駆け抜ける。


 破壊、破壊破壊の騒音が奏でられた。

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