第3話 三人目
――中央・砂漠エリア――
「ちょっと待ってストップ! の、喉が乾いた……」
「おーい、数分前に飲んだばっかじゃねーか」
じりじりと暑さが段々と加速していく砂漠エリア。
蜃気楼が視界を阻む中で、オレンジ色が地に伏していた。
どうやら結構な距離を離してしまっていたらしい。
進んだ距離を無駄に戻った彼女は、
腰に巻き付けてあった水筒の中身をオレンジ色の少女にかける。
オレンジ色は幸せそうな笑みを浮かべて彼女を見上げていた。
(しかし、こいつが作ったくせに、エリアの影響受けるかね、普通)
この少女は幽霊のようなもので、
触れることはできても干渉はできないと思っていたが、どうやら違うらしい。
(正直、お荷物だが、まあ可愛いからいいか)
水筒の中身の全てをオレンジ色の少女にかけて空にし、投げ捨てる。
しばらくは満足そうな顔をしていた少女だったが、すぐに元に戻った。
「あつ~~っ!!」
「じゃあどうにかしてくれ。あたしもこの暑さはちときつい」
平然と全力疾走できるくせになにを言っているんだ、と言いたそうな顔を一瞬した少女だったが、言う元気がないのか、手を伸ばして沈黙する。
ばたりと、手が落ちた。
動かず、反応もない。
息はしているようだが、眠っているのだろうか。
「うわ、ダウンしてやがる」
仕方ねえなと溜息を吐きながら、少女を背負う紫色の彼女。
砂漠の地をヒールで全速力で走り、肌を焦がす程の暑さでも胸に強く巻いた黒い布と、同じように腰に巻いた同色の布のみ。
体の動きにつられて揺れる紫色の長髪は、蛇のような不気味さを生んでいた。
圧倒的な軽装の彼女はこれで素である。
アイテムの使用はない。
動きに強化はない。
乱橋を倒した時も。
彼女は全て自分の力でこなしていた。
「つまんねえな」
愛舞は言う。
このゲームに参加をすれば。
あの退屈な生活を変えることができると思っていたのに。
(ま、そう簡単にはいかねえか。パーツ集めは簡単にこなしちまってるがな)
愛舞は既に三つのパーツを持っている。
左腕、右足、胴体。
そして、この砂漠エリアのどこかに、他のパーツが眠っている。
「にしても範囲が広過ぎるだろ。レーダーが示してんのは砂漠エリアってことだけだし。
砂の中とかだったら、ヒントなしじゃ無理ゲーだぜ、これ」
スマホ型のデバイスをポケットにしまう。
ここまで来ればもうレーダーは必要ない。あとは勘と直感である。
「おーい、ミサキ、大丈夫か?」
「ううう、気持ち悪い……」
耳元で死にそうな声を出さないでほしい。
子供をあやすように揺らしてみる愛舞だが、逆効果だったようだ。
ミサキはさらに「うぷっ」と不調を訴える。
「わがままなやつだなー。――お、あそこ、なんかあるぜ、ミサキ」
蜃気楼で見えにくい中、愛舞は微かに見える水色を発見する。
なんだか分からないが、なんとなく面白そうだと思った愛舞は、全速力で走る。
背中で揺られるミサキはさらに体調が悪化していくが、愛舞はまったく気づかなかった。
「オアシスだ!」
岩場に囲まれた澄んだ泉。
底が上から見える水は清潔さを主張していた。
暑さからの解放と同時に、
(分かりやすい目印過ぎるが、ここら辺にパーツがあるかもしれねえな)
愛舞は考える。
パーツ探しの前にとりあえずは。
「ミサキ、行くぞ」
へ? と聞く暇なくミサキは空中へ投げ飛ばされた。
そして放物線を描きながらそのまま泉へと着水する。
ぶくぶくと泡が浮上し始めた後、ミサキの顔が水面から飛び出してくる。
「ちょ、――なにすんの!?」
「おおー、生き返ったな」
「生き返ったけど、すっごいびっくりしたよ!」
ばしゃばしゃと手を振り水飛沫を立てながら抗議するミサキへ、
愛舞は予備動作なく飛び込んだ。
「いやっふぅ――――!」
「えええええええぇぇぇぇぇぇぇぇ!?」
豪快な水飛沫を立てて飛び込んだ愛舞は、ミサキを抱きしめ服を脱がそうとする。
「ちょっと! なんで脱がそうとするの!?」
「だって、水に入ってんのになんで服を着てんだよ」
「愛ちゃんが投げたからでしょうが!」
抵抗するミサキだが、愛舞の力には敵わない。
あっという間に脱がされて、一糸纏わぬ姿となった。
……スカートは穿いていて上半身は裸という、マニアックな格好だ。
「パーカーを脱がしただけでなんでそんな姿になんだよ。
ノーブラってか、下になんも着てなかったんだな」
「か、返してよわたしの服!」
「嫌だね、これはあたしが預かっておく」
「単純な身の危険を感じるんだよ!」
胸を片手で押さえながら、もう片方の手で愛舞へ手を伸ばすミサキは、いいように遊ばれていた。愛舞が揺らす服につられてミサキも動く。
その際に片手からこぼれそうになるミサキの胸を、愛舞はじっと観察する。
「……A?」
「もうちょっとあるでしょお!?」
顔を真っ赤にしたミサキは決死の覚悟で愛舞に突撃した。
「おっ」と不意を突かれた愛舞は、避けることができずに受け止める。
胸で受け止める。
ぽよん、というミサキの数倍もある愛舞の胸が揺れた。
ダイレクトにミサキへ、その弾力が伝わる。
「…………」
「おい、ミサキ?」
受け止めてから数秒、反応がない。
心配になった愛舞が、ミサキへ手を伸ばしたところで、
「うわぁああああああああ! 巨乳なんか嫌いだぁあああああ!」
愛舞はぽかぽかとミサキに叩かれた。
本気の号泣だった。
「よしよし、胸の大きさなんか気にすんなっての。
大きくて良い事なんて、ちょっとしかねえぞ?」
「大きいからこそ言える愚痴みたいな自慢はいらない」
泉から出て岩場を背もたれにして座る愛舞。
彼女に膝枕されているのはミサキである。
ミサキは未だに鼻をすすっている。
号泣の影響はまだ引いていないらしい。
「愛ちゃん……寒いんだけど」
「そういや、砂漠なのにここだけ涼しいよな。
オアシスだっつっても、暑いに変わりはないはずなんだが――」
プール上がりに水着のまま、冷房の効いた部屋にいるような肌寒さだった。
凍える程ではないが、軽く身を包みたいと思う。
「つーか、ミサキが設定したんだろ?」
ぎくっ、と身を揺らしたミサキの反応を感じる。
愛舞はニタァ、と口角を上げ、
「相変わらずのポンコツだなぁ」
「誰がポンコツだし!」
起き上がり、ぎゅっと拳を握る。
ボクシングの構えのようだが、腰がまったく入っていない。
スポーツ観戦時、思わず力が入ってしまった時のような状態だった。
「いいから落ち着けっての。ほらほら、お姉さんに甘えていいんだぞ?」
「――そこで胸を主張してるのは、喧嘩を売ってると解釈してもいいのかな……?」
いいから来いっての、と愛舞は手を伸ばし、ミサキの手を掴む。
引き寄せ、顔を胸へ押し付けた。
ぐりぐりと顔が胸へめり込んでいくと同時、
ミサキから「むぐ、ぐぅううッ!」と呻き声が聞こえてくる。
「お、満足してくれたんならこれ以上に嬉しいことはねえな」
「うぐむ!? ぷ、はぁ! ――死ぬ! 呼吸できなくて死ぬかと思った!」
はぁ、はぁ、と呼吸荒くするミサキは青い顔をする。
悪ふざけが度を越してしまったらしい。
「悪い悪い」と愛舞は頭を掻く。
視線はミサキではなく、蜃気楼で見えにくい砂漠の向こう側だった。
「謝罪がテキトー過ぎる!! 心を込めて言ってよ!」
「ほいほい。んじゃ、ほれ」
強めた視線を元に戻し、自分の膝を叩く。
「どういうこと!? 膝枕になんの意味が!?」
「ちょっくら小休憩。いいじゃんたまにはさ。ずっと動きっぱなしだっただろ?」
「そうだけど……」
東方の廃墟エリアから始まり、
山岳エリア、森林エリア、そして砂漠エリアへ、ほとんど休みなしで行動してきた。
ミサキはふわふわと浮いていて疲れというものはないが、
愛舞との会話や悪ふざけで体力は思ったよりも削られている。
愛舞の運動量が多いからこそ、ミサキの移動量も多い。
把握する情報量も、他のプレイヤーよりも桁違いに多かった。
「でも、いいの? 休憩中に他のプレイヤーに差、つけられちゃうかもしれないのに」
「大丈夫だろ。さっきのミーティングで全員の性格や実力も分かった。少しの休憩くらいどうってことはねえ。サイコロもさっき振ったばっかだし、しばらくはゆっくりできる」
「ふーん。愛ちゃんがそう言うなら、そうなんだろうけど」
「だから早く来いっての。ゆっくりお昼寝でもしようぜ」
「…………」
あらためて自分から膝枕をされに行くのは、なんだか恥ずかしくて赤面するミサキ。
さっきはまともな状況でなかったからこそ、自然と受け入れていたが。
「ほれほれ」
ぽん、ぽん、と叩かれた太ももを見る。
ゆっくりと動いて愛舞の太ももへと近づくミサキは、
なんだかいけないことでもしているような気持ちだった。
「あう……」
ぴとっと、太ももにくっついた頬は冷たさを感じる。
横になり、全てを愛舞に委ねた。
「最初から素直にそうしてればいいのに」
「う、うるさい!」
「安心しろよ、あたしが揉んで大きくしてやる」
「余計なことはしなくていいから!」
身の危険を感じながらも、一度、委ねてしまったものはなかなか取り戻せなかった。
そのまま愛舞の温もりを感じ、ミサキは心地良くなってくる。
睡魔が支配し、ミサキの目は、ゆっくりと閉じられた。
眠ったミサキを見下ろした愛舞は、視線を再び強める。
見るのは、蜃気楼の先――砂漠のさらに奥。
黒く塗り潰されたようなエリア。
そこから聞こえた、微かな、騒音。
愛舞は眠るのをやめ、警戒に集中する。
「さて、どいつかね」
愛舞は既に答えを出している。
一回目のミーティングの際、プレイヤーは全員、互いに顔を合わせている。
その中で愛舞が気になったのは一人のプレイヤーだった。
逆の意味でも一人、気になったが、それは今は置いておく。
純粋な強さで、気になった。
愛舞でも、真正面から全力で挑んで勝てるかどうか、曖昧だった。
ミサキを見下ろし、髪を撫でる。
すやすやと眠る寝顔を見ていたら、愛舞の警戒は自然と解かれていた。
あのエリアからここまで来ることはまずないだろう。
たとえ愛舞が気になったプレイヤーだろうと、可能性は低い。
それに。
(あたしならここに侵入されてもミサキを守れるしな)
今は警戒よりもミサキを愛でる方が優先だった。
「へへへ、これ、やっぱチャンスだよなあ」
危険なんて眼中にない。
愛舞の手はゆっくりとミサキの胸へ、一直線に伸びていく。
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