拾った幼女は食いしん坊

田村サブロウ

掌編小説


 肌寒い雪の夜での出来事。


 ダンボールの中で凍えている生き物を見て、外食帰りのハルは目を疑った。


 ただの捨て猫や捨て犬なら、見向きもせず無視しただろう。非情と言われようが、ハルの住居はペット禁止なのだから仕方ない。


 だが今回、ハルは無視の選択肢は選ばなかった。どうかしていると自分でも思ったが、それでもハルは拾う選択をしたのだ。


 ダンボールの中でブルブル震えて今にも死にそうな雰囲気を醸し出していた、7・8歳くらいの小さな女の子を。




 * * *




 あの判断は間違いじゃない。そうハルは自分に言い聞かせていた。


 第三者からしてみたら誘拐を疑われるリスクはあるかもしれないが、放置して少女が凍え死ぬ方が問題だ。


 緊急避難的な行動というやつだ。少女の命を救うため、正しく行動しようと努力した結果なのだ。


 だから――




「ハルにぃ。おかわり。ごはんもみそ汁も両方。あと納豆が足りない。卵とネギを入れた卵納豆がいい」


 ウチの米を5合、みそ汁を茶碗4杯分たいらげた少女を前に、自分は寛容な精神で相対しなければならない……って、




「限度があんだろがぁ! いくらなんでも食いすぎだ!」


「食える時に食っとかないとね。他人の金でメシが美味い」


「おま、居候の身でそれは禁句だろ!」


「なにさー。最初はわたしがぱくぱく食べてたのをほほえましく眺めてたくせに。いっぱい食べる君が好きって名ゼリフを知らないの、ハルにぃ?」


「知ってるけど! ……くそぅ、いまので食費何杯分だ?」


 大誤算だ。まさか拾った少女がここまで食べるとは思わなかった。


 こういう子は胃が弱っているだろうからもっと消化に良いものを食べさせるべきだったか……なんてメニューの心配した自分の気持ちは今やどこへやら。


「ハルにぃ、おかわり~」


「もう無いよ! みそ汁はともかく、ごはんは新しく炊かないと……って、ああっ!」


 ハルは思い出した。


 今日は姉が顔見せに来る予定があったのだ。もしこんな光景を見られようものならどんな誤解されるか。


「じゃ、みそ汁だけでもいいから、おかわり~」


「わ、わかったわかった! みそ汁でもなんでもおかわりやるから、少し隠れてくれ!」


「隠れる? 後ろからハルをすっごい目つきで見てる、ちょっと怖そうなお姉ちゃんから?」


「そうだ。とにかくその女は話が通じないんだ。もしお前を拾ったなんてことがバレたら、ワケも聞かずに俺はボコられて寒空にポイされるだろうからな。いいか、絶対に見つかるなよ!」


「だそうだけど、どう思う? お姉ちゃん」


「ん? ……あれ、ちょっと待て。ひょっとしてもう




 * * *




 姉の誤解をハルが解くまでの小一時間の間、ハルがどんな目に遭ったかはこの場での表現は差し控える。


 とりあえず、無事では済まなかったことは確かだ。


 ちなみにこの後、拾い子の幼女はハルの姉と意気投合し、それはそれは素敵な人生を歩んだとさ。


 めでたし、めでたし。




「めでたくない! 俺の尊厳を返せ~!」


 ハルの抗議は、冬の冷たい空気の中に消えていった……。

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拾った幼女は食いしん坊 田村サブロウ @Shuchan_KKYM

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