第13話 相棒・越村阿道

「ちょっ――」


「ちょっと越村、とか言うなよ御鈴木……。このナースは疑問があるから聞いているわけじゃねえ――確信がないから、その確信を得るために俺たちに質問しているんじゃねえよ……。こいつは分かった上で、確信した上で聞いてやがるんだ。嫌らしい女だぜ――、俺たちが警察だと分かった上で、揺さぶりをかけてやがる。そんで、俺たちの事情でも知ろうとしてるんだろうぜ。

 ったく、ここまでの野次馬は初めてだ――まあ、下手なことをされて危険を呼び込まれても面倒だし、それに、ここまで知られてしまえば逆に野放しにする方が危険だ……迷惑だ。

 なら、言ってしまった方が話が早くて済む。口封じをするために不快感を与えても――な。たとえば監禁とか――嫌だろ? これに関しては、全てを守りたいお前にとっては、進むべき道の上にある案だとは思うがな――」


「それは――そう、だけど」


「そういうことだ。……御鈴木、お前はこのナースのことも守りたい、危険の渦に飲み込ませたくない、だからこそ、事情を言わないっていう選択なんだろうが――、それこそが、危険に遭わせてしまう可能性もあると考えておけ。

 なにかを隠されていると認識している人間が、その隠されているものを暴こうとするのは当たり前の思考回路なんだよ――逃げるから追う、みたいなもんだ。足を止めてしまえば相手だって止まるんだ。隠すから暴こうとしてしまう……なら教えてしまえば、暴いてはこないってことだ。今はそういう状況になっている――。つーわけで、進んで事情を隠そうとしているところ悪いが、御鈴木……俺はこのナースに、全てを余すところなく話すぜ。――いいだろ?」


 まあ、お前の許可なんていらねえけどな、と越村は言う。

 今の会話――しかし越村はまったく、私のことなどは見ておらず、視界には入っているのだろうが、意識の中にはないのだろう……。

 だから会話と言っていいものかは分からないけれど、つまりこれは越村の独白みたいなものだろう――その中身は、確かに的を射ているところが多々あった。


 逃げるから思わず追ってしまう理論と同じで、見え見えに隠すから、暴こうとしてしまう精神――だったら、隠さずに話してしまえばいい……。以前の私なら――、数珠里さんから、自分は警察官だと指一つで暴かれる前ならば、事情を隠すことで数珠里さんを危険から遠ざけただろうけど……でも暴かれてからは、私は焦って訳が分からず、迷走してしまっていたようで、そもそも数珠里さんの危険のことなど、眼中にもなかった。

 だからその点は、越村の間違いということになる。


 数珠里さんのことを守りたいからこそ、事情を言わないのではなく、あの暴かれた時点で言えば、思考と行動が硬直してしまっただけなのだ。

 咄嗟に正解を導き出せない私は、警察官としては重ね重ね、失格である。


 越村の方がよほど冷静だ。

 それでもまだ、彼を警察官として見るのはやはり抵抗が残るけれど。


 とにかく、私が越村を警察官としては見れないと思おうが、嫌悪しようが、拒否しようが、それは私個人の世界の話で、数珠里さん視点でものを考えてみれば、私と越村、どちらが警察官っぽいかと言われたら、悔しいけれどもちろん、越村だと言うだろう。

 私が数珠里さんの立場ならばそう思うし――いや、でも、自分をマイナス側に贔屓しているだけかもしれない。


 繰り返して――とにかく、越村が長々しく語り、そう判断を下したのならば、それに私が選択していただろうやり方の方が、危険が多いというのならば、ここで無理やり意見を固めることもない。越村のやり方に、今は従うだけだ。


 全ての事情を余すところなく話すことを、許可する――なんて言えるほど、私は偉くはない。

 越村と地位は対等なので、ただ単純に、越村に頷いただけである。


「いい――よ。いい……けど。ただ、話すのならば私から話してもいい……? 越村の話し方、言い方は、大げさに言うこともあるし、それに乱暴だから」


 だから私から話す――そう決意を見せながら、越村を見る……。

 たとえ越村が私のことを視界外で、意識外で見ていようとも、構わずに。


「好きにしろよ――別に俺が、俺たちが抱える事情を話すことにこだわりがあるわけじゃねえ。このナースに全て伝わるのならば、なんだっていいんだからよ。たとえ機械から発せられた電子音だろうが、ツーとトンだけのシグナルでも、伝われば構わねえ。

 時間を視野に入れれば、当然、前者を選ぶがな――まあ、なんでもいい。お前が話すことを望むのならばすればいい。内容なんて誰が話したって一緒だ。

 細かいところにしか、違いなんてのはねんだからよ」


 そう言った越村は私のことを見ていた――視界にも意識の中にも入っていた。


 ――って、なに、それに関して嬉しさを感じてるのっ、私!?


 落ち込んだところに少し優しくすれば、ころりと態度を百八十度も変えるのと同じように、好感度も反転するんだと思われたら心外だ! 

 確かに本音を言えば、越村に向けての意識は、変わっていないと断言すれば嘘になるほどに変わってはいるけれど、それでも過去に私が、越村に向けて決定させていた評価までは変わらない。反転することなんて絶対にない。上がったとしてもゼロよりはマイナスだと、きちんと認識していてほしいところだ。


 そんなことを思いながらも、直接、そう声に出さないところを自分的に見ていると、微かにだけれど、越村への評価はしっかりと上がっているらしい。

 以前の私ならば思ったことを口に出しているはずだ。間違いなく、罵倒を込めて、苛立ちを出せるだけ出して、発散している――そして越村も対抗してきて、お互いに傷つけ合いの攻撃だ。

 試合ではなく、ルールなしの戦争の方が近いと思う。


 けれどそれがない――、私からの敵意がないから……も、あるだろうけど、今は状況が優先されているからこそ、戦争は起こらないだろう。

 数珠里さんを放っておいて、越村と喧嘩などできるわけがない。ここですれば、また数珠里さんにからかわれる――この話題は数珠里さんにとっては最高のおもちゃなのだから。


 ――こほん、と一度、咳払いをしてから、余計で厄介な思考を、雑念を振り払う。


 越村はもう既に、さっき、一瞬くらいだったけれど、私に向けていた視線ははずしている……けれど今度は、意識はきちんと向けているらしい……それはなんとなくで分かった。

 数珠里さんは口を挟まずに、私の説明を待ってくれているらしい――おふざけをしない数珠里さんは久しぶり、いや、初めてかもしれない。それくらい、真面目だということか。


 私たちが警察で、そして抱えている事情――それが、ハッピーなことではないくらい、予想はついているのだろう。だから真面目に聞こうとしている――、耳を澄まして、聞き逃すことはないように注意を払って。真剣な目で、数珠里さんは、聞いている。


「それじゃあ――」

 数珠里さんの目を見て、私は覚悟を決める――数珠里さんを、今いる危険から、さらなる危険へ連れて行ってしまうことへの、抵抗を無理やりに振り払う、覚悟を決めて。

「――話します」


 全てを、なにもかもを――話します。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る