第14話 アンらっきー
「……へえ、ふーん、なるほどねえー。……そういうことになっていたんだね――」
と、数珠里さんがふんふんと頷きながら指を顎に添えて、
まるで全てが分かったような仕草をしている。
――うん、それはいいんだけど、そういう振りをするのも仕草をするのも構わないのだけれど、それをしていいのは状況的に全てを聞いた上での行動のはず……。
空白の期間が空いているように見えているけど、実際の時間を考えれば、さっきの――というか今だけれど――私の『話します』発言から、今は二秒と経っていない。
瞬間的な数珠里さんの返答が、今のそれなのだ。
なんでそんなややこしいことを。時系列が飛んだように思わせるミスリードなど、今のところ必要ないはずなのに。誰を騙そうとしているのだろうか――、私でも越村でもないはずだし……、数珠里さんはやっぱり、不思議な人だった。
「――とまあ、こんな感じのおふざけでシリアスは吹き飛んだかな? 涼綺ちゃん?」
「……ええ、まあ。随分と気持ち的には話しやすくはなりましたけど――」
「うん、良かった良かった――」
と、数珠里さんは言うけれど、ここは緊張感を持って話をした方がいいのでは? と個人的にはすごく思う。私と越村は、隠していた、という控えめなことだった、とは言え、みんなを騙していることに違いはないのだから。
それでも数珠里さんは、シリアスは嫌いなのか――、
「いいよ、話して。警察が抱えている、そして涼綺ちゃんたちが抱えている重くて暗い事情は、明るく話すくらいがちょうど良いんだから――さ」
と、自然なくらい明るく言った。
数珠里さん自身も、重くならないように空気を調節している――上手いこと、停滞しないように循環させている。
数珠里さんの手法――いや話運びは、私たちよりも圧倒的に、上位のものだった。
私も越村も警察官ではあるものの、まだ成人はしていない――完全な大人ではない。それに比べて、数珠里さんはもう大人である――そこの違い、経験値が多いか少ないか、そこが空気感の支配に繋がっている。
「…………」
私が沈黙している間も、数珠里さんはしっかりと待ってくれている――まあ、これ以上、気になったところにいちいち引っ掛かっているというのも、全然、話が本題に入らない……。
なので、
「じゃあ、とりあえず――」
――二年前、売れないまま、芸能界の地下世界で活動していたアイドルが、一人の男に殺害された、というのは知っていますか? と私は数珠里さんに問う。
数珠里さんはさすがにそれだけでは分からなかったのか、それともそれだけでは特定ができず、探せばそんな事例などいくらでもありそうではないのか、と思ったのか、頷きはしなかった――けれども、首を左右に振ることもなかった。
心当たりはあるけれど、私が言っていることが自分が思うそれだとは確信が持てなかったのだろう。なら、もう少し踏み込んでみればいいだろう。
「殺された売れないアイドルは――
アイドルを辞めたその日の真夜中に、殺されました。家に帰る途中だったらしいです。狭い路地に入ったところを、狙われたのでしょう。
犯人に計画性があったのかどうかは、微妙なところですが、目撃者がいたらしくてですね――案外、その路地ってのは、見えやすいんですよ、周りから。
だからばれてしまった。その後、検査して分かったことなんですが、見た目は、これは検査しなくとも分かりやすかったのですが、死体に傷はなく……、検査で分かったのは、こっちですね、彼女は薬で殺されていました――綺麗な死体で、まるで、高い評価を受けた作品を扱うような殺し方でした」
「おい、御鈴木――本題はそこじゃねえだろ」
「……うん、そうだね、ごめん。ごめんなさい――数珠里さん。
これは関係ある話ですけれど、少し、踏み込み過ぎました」
「え、ええ――全然、大丈夫大丈夫っ!」
無理やり元気に明るく振る舞っている数珠里さんだけれど、やっぱり私のいきなりの告白に、どん引きしていることは分かった。
私の悪いところである。順番を辿る時に、適度に増幅していかない。ゼロからマックスくらいの、急な増幅しかできないのは、直さないといけないところだ。
こほん、とわざとしらしく私は咳払いをして――、
「それでですね、絵面木女々は、そういった経緯……ざっと説明したくらいですけど、そんなわけで、殺されました。これが二年前の話です。
そして犯人の話なんですが、その殺人犯は、
数珠里さんは悩んだ末に、……いえ、とまぶたを下ろした。
ちなみに私が『らしい』と表現したのは、当然、私も実際に見たわけではないからだ。二年前と言えば、私は高校二年生である。
テレビのニュースにがっつりと興味があるわけではない。だから今回の事件のために、事前情報として教えられたに過ぎない。
他人から聞いた話をそのまま数珠里さんに説明しているだけで、だから少し、私の方も不安になってしまう。合っているのか、どうか――記憶は、あまり良い方ではないからだ。
まあ、違っていれば越村が口を挟むだろうし――だって彼だって聞いているはずだ。違和感くらいは抱いてもいいはずだろう――。けれども現時点で口を挟んでこないということは、つまり合っているということで、しかしそれは、越村が情報をきちんと全てを覚えていて、私の話と答え合わせをしている場合、という条件下での話だけれど。
ちらりと見ると、越村はあくびをしていた――全然、私たちに興味なしだった。
うん――知っていたから、予想はしていたからダメージなんて皆無だけれど。
視線を数珠里さんに戻して、
「佐々鎌渡泥――彼は今日、一時的に外出しているんですよ。もちろん、殺人犯を野放しにするわけないですから、保険は数え切れないほどにかけています。見えない拘束を彼にはつけていますから安心していてください。
でまあ、ここまで言ってしまえば分かると思うんですが、その殺人犯が、今、この船に乗っています――しかもこのEブロックに。まだ部屋からは出ていないようですけど――彼自身も、身分を分かっていますからね、あまり大胆には動かないのでしょう」
「……一時的でもなんでも、まず殺人犯を外出させることに危険を感じるねー、涼綺ちゃんのところの警察は」
「そこはよく分かりませんけれど、佐々鎌が、どうしてもと言ったらしいんです。今日、この船に乗ることに、なにか意味でもあったんでしょうか……?」
当然、私の疑問に、数珠里さんは答えてはくれず――、
攻撃的ではないにしても、少し言葉は強かった。
「――知らないわよ、そんなの」
「――はは、ですよね。……で、ここで少し問題があるんですよ。いや、今の佐々鎌ならばきっと、上の人たちが心配していることなんて、起きるはずはないと思うんですけど、やっぱり、大人の事情ってやつですかね……なにも対応しないのはまずいって感じで――、だから私たちが送られてきたんです」
私の話し方が悪いのか、数珠里さんはしっくりきていないかのように首を傾げる――頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。分かりやすく、足らない言葉を足しながら、
「えっと――とにかくこの船には佐々鎌渡泥が乗っているんです。そして同時に、この船のEブロック……、つまり私たちと同じグループに、現在、売れてはいませんけれど、姉の意思を継いでアイドル活動をしている、
さっきの、スマホを片手でいじっていた少女が――彼女が、絵面木嬉々である。
私は数珠里さんに問う――、
「これ、どういう危険性があると思います?」
「……繰り返される――殺人の可能性。過去に殺した女の妹……、憎しみから生まれる殺意が彼女に向いてもおかしくはない……」
数珠里さんの答えに、そうです、と私は返す。
「いえ、でも、さすがにしないでしょうよ――いくら前科があるからって、今は外出中だし……捕まって、今よりも酷い立場になることは分かっているんだから」
「私だってそう思いますけど――上の人たちは、絶対にやるって、決めつけるんですもん」
「……まあ、信用はできないでしょうね――殺人犯のことなんて」
数珠里さんが、はあ、と溜息。
「なるほどね――そういうことか。
それで涼綺ちゃんと越村くんが送られてきた、と――。絵面木嬉々ちゃんを、あの子を、佐々鎌渡泥という殺人犯から守れと、そういう事態になっているわけか」
「はい……。本当は、警察だとばれたくはなかったんです――佐々鎌のことを刺激してしまうかもしれないですし、嬉々さんのことも、不安にさせてしまいますから……。
彼女はどうやら、佐々鎌に気づいていたようですけど。それに、私もばれてしまいました――状況は、思っているよりも深刻になりつつあるのかもしれないです」
ですから尚更、数珠里さんには話したくなかったんです――、
だって巻き込んでしまいますから、と言うと、
「水臭いよ、涼綺ちゃん」
と数珠里さんは、前から私に抱き着いた。
ぎゅっと、温もりが感じられる――そして彼女は私の後頭部を優しく撫でながら、
「他の人にはさすがに言わない方がいいわよね――いのりんとか、状況に恐怖して、倒れそうだし。みらいんは、面白がりそうだし。えつらっきーが佐々鎌に気づいているということは、あのマネージャーくんも気づいているわよね――きっと」
「たぶん――そうですね」
いや、でも、自力で気づいている可能性は――いや、やっぱり分からないな。彼に関しての情報は、まったくと言っていいほどにないから、どうにも予測がつけづらい。
彼女がマネージャーに、『姉を殺した男』がいる、なんて、報告するだろうか? 普通は報告してもおかしくはないだろうけど、あの子は、なんだか、隠していそうな気がする。
自分一人で、抱えていそうな気がする。
守ってあげないと自滅するタイプの女の子だ――、自身が持つ強さに押し潰されてしまうタイプ。いつもいつも自分の強過ぎる牙で体を傷つけてしまう、防御力がゼロの彼女。
警察官である私たちが、彼女を守らなければいけないのだ――。
「ですから――あの、数珠里さん……今の話は――」
「そうね、言いふらしたりはしないわ。すれば騒ぎが大きくなるだけだしねー」
「……それと、勝手に動かないでください。後は、私たちでやりますから」
「うん? ちょろっとー? 私が事情を聞いた意味がなくない? そういう事情が分かっていれば、私は手伝える、と言っているんだよ?」
「でも、数珠里さんのことを――」
「私を、信用できないと?」
「いえ、そういうわけでは――」
「ならいいじゃん。大丈夫よ、勝手なことはしない。私も人殺しがこの船の中で起こるのは嫌だしー。それに、えつらっきーが犠牲になるのは嫌だからね」
「…………そうですね」
これ以上、言葉で止めても、きっと数珠里さんは引かないだろう。
逆に、勝手に許可なく暴走するように、前進してくるはずである。
だったら――ここは一緒に行動して、制御下に置いていた方が危険は少ない。
数珠里さんにしても嬉々さんにしても私にしても――みんなのためにも。
疲れた私は溜息を吐く――すると、ぼそりと、越村の声が不幸にも届いてくる。
「――まあ、こうなるよな。
ああいう行動力がある女は、誰でもこういう結果になるんだからよ」
それはまるで、今まで見たことがあるような言い方だった。
数珠里さんの前例を見たことがあると言っているような感じだった。
分かっていたなら言ってくれればいいのに――いや、期待しない方がいいか。
だって越村なのだから。彼は私の疲れた様子を見て、心の中で笑っているのだろう。
「……ほんと、えつらっきー、じゃないよ……」
あの子の持ちギャグというか決め台詞というか――それがなんだか、忌々しかった。
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