第11話 和解中

「……ごちそうさまでした」

 キッチンから戻ってきた私は、彼女がそう言ってティーカップを置くところをちょうど見届けた。言葉も最初から最後まで聞き逃さずに聞くことができた。

 ……私が来たからこそ、彼女はそう口に出したのだとは、思うけど。


「終わったの?」

「うん……。行方野さん、力、強過ぎ……」

「体操選手なら、そうでしょうね」

 彼女はさらりと簡単に軽く言ってくる……体験しておらず、見てもいないからそんな無責任なことが言えるんだ、と文句を言いたくなった。


 実際に行方野さんを止めようとしたならば、越村以上に屈強な男がいないと厳しいと思う。今だって、止められたのは駿河さんが半泣きになったからであって、これを駿河さんのおかげと言っていいものか、分からないけれど、まあ、駿河さんのおかげなのだろう。

 少なくとも私でも数珠里さんでもない。数珠里さんは最後まで喧嘩腰だったし。


「ごめんっていのりん。もう喧嘩しない――ほら、握手してるだろ?」


「そうそう、大丈夫だってばー、いのりん。

 ほんとにほんとにもう喧嘩しないから――ね? 泣かないで」


 行方野さんと数珠里さんは見て分かるほどに作り笑いをして、互いに握手をしている。

 さすがにやってはいないだろうけど、握手している手、互いにもの凄い力を加えていそうな気がする……、本当にやっていれば、数珠里さんが悲鳴を上げているだろうから、していないのだろうけど。


 二人の言い分を聞いて、うん、と駿河さんは頷いた。……年上の人が泣いているのを見ると、性格のことを知ってはいても、やっぱり引く……。

 極力、顔に出さないようにするし、言葉に出すなんて絶対にしないようにするけれども。


「ほんっと、いい大人が泣くなんて、ダサいわよ――」

 と、遠慮なく、ティーカップを駿河さんに突き出しながら、彼女が言う。

「こんなことで泣いていたら、本当に泣きたい時に泣けなくなるわよ――涙腺、枯渇しても知らないんだから」


「だ、だってぇ……」

 震える声で、駿河さん。


「二人が、喧嘩して……、

 このまま、一生、元に戻れない関係になっちゃうかもって、考えると――」


「そんなのどうにもでもなるっての。人間関係、そんな簡単に悪い方向にはいかないわ。どれだけ反発し合っていても、なにかのきっかけでくっつくことはあるんだから。涙は取っておきなさいよ――そうね、あんただったら……悔しい時まで、涙は残しておけば? 悲しくて泣くのは、一生で一度で充分よ。……状況は、自分で考えることね」


 ふん、と言って突き出したティーカップを、駿河さんの胸に押し付ける。

「さっきの紅茶の方が、美味しかった。この紅茶、なんだか苦かった」

「にがっ……!? そ、そんな、なにも変なことしていないのに――」

 完璧に作ったはずの料理があまり美味しくない(そこまではっきりとは言ってはいなかったけれど)と言われて、ショックだったのか、駿河さんは膝を折って地面へ手を着いた。


 駿河さんは膝立ちの状態で――、

「…………悔しい」

「こんなところで伏線回収しないでね」

 彼女同様、さすがに早過ぎる、とは私も思う。まあそこはさすがに――というか、分かっていなかったのか、集中し過ぎて周りを見ていないのか、駿河さんは泣くことはなく、それについてなにかを言うことはなく、すぐにキッチンへ向かってしまった。

 ……悔しさをバネにして、駿河さんは料理人として、立ち上がった、というわけだった。


「……なによ、強いじゃん――」

 それにしても彼女、ここにいる最年長組よりも、全然、大人っぽくないだろうか。どこかの誰かさんたちみたいに、ミルクティー作りで喧嘩なんてしないだろう――絶対に。


 駿河さんがこの場から離れても、数珠里さんと行方野さんは、握手をしたままだった。

 単に気づいていないのか、それともそこまで本当に仲良くなったのか――前者だった。


「……言っておくけど、まだ許してないからな」

「それは私も同じよ」

 睨み合いながら視線をぶつけ、ばちばちとさせている二人。……せっかく仲直りさせてくれた駿河さんには悪いけれど、これはこれでちょうど良いのではないだろうか。この二人が組んでしまうと、厄介で面倒くさいことになるだろうし――主に、私へのいじりが。


 とりあえず、ちょいちょい、と言った具合に軽く、真剣ではなくテキトーに止めながら、気になったことを聞いてみた。

「二人は、もしかして昔からの知り合いだったんですか?」

『いや全然。さっき初めて出会った』

 完璧に同時だった。出会ったのがさっきで、もう息が合っている。

 相性が良いのだろう、二人は。やっぱり喧嘩するほど、仲が良い――のか。


「……喧嘩は、もういいです――後で好きなだけしてください。駿河さんがいない所で、ですけど。とりあえず今は、できたミルクティーでも飲みましょう?」


 私の提案に、さっきから今までずっと喧嘩をしっぱなしだった二人は――、「まあ、うん」と言って、納得していない感じでも渋々と言った感じで、無理やりに納得し、席に着いた。

 そしてミルクティーを飲む。

 これまた同時に、美味しい、と同じ感想を漏らして、気づけば二人は、もう仲直りをしていた。今は楽しく二人でお喋りしている。


 ――早くない? という直感的な感想は捨て置いた。

 それをいま言うのは明らかに空気が読めていない。

 それは彼女も感じたようで、

「……わたしたちも、飲む?」


 振り上げた感情を心に戻しながら、

「――そうですね」と、私は頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る