第3話 半人前の二人

 現時刻は朝の九時二十五分……になるかどうかのところ。

 廊下の壁にかけてある時計を見てそう判断した。腕時計はこの船に乗る際にはずしてしまった――ついでにスマホも。

 船の中では電波は届かない――だから持っている意味はないと判断したのだ。腕時計は、なんとなく――、私たちよりも早く乗り込んだ人たちがみんな、腕時計をはずしていたから流れではずしただけなのだった。

 まあ、部屋にも今のように廊下にも、きちんと時計は設置されているので、時間に困ることはないのだけれど。


 説明が遅れたが、私は今、船の中にいる――豪華客船ほど大きく豪華ではないけれど、小型ボード程度に小さいわけでもない。

 旅客船かな。クルーズ船である。簡単に言えば、沈没船(いやいや不謹慎)、タイタニック号の三分の一くらいの大きさで、中は三階層に分かれている。

 一階、二階、三階――私たちのグループは三階に集まっており、ここは『Eブロック』と呼ばれているらしい。ちなみに三階層は、隣にFブロックもある。

 ……案内された部屋も個室で、のんびりとしながら観光ができるというわけである。

 そう――私たちは観光をしに来たのだ。


 港から離れた客船は海を進み、先にある島を一周し、港に戻ってくる――、ただそれだけのことなのだけれど、これで六時間コースである。

 道中、色々とサービスがあるようだから、そういう時間も考えての設定なのだろう。景色を見る、自然との触れ合い――休みの日の気分転換には良いかもしれない、効果は抜群に言いだろう……けれど、残念なことに私は現在、仕事中なのであった。それは越村も、同じく。


 なぜか越村と同じ部屋だったのは――萎える要素だった。仕事だということでただでさえ最初から萎えているというのに、これに加えて越村までいるというのは、しかも同じ部屋だというのは、休まる場所がないではないか。

 これはあれだろうか――私を、精神面から潰そうというどこかからの圧力だろうか。


 圧力ならば、もうかかっているのだけれど。

 ここに私がいるのは仕事の関係である――では、その仕事とは? という話になる。私がつい最近、就職した場所は、地団駄じだんだ警察署――そう、学生の時はなぜか、悪い事をしていないのに、理由もなく避けるように恐れてしまっていた、あの警察である。

 その中枢である。


 どうして警察官になりたかったのか、それを語ろうとすれば長くなりそうなので、省いて結論を出せば――とは言え簡単に、一言で言ってしまえるのだけれど、つまり、なんとなく、だった……のかもしれない。

 やりたいことも特になく――けれども人を放っておけない性格から、普段から色々と、色々な人に世話を焼いていた。そこに、私の明確な意思はなく、本能のように駆り出されてやっていたことだと今になってみれば、そう思う。

 だから今までの延長線上なのだろうと、就職もそこに決めたのである。


 大変さなど考えず――目的がないままに、目的を見つけたいがために選んだ職場が、ここなのだ。後悔はないけれど不安はある――本当に良かったのだろうか、と。こんな中途半端な私が、全国民を守る組織にいていいのか、と今更ながら、考えてしまうのだ。


 まあ、警察側もそういう中途半端な人間を選ぶためのシステムを考えていたようで――さすがに面接だけでは分からないのだろう……人間、偽ることが得意なのだから――採用してもそれは仮採用でしかなく、入社して仮採用期間、一ヶ月……、そこで結果を出せなければ、仮採用は取り消しにされる。つまりは、せっかく就職先を見つけたのに、一気に無職になるわけである。


 それは私からすれば、いや私でなくともされたくはない評価である。

 けれどもそうなってしまった場合、他の部署――警察官ではなく、内部の雑用から地位を上げることもできるけれど、私は雑用方面での手際の悪さは一際目立つので、そっち方面で頑張ることはできそうにはなかった。だからこの期限一ヶ月で、指示されたポイント――、一〇〇〇ポイントを、蓄えなければいけなかった。


 ……事件解決、捜査協力、貢献した度合によってポイントが加算され、一〇〇〇ポイントに到達すれば本採用になる。

 正式に、警察官になれるというわけだ(最低限、学校で過ごす期間もあるが)。それは現在、私たちは正式な警察官ではないことを意味していることになる――。だからあまり無茶はできないわけだ。貢献が加算ポイントになるのだから、迷惑は減算ポイントになる。

 自分の力を見極めろ、ということでもあるのだろう。


 そして、現在、私のポイントは、五〇〇を少し越えたところである――期限は、残り一週間、ないくらい。正直なところ、焦っている――今日の仕事を達成したところで大きな加算にならないかもしれない……その方が高いだろう。

 越村も、まだ私と同じくらいだったと思う。なんだか毎回一緒にいるけれど、なんであいつは私と同じく小さな仕事しか受けないのだろうか……。

 ああ、楽をしているのか――。

 私と似ているんだなと気づいた。ものすごく嫌な共通点だった。

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