第43話 オトコのコ

「やめといた方がいいわよ、今は」


 今は、と少女は言ったが、正確には残り二十七日間は、動かない方がいい。


 目立たないようにしていれば、食糧集めなど、苦労する事もないだろう。

 森の中は生きるための基盤が整っているためだ。


 しかしそれを知らない弥は、聞くしかない。

 彼女の意見も無下にはできないし、ここで止まる事もできないのだから。


「やめといた方がいいって……どうして?」


「ここだけじゃなくて、森を抜けた先も、山も荒野も、戦場になってるから」


 戦場ね、と弥が呟く。

 戦争でもしているのだろうか、と予想したが、似たようなものである。

 少女たちによる選抜試験だが、少々過激で、殺伐としているだけだ。


 だとすれば、この森が妙に静か過ぎる気もするが、試験が始まってまだ三日目であれば、手を出さずに潜伏している者が多いのだろう。

 しかしこれが、日数が経っていくと、戦いは激しくなる。


 人影に敏感になっている今、弥が出歩くのは危険だし、かと言って、激しくなった戦いの渦中に出歩くのも、分かりやすく危険だ。


 つまり試験終了まで隠れているのが安全である、と答えが出るわけだが、自分の身だけを考えていれば納得できた。


 弥が少女から聞いた現状を、クラスのみんなは知らない。

 簡単な話、知らずに出歩いた者は、弥が避けた危険を被る事になる。


「忠告してくれたのに悪いけど、僕はいくよ。友達を見捨てられないからさ」

「……そう」


 少女は無意識に歯をぎりり、と噛みしめていた。

 どんな葛藤があるのかは知らないが、たぶん、弥のために悩んでくれている。

 だから悪い子じゃないんだろうな、とは最初から思っていたのが、いま確信に繋がった。


 きっと彼女にもやるべき事があり、望みがある。

 弥の手伝いをしている場合ではない。


 そこまでは語ってくれなかったが、きっとそうに違いない。

 だから思わず、だった。

 弥の左手が彼女の頭にぽんっ、と乗る。

 まるで妹にするような仕草で、頭を撫で、


「ありがとう。僕は大丈夫だから、君も頑張って」


「…………それがムカつく」


 彼女がぼそり、と言った。

 彼女が抱いたのは、下に見られた屈辱だった。


 同じくらいの年のくせに、大人びて見せて、自分は全部を見ていて最善の手を選べるんですよとでも言いたげな余裕を持っていて。

 人を子供扱いして手の平で転がそうとする――、

 それがムカついて、大声で叫びたいくらいのイライラを溜めてしまっていた。


 勢いで言ってしまったようなものだが、彼女に後悔はなかった。


 ようは弥の困った顔が見たいがために、

 ちょっとした反抗をするために、少女……――プリムムが宣言する。


「いいわ、やってあげる。

 意地でも、あんたをこの惑星から脱出させるわっ!」


 ……そんなわけで。

 最も素直じゃない、似た者コンビの脱出劇が始まるのだった。


 ―― ――


 骨折している右腕は大木に巻かれていたツタを使い、首で支えている。

 落ちていた真っ直ぐな木の枝を使い、添え木として当てる。

 そう教えてくれたのはプリムムだった。


 現在、彼女が先行する形で森の中を歩いていた。

 木々の間隔が広いので、見通しがいい。

 が、森を抜けた先はまだまだ見えてこない。


 とりあえず森を抜けようとしている。

 なぜなら宇宙船が墜落した痕跡がない以上、ここにいても仕方ない。

 抜けた先の山や荒野の中を探す必要が出てくる。


「地球、ね」


 プリムムが声に出した。

 二人は道中で互いのプロフィールを簡単に交換している。


 弥が地球人である事、修学旅行の最中に事故に遭って、不時着しようとして外に放り出されてしまった、とプリムムは知っている。

 しかし地球という名には覚えがないようだった。


 彼女の背中に問いかける。


「じゃあ、火星は知ってる?」

「……聞いた事ないけど」


 …………、と弥は返事に困った。

 自分の常識を人に押し付ける気はないが、

 そうは言っても知っておくべきものではあると思うが。


 それに、教えてもらわなくとも日常的に聞く単語である気もする。

 惑星間の交流が盛んなこの時代、

 簡単に旅行に行けてしまうのだ、知る機会は何度もあるだろう。


「外の事なんて知らないわよ。出た事ないし、出る予定もないんだから」

「責めてるわけじゃないって。確かに知らなくても支障はないかな……」


 会話がスムーズに進まない、というのは弥の気遣い次第でどうとでもできる。

 幸い、外の事を知らないだけで、他の常識が欠如しているわけではなかった。

 骨折した時の対応などは、弥でも知らなかったのだからお互い様だろう。


「……やっぱり、知らないのはおかしいのかな……」


 弥に聞かせるつもりのない呟きだった。

 互いにプロフィールを交換したので、弥もプリムムの事をいくつか知ったのだ。


 彼女は【アーマーズ】と呼ばれる生命体、なのだと言う。

 人間とは違い、女性しか存在しない。

 彼女が弥を女の子と誤解したのは、単に男の子を見た事がなかったためだ。

 女顔に見られる事が多いとは言え、きっとそれは関係ない。

 弥の友人に筋肉質の不良生徒がいるのだが、

 彼を見てもきっとプリムムは、女性だと信じていただろう。


 男の子を知らない。

 それだけで彼女たちは閉鎖的なのだろうと予想ができた。


「知らないのがおかしいとは思わないよ」


 聞かれていた事に驚き、びくっと肩を大きく揺らして、プリムムが振り向いた。


「答えがあるのが分かっていながら、知ろうとしないのはおかしいと思うけどね」


 弥はプリムムの事を言ったわけではない。

 だって彼女は知ろうとしている。世間話だが、道中、地球の事を何度も質問された。

 探求心が彼女にはあるのだ。

 地球の事であればいくらでも教える事ができる。


 ただ、実際のところ、彼女は迂回しているに過ぎない。


 プリムムが弥に同行しているのは反発心もあるが、単純な興味でもある。


 オトコのコを、知りたかったからである――。

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