第36話 ドリュー&ホークvsアメンボ兵器
逃げるために進んで行く、メイビーが乗り込んでいる戦車を見送ることなく、ホークは、目の前へ歩いて進んで行く。
ぎぎぎ、という音がさっきから途切れることなく続いていた。
ドリューがナスカの乗るアメンボを、その場で抑えつけている音である――、しかしそれも、もう長くは続かない。メイビーを絶望的で無気力な状態から復活させて、今のように一人で先に進ませるのも、この攻防を見る限り、時間はぎりぎりだったようだ。
もしも、もう少しメイビーの復活が遅ければ、アメンボは動き出し、自分達を含めて、メイビーも、アメンボのその足に踏み潰されていただろう。
だから心の底から安堵の息を吐いて――、すると、ぷちん、という軽く見られてしまうような、だが実際は重く鈍い、糸が切れる音が、ホークの耳に入ってくる。
糸が千切れたことによって踏ん張っていたドリューは、自分自身でかけていた力を制御できずに、勢い良く真後ろに倒れる。
がん、と頭を打った音が聞こえ、彼は両手で頭を押さえて、ごろごろと左右に転がっていた。
「なにをしている……、ドリュー」
「いててて――、ん? ああ、ホークか。って、なにをしている、じゃないよ。
遅い。君が遅いせいで、おいらの腕がぱんぱんだ」
「随分と余裕があるじゃないか――」
冗談めかしてホークが言う。ドリューも、随分と余裕があるのは自分自身でも分かっていたらしく、まあね、と返した。
「なんだか必死な様子で文句を言われたから、腕の一本や二本、根こそぎ千切られたのかと思ったが……」
「なにその残酷的描写。もしもそうならもう少し焦ってるよ。叫ぶことはないけどね、じたばたと暴れてると思うよ」
それはそれで、さっきの状態と変わらないのではないか、という言葉は出さずに胸にしまっておくホークだった。
「で、お姫様は……、どうやら逃がすことはできたみたいだね」
「ああ――ただ、一時的に逃がしただけに過ぎない。
ここで俺達が、あの、人の心に染みついて信頼を得てから容赦なく自分の都合のままに親密を叩き殺すあいつに負ければ当然、姫様の危険もさっきとと同じく逃がせていない時と変わらない。姫様の安全のために、一番大事な条件は、俺達が負けないことだ」
「…………沈めるか?」
「沈めないと俺達は姫様の元へは戻れない」
ドリューの問いかけに、躊躇いなくホークは返す。
沈める、という緩和させた言葉を使ったものの、結局、言っていることは相手を殺すかどうかの話である。ドリューがあいつ――、つまりは姫様の母親代わり役を務めていた男・ナスカのことを殺すのか、と問いかけて、ホークが迷いなく、殺す、と答えたのだった。
敵である、ナスカ・ワームアームは今、殺人兵器に乗り込んで、彼は圧倒的な鉄の防御装甲に守られているわけである。ただの人間であり、マシンを失っている彼らに、ナスカを攻撃して、ダメージを与えられるのかどうかと問われたら――、詳しい知識があってもなくとも、答えは変わらずやはり見た目的な問題で、無理だろう。
ホークに武器はなく、ドリューの持つミクロン糸線――、糸を出すグローブが両手……二つしかない。それも扱いが難しく、ドリューのように鍛え抜かれた技術と経験が無ければ、上手く扱うことは難しいだろう。武器に振り回されることだってあるかもしれない。
アメンボを倒すことを目的としているのならば、そういう、自爆するかもしれない可能性は削りに削るべきで、一パーセントでも、可能性があるのならばやらない方が良い――。
だがそれでも、ドリューは、自爆するかもしれないと思っていないのではなく、自爆するかもしれない、きっとそうなるだろう――そう思っていても、彼は自分の手にはめているグローブを一つ、左手側のグローブを、ホークに投げつけた。
「……? これは――」
「ミクロン糸線だよ」
あとは分かるだろう? と、ドリューが、説明になっていない説明をしたところで、ホークはドリューの意図を見つけ出した。
ドリューは武器を持っていて、ホークは持っていない――ホークの不利は目に見えていて、足手纏いになることも同様だった。
だとしてもホークは、自分にしかできない事を、彼自身、見つけ出して実行するつもりでいたが――やはり、そうなるとドリューの負担が大きなってしまう。分かっていたことだ。
ホークがそれを言えば、ドリューにもプライドがあるだろう――、ホークに心配をされていることに屈辱を感じ、意地になって、それくらいできる! と、自分の思うままに、自分だけの力で、アメンボを倒すために行動するだろう。
それは、決定的な決裂が生まれてしまうことになる。
その光景が浮かび、だから上手く言い出せなかったのだが、
ドリューはホークが思っているよりも、大人だった。
周りをきちんと見ていた。
ホークが武器を持っているのはドリューだけで、ドリューへの負担が大きくなってしまうと考えているのとまったく同じことを、ドリューも気づいて、分かっていた。
ホークが言い出せないことも、気づいてた。
だから彼はミクロン糸線のグローブを投げつけたのだった。負担が片方に偏って大きくなってしまうのだったら、もう片方にも背負わせればいい――、自爆するかもしれない可能性を考えていても、片方だけに負担がかかるよりも、自爆の危険を考えていても、たとえ初心者がミクロン糸線を扱うのだとしても、二人でアメンボを倒すのが一番、良いと思ったのだ。
「良いのか、お前の武器を――【ドリュー】の武器を【ホーク】の俺が使って」
「別に構わないよ……もう、君を殺そうだなんて考えていない」
ドリューはグローブをはめた方の手を動かし、調子を確かめる。
「これは嘘で、隙があれば君を殺すかもしれない……そう疑うのならば、そうすればいい――、
でも、先に言っておくが、おいらは君に刺されたとしても、おいらから君のことは刺さない」
「……いきなりの改心だが、どうした?
ここまで心変わりをされると、逆に不気味なんだが――」
「人の顔を窺うだけで気持ちが分かるわけではないけどね、それでも、分かるものは分かるんだよ――長年、付き合った相手よりも、ここ数日一緒にいた相手の方が、時には気持ちが分かることがある。間違いない本心、そのままの気持ちが、頭に流れ込んでくるようにね――」
くすり、と戦闘中にもかかわらず、ドリューが笑う……、
それから、たとえば、と指を伸ばして、
「――お姫様に、君――そう君達二人の気持ちは、分かってしまうんだよ」
ホークはただただ、ドリューを見つめる。
彼も、ドリューと同じ気持ちだった。
分かってしまうからこそ、
ここで敵対することも、これから敵対することも、ドリューにもホークにも、できなかった。
殺し合うことも、一方的に殺すこともできなくなった。
好いてしまった人の願望を、無下にはできないのだから――。
「お姫様はおいらたち二人のどちらかが欠けることを望んでいない――二人揃っていなければ、お姫様は満足しないし、これはもしかしたら言い過ぎかもしれないけど、きっとこれからの幸せだって、望まないだろう。
そして、君もおいらも同じ気持ちだろうことは、君だって分かるんじゃないか?
おいらと君の考えは同じだ――だから、遠慮なく言うが、お姫様のその願いを、壊すことはしたくないだろう? ――好いてしまった女の子の悲しむ顔を、見たくはないんじゃないか?」
「…………別に」
「好きじゃないとか、恋愛感情で見ていない、なんてのはどうでもいいことだ――そんなものは後で付け足せばいい。ここで大事なのは、お姫様の事を大事に思っているかどうかの二択だ。
……おいらは、想っている。
気持ちで理解していなくとも、あの時、体が動いてしまった――
おいらはどうやら、あのお姫様に惚れてしまったらしい。だからお姫様のために、君は殺さない。……一人で寂しく悲しみに俯かされているお姫様を助けたい――、
このレースに、優勝させたい」
すう、と、一呼吸してから、
『それは【ドリュー】も【ホーク】も関係なく、だ』
二人の言葉が重なる。
ドリューの気持ちに、考えに、行動に、ホークも同調した。
元々、同じ気持ちで、ホークはドリューよりも遅く、意思を表明しただけである。
気持ちではホークもドリューも、大差はない。
「確かに、お前と気持ちは似ているな。
それに、相手の気持ちが分かるのは、俺も同じだ。同じ気持ちだからこそ、かもな――表情だけで読めてしまうのは、さ。
だが一つだけ言っておくが、付け足しておくが、恋愛感情での好きではない。
ただ単純な、仕えるならあのお姫様が良いという、服従の【好き】だ」
「それはそれで、恋愛感情よりも重い気はするけど――まあ、想いに重いも軽いもあるようでないようなものだからね。好きという気持ちは、様々な顔を持つけど、結局は一つだけなんだ。
それだけを、その二文字だけを心に秘めておけば、それでいい――、
それだけあればなんでもできる」
そう――、とホークが視線を上げた。
今にも動いて、その足で踏み潰して来そうな――いや、実際、今まさに足を上げてドリューとホークを踏み潰しに来ているアメンボへ視線を向けて、ドリューが呟く。
「なんでも――、このアメンボを倒すことだってできるんだから」
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