第37話 姫様と騎士同盟
ひたすら一本の道を進んで行き、メイビーは元の位置――、
この迷宮監獄に入ってからまず最初に辿り着いた、大広間へやって来ていた。
体感で長い時間をかけてここまで上ってきて、しかし、まだスタート地点である。
ここから、目の前に見える螺旋状になっている道を進んで、すぐに迷宮が開始されることを考えると、うんざりしてしまう。
だが、ここを越えることができなければ、優勝などできないし、第四の島にも行けない。
メイビーには優勝しなければいけない理由があり、だから、諦めることはできないのだが――だがそれでも、この迷宮に、この迷宮の地下には心残りがある。
未練がある。
自分の世話係であったナスカ・ワームアームがなぜ、自分を裏切るようなことをしたのか、彼の口からまだ、理由を聞いていない。
どうして――どうしてなのか。
別に自分自身、納得できなくとも良い……ただ、彼の考えを聞いておきたかった。
そして――それだけではない。
あの二人。
ドリューとホーク。彼らをあそこに残して来てしまったことが、最大の未練だった。ここまで来たのはホークの意思であり、ならば、ドリューの意思でもある。彼らのことを考えれば、彼らの気持ちを考えれば、今のメイビーの選択は正しく、彼らのためになっている。
しかし――自分はどうだろう。
メイビー・ストラヘッジのためになっているのか。
地下に未練を残してしまっている時点で、メイビーがしたいことではないのではないか――この行動は、メイビーの意思に反することではないのだろうか。
もしも地下に、未だメイビーがいれば、あのアメンボを倒そうにも、二人の邪魔になってしまうとメイビー自身もそう考えている。
彼らのためを思って――、
何度も何度もそう言い聞かせて、しかし、それでも、もう限界だった。
この気持ちは。
イライラするこの気持ちは。
今すぐ彼らの元に戻りたい気持ちは。
もう、がまんできない気持ちである。
言ってしまえば、究極的に言ってしまえば、最大問題であるナスカ・ワームアームの裏切りなど、彼女の中ではもう、どうでも良くなってしまっている。
確かに、彼は絶対に裏切らない、そういう確信が彼女の中にはあった。だけど、他にもそういう人物の存在はいて、ナスカと同じように絶対に裏切らないという確信もあった――でも結果、裏切られた。裏切られ過ぎて、慣れている――、
慣れてしまってはいけないことだけど、しかし慣れてしまっている。だからショックは最初だけで、今になってしまえば、ショックもなにも、吹き飛んでしまっている。
「あの二人が、この迷宮を抜けて、私に追いつくことができるとは思えない……」
メイビーがぼそりと言う――、このセリフは、相手に信用と信頼がないように聞こえてしまうが、ただの心配のし過ぎで、出てしまった決めつけである。
そこからさらに、メイビーは、あのアメンボに勝つことができずに負けて、あの二人がもう帰らぬ人になってしまうという嫌なイメージを思い浮かべてしまい、気づけば、体が動いていた。
ネガティブなことを言ってしまえば、勝手に自分とは別のところで死んでしまうくらいならば、自分の近くで死んでほしいと、思ってしまっている。
勝つことの放棄を選択してしまっているメイビーは、あの二人と一緒にいたいからこそ、自分が危険になることも、彼らの邪魔になってしまうことも、彼らの望まない結果になってしまうことも構わずに、再び大広間に広がっている穴へ、飛び込んだ。
メイビーを乗せた戦車が落下する。
その砲口を、真下に向けながら。
―― ――
ミクロン糸線を扱うのは予想通りに難しかった――、
基本的な扱いとして、まず最初に挙げるのが移動方法……糸の先端を壁に突き刺し、勢い良く巻くことで、グローブの指先へ戻すことで、引っ掛けた壁へ体を持っていく。
ドリューが好んでよく使う技術であり、ミクロン糸線の中で、基礎中の基礎という位置にあるものである。
見よう見まねで、アドバイスをもらうことなく、ホークは、ドリューの動きを頭の中でイメージし、少し自分なりに扱いやすい方法でアレンジしながらも、できるだけドリューの動きに近づけながら扱ってみた。
確かに難しい――、バランスが上手く取れずに体がぶれてしまい、空中で逆さま状態になってしまったり、壁に思い切り激突――。叩きつけられる、ということはないが、それでも足を変な方向に曲げたまま突撃してしまったりした。
が、恐らくホーク自身は、特になにも思うことはないだろうが、しかし、ドリューにとっては、自分の今までの努力を馬鹿にされたような気分だった。
「……おいらはあそこまでできるようになるのに、半年もかかったぞ……っ」
半年――、それでも充分に短く、ドリューだって天才と言えるような領域に立っているのだが、だが、ホークという存在のせいで、凄いはずのドリューの凄さが薄まってしまっている。
ドリューが半年もかけている技術を、まさか、ものの数分で身に着けるとは思わなかった。
今の危機的状況が才能の開花を助長しているとも言えるが、それを含めて、やはり才能であるのだろう。潜在能力の、桁外れの違いに、ドリューは落ち込みたくなるし、自分のことを情けないと卑下したくなるが、そこはぐっと抑える。
一瞬の隙が命取りとなり、敗北へ繋がるこの戦闘――視線をはずすことはできない。
だからホークの動きを、いちいち全て見ているわけではなく、なんとなくで、そう、視界の中に収めているだけである。
それでもホークの動きをきちんと理解しているのだから、敵よりも存在感が圧倒的に強い、ということになる。
そうなってくると、敵が断然、可哀そうになってくるが。
存在感のない敵など、いないも同然である――。
ともかく、ドリューは糸を使って、壁から壁へ渡りながら、アメンボの頭上を通り過ぎて行く――通り過ぎて行きながら、きちんと、作戦通りの行動もしている。
ホークもそろそろ慣れてきたのか、さっきのような不安定な空中移動の数が少なくなっていた。ドリューと比べれば、まだまだおぼつかないところもあるが、それでも充分に、戦える程には上達している。まだ数は少ないが、ホークも、きちんと作戦に貢献しているのだ。
『ちょこまかと――、動きやがってこのハエ共がッッ!』
三百六十度は回らない首を、稼動領域限界まで使いながら、ナスカ・ワームアームが目を全開に開かせながら、そう吠える。
アメンボの攻撃方法は踏み潰しがメインなので、アメンボよりも上に行ってしまえば安全である――しかし無人兵器の頃のアメンボを思い出せば、レーザーという脅威があるのだが、しかし有人であるこのアメンボのレーザーは、全てナスカを通して発射される。
コンピューターという正確な照準と、ナスカの肉眼での照準とでは、脅威の大きさが一回りも二回りも変わってくるのだ――、だからちょこまかとアメンボの頭上を行き来したところで、ナスカにドリューとホークに狙いをつけることはできない。
レーザーを当てることも、できないのだ。
ナスカのイライラがガラスを通して、ドリューへ伝わってくる。
良い感じに頭に血が上っているようだ。戦闘をしている者が一番欠いてはいけないものは冷静さである――、今のナスカは誰が見てもその冷静さを欠いている。
過ぎていると言える程に、欠いている。
よしよしとも思うが、しかし、あそこまで額に血管を浮かばせているのを見ると、戦闘に勝てても敗北以上に最悪な事態に陥られそうになるかもしれないと、不安になってくる。
だが、大丈夫だ、と自分に言い聞かせて、ドリューは行動を続行させる。
たまにすれ違うホークとアイコンタクトをして経過を相談すると、どうやら充分に策は実行されて、蓄積されているらしい。
目測で恐らくは、あと数十回の移動で、あのアメンボは使い物にならなくなるだろう。
そう思ってはいるが――もちろん、そうならない場合もあるので、そこはきちんと考えを捨てないで取っておく。油断をせず、ガッカリもしないように、気を抜かないように。
全てが上手くいくことなど百回に一回、あるかないか程度である。
失敗が当たり前。
成功すればラッキー程度に思っていることが、精神状態としては一番、良好である。
残り数十回だと予測を立ててから、五回目の移動――、
アメンボを通り過ぎて壁に着地した時、びりびり……ッ、と空気がぶれる音が聞こえてきた。
そして、赤い閃光が視界を支配する。
ドリュー自身に、痛みはなかった。目を腕で覆うだけで、自分の体に変化はない――。
だったら、あるのは――、
なら、
「――ホークか!?」
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