第24話 メイビーと二人の護衛

 三人は最初から打ち解けていたわけではなかった。

 最初から三人は敵同士であり、レースという土台がなくとも、それは変わらなかった。だから三人が今みたいに仲良く一緒に行動しているように見えるのは、見えているだけで、実際に打ち解けているわけではなかった。


 ただ疑問点がはっきりしただけだ――それぞれの目的がはっきりしただけだ。


 あの後――円盤島からの脱出の後、気を失ったホークとドリューのことを、メイビーは見捨てることができなかったので、戦車の中に連れ込んだ。運転は道に沿って走行する、オートモードにできるので気にしていなかった。

 目が覚めるまで大雑把ではあったが、看病もしていた。そして二人の目が覚めた時、メイビーは二人を敵だと認識しながらも、攻撃することはなく、まず、ドリューの言う『君を優勝させること』の真意を聞いたのだった。


 過去のメイビーは二人の手足を拘束しながら言う。


『私を優勝させることに、お前らになんのメリットがあるんだ? 組織としてメリットがあるのは、お前が言っていたから知っているが――、じゃあ、それは一体なんなんだ、ということだ。

 言わないのなら、戦車から降ろしてもいい――落としても私は構わないんだからな?』


 脅迫みたい、ではなく、本物の脅迫をしながらメイビーは二人の目を交互に見る。メイビーがホークとまともな面識がない内に【お前ら】のメリットと、複数形にしたのは、ホークの目的とドリューの目的が被っているものだと、彼自身が自己申告したからである。


 メリット。


 メイビーを優勝させたところで――メリットなど、ないように見えるが。


 すると、『――恩を売るためだ』と過去のホークが言う。


 ドリューは一瞬だけ、なんで言うんだ、という表情を作り出したが、すぐに取り消した。ここまで勘付かれてしまえば、言わないで避けることはできないだろう。

 嘘を吐くこともできるが、もしもばれた場合の印象の悪さは挽回できないものだ。

 そういうくだらない支障を出してしまう可能性があるくらいならば、最初から全てを打ち明けていた方がいいだろう――そう思って、会話などほぼこれが初めてだと言えるホークの方が先に音を上げたのだった。


 しかし、『……?』と、メイビーはよく分かっていなかった。


 言外に、どういうことなんだ? と問いかけると、もう全てを吐き出すつもりなのか、ホークは簡単に、全ての計画と思想をべらべらと話し始める。


『あんたがまともな思考と性格と人格を持っている人間ならば、命を救われた、もしくは守られていた――その両方でもいいが、そしてそれと同時に優勝することを手助けされているとしたら、助けてくれた人物のことを、好意的に見るだろう?』


 たとえ、その人物が世界のこれからを左右するような思想を持っていて、その思想の実現のために行動しているとしても――と、ホークは続けて言う。


『好意的に見られていなくとも、極端なことを言ってしまえば、それでもいいんだ――命を守っていたという事実は、鎖のようにあんたの心を縛っていくだろう。

 人間なら当然だ――恩を仇で返すようなことをして、本気で平気でいられる奴なんていない。たとえ相手が悪人だろうと、悪意が裏にある好意だったとしても、当時の好意を覚えている内は、恩を返したいと思うのが普通なんだ。

 あんたは異常者ではない普通の人間だと思って、こういう策でぶつからせてもらったわけだ。

 ホークとしては水位を増やす、ドリューとしては水位を減らす……、

 今のあんたの一存で決められることではないかもしれないし、あんたの個人的な感情でしたくないかもしれないが、だがまあ、目的に近いところまでは誘導できるかな、と……俺の、そしてこいつの組織も、そう判断したのだろう』


 だからあんたを優勝させるために動いている――、その過程で、優勝するためにはメイビーには生きていてもらわなくてはならない。

 生きてもらうためには、危機を避けることが必要となり、自分で避けられるのならばもちろんそうしてもらった方が一番良いのだが、現実、そうそう上手くいくわけがない。

 余裕を持つために、護衛任務、という依頼を二人は受けていたのだった。


 気が合っているのか、合っていないのか――。掲げる目的が対で真逆になっている時点で気はまったく合っていないのだが、でもこうして結果までの過程が――そして、思い通りに結果を捻じ曲げるその方法まで、ここまで同じだと、気が合うのではないかと思ってしまう。


 一度、きちんと話し合いでもすれば、案外、和解をするのではないか。と、世間と、そして今まで対立してきた関係を甘く見ている。見過ぎているお姫様は、そんなことを考えていた。


 お姫様は知る由もないことだが、ドリューとホークは何度も何度も話し合って、しかし一度も和解することなく、思想は正面衝突したまま、し続けて――、

 これまでずっと対立を続けてきていた。


 その事実は、お姫様は知っていなければいけないことではあるのだが、まあ、お姫様でありながら、お姫様離れしているお姫様はともかく――。

 お姫様の思い描く簡単な和解シーンはきっと、実現することはないだろう。


 組織としては。


 個人としては、なかなか、和解しそうなものではあるが――この二人は、どうなのだろうか。


『そういうことか……なるほど。だが、先に言っておくが、私が優勝して世界王になったところで、お前らのどっちの思想も実現させることはないぞ?』


『だから言っているじゃない、別にそれでもいいんだよ』


 次に口を開いたのは、説明の全てをホークに任せてだんまりを決め込み、少しの休息を取っていたドリューだった。


『実際に思想を実現するかしないかは、そこまでの問題ではない。もちろん、こっちは実現させることを目的にして行動しているけど、そうそう簡単にできるとは思っていないよ。

 だって、これまでだって実現していないんだから、君が世界王になってすぐにできるわけないじゃないか――』


 それは、メイビー・ストラヘッジにそこまでの力はないと思っている、と言われているようなもので、彼女も彼女で当然、その真意には気づいていた。

 だが、否定できないことであるので突っ込みはしなかった。


 確かに、優勝を手助けされて、命を救われて、恩を返すためにドリュー、もしくはホークの思想を実現しようと、もしもの話――、思ったとして。

 すぐに行動に移せる程に、メイビーは力を持っているわけではない。


 世界王になってしまえば権力と金はある程度は入ってくるが、だからと言って、簡単に決められることではないし、行動するためには、様々な人間に許可を取らなければいけない。

 思っているよりも多くの関門を突破しなくてはならないのだ。


 二人はそんなことまで分かって、理解して――だから布石を打っていたのだ。


 ここで世界王に恩を売っておく――そうすれば、じわじわと、未来へ繋がっていく。


 遠くない未来、この恩が決定に向かうための、最大の材料になるかもしれないのだ。

 ホークが、ドリューが、世界王の少女を助けたという事実は、圧倒的な攻撃力を持つ。拘束しているわけではないが、これはこれで、行動を多少は縛っているとも言えなくもないので、やはり鎖、という比喩は的確だったかもしれない。


 現在ではなく未来へ繋げるため。


 彼ら二人は、メイビー・ストラヘッジを優勝させようと動いている。


『……まあ、優勝しないことにはなにも始まらないし、私も私で優勝したい……優勝しなければいけない理由があるから、守ってくれることには、手助けしてくれることには、嫌とは思っていないけど――逆に、助かると思っているけど』


 けど、と、メイビーは交互に彼らを見る。

 目を見るのではなく大雑把に彼らの顔全体を見ただけだった。

 そして、言っていいのかダメなのか、首を傾げながら考えていたのだが、結局は口を開いて聞いたのだった。


『二人で私を守って優勝させた場合――今となにも変わらない気がするが』


 恩を売ったところで、二人いた場合、恩は二つということになり、今後の方針を決定させる際、どちらにも、決定を左右させる材料を持っている、ということを意味する。


 今よりも立場を有利にさせるために動いているのに、今の関係のまま、立場を同じように上げたところで、立場が上がった以外に変化はないのだから、有利も不利もあったものではない。


 ドリューとホークがこうして顔を向き合わせていることは、あってはならないことだ。


 どちらかは、すぐにでも退場――物騒な言い方をすれば、死亡していなければいけないのだが、だが二人は今のところ、拘束されているとは言え、どちらのマシンも破壊されているとは言え……(ドリューのマシンはメイビーが破壊した)、すぐにでも戦いを始めてもおかしくない状態だ。しかし、まるで打ち解けたように隣り合っている。


 ……和解している? 

 メイビーがさっき簡単に考えてしまったことが起こっているのだろうか。


 少し会話をしたら、その流れで仲良くなってしまった、とか。自分で言っておいて、考えておいてなんだが、さすがに発想したメイビーでもそれはあり得ないと思ってしまう。


 だが実際、さっきは二人、仲良く共闘していたし、戦車の天井部分で隣り合って寝ていた。

 今だって隣り合って拘束されているし、表情で、会話だってしている様子でもあった。

 まるで長年、行動を共にしている相棒のような関係にも見えたが、彼らの立場は変わらず、ドリューとホークなのである。


 武器もなく、だから戦わないのだろうか――、だけど、やろうと思えばできるし、体が動かせなくとも会話はできるのだから、仲が悪ければ口喧嘩くらいはするだろう。

 にもかかわらず、メイビーが見ている範囲ではあるが、それがないということは、もしかしたら、もしかするかもしれない。


 それはメイビーの願望でもあった。


 強く願い過ぎて、そう勝手に思い込んでいるかもしれなかったが――ともかく。


『……守るも助けるも好きにしろ。戦車の中にいる間は、自由は多少は与えるが、一応、飼い犬のように鎖はつけておくからな』


『――そういうプレイでもお好きなので?』

 と、冗談交じりに言ったドリューの言葉の意味が分からず、首を傾げたメイビー。

 彼女は鎖に繋がれた犬を人間に置き換えたシーンを想像して、彼の言うプレイが、「ああいうプレイ」だと遅く気付き、認識して赤面した。


『そ、そんなわけないだろうがッ!』


 赤面をさらに赤面させたメイビーの顔を見てなのか、それともドリューのその言葉に反応したのかどうかはタイミング的にどちらもばっちりだったので、判断は本人にしかできないが、ホークが鼻で笑っていた。


 その時は恥ずかしさと、なめられている、という認識から思うことはなかったが、後々、考えてからメイビーは、やはりそうなんじゃないか、と思った。


 ――仲、良いんじゃないのか?

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