2章――【襲撃・ガスパンプ!】
第23話 嵐の前の静けさ
メイビー・ストラヘッジは、水面に映る自分の髪の毛を見つめながら水浴びをしていた。
全裸になって下半身を浸からせている状態である。無防備過ぎると言える状態だが、彼女は危機感というものを抱いていなかった。なぜなら自分を護衛してくれる『彼ら』が、メイビーが浸かっている湖の外で待機しているからだった。
当然ながら護衛をしてくれている彼らがメイビーの体を凝視することはなく、そこは男女の関係なので、彼らは目を逸らして見ないようにしているが、メイビー自身は特に気にしている様子もなかった。
見られたところで気にしない――見られて恥じるようなスタイルではないからだ。
そういう自信を持っているところが、お姫様なのだと言えるかもしれないが、それよりもまず最初に、お姫様ならばお姫様らしい口調と性格を身に着けてほしいものだと、護衛の彼らだけではなく、側近の世話係である男にも、今は亡き父にも言われていたことだった。
言われていても、しかし直すことはしなかったメイビーだったが――、というよりは何度も試しはしたが、やはり何度も試して、自分には合わないということが分かったので、途中から努力をやめて自分の個性を尖らせてみたのだ。その結果、今のような性格になった……。いや、なったのではなく、そのままだった。
直そうと、強制的に自分という個性を捻じ曲げようとしたのだが、結果的にできなかったからこそ、諦めたのだった。
そうなれば、この個性は曲がらない彼女だけのものであり、貴重なものである。
ならば無理に直そうとしなくてもいいのではないか――、そもそも、悪いことなのか? という疑問を――今も充分、若くはあるのだが、今よりもさらに――若い時代のメイビーが抱いたのだ。だが一人ではない複数の人間が悪く言うようであれば、それは【悪い】と判断してもいいのだろうが……、メイビーはそれでも疑問に思っている。
結局は主観的な問題であって、偶然にもメイビーの知り合いの中では、この性格について悪いイメージを持っている者が多かった、というだけなのだ。
偶然だったのだ。タイミングと運が悪かったとも言える。そう思えたのは、三日前に出会った彼ら――彼らは自分の名を語ろうとはせず、所属している組織名を自分の名として使っていたが――そう、ドリューとホークのことである。彼らはメイビーのその性格を、悪いものと認識するのではなく、逆に良いものだ、とイメージしていたのだった。
『まあ、お姫様なんだからお上品、というイメージがあるけど、それって結局は絵本の中とか、創作物の中だけとか、そういう理想や願望が入っているわけでしょ? 実際にそんなお姫様がいたら、おいらは気持ち悪いと思うね……絶対に友達にはなれないと思う』
『別に姫様だからお上品でなければいけない【ルール】なんてないんだ。なんでもいいんじゃないか? 一番ダメなのは、個性が複数人の者と被ってしまうことだと思う。俺が見る限り、あんたのその個性――、キャラクター性は、俺の知り合いにはいない。
だからこそ際立って見える、浮いて見える……、一応、良い意味でだからな?
個性なんてないよりあった方が良いに決まっているんだから、その個性を大事にしたらいいんじゃないか? 俺と、こいつはどうだか知らないが、あんたが乱暴で大雑把で男勝りで正真正銘の姫様だからと言って、態度を変えることはないよ』
三日前……、いや、二日前だっただろうか――、二日に渡って海上道路を走行している際に暇潰しのため、くだらない雑談を交えていたので、どのタイミングでどういう話をしたかなど細かくは覚えていなかった。
だから今の思い出した会話が、山の噴火、爆発後の一段落した後の会話だったのか、それとも二日目の、のんびりとした時間の会話だったのか、判断がつかなかった。
感覚が狂っているのだろうか。
なんにせよ時間帯を特定できたところで、だからなんなのだ、という話になってしまうのだが。ともかく、そんなことを思い出しながら水浴びをしていたら、予定よりも長く、水浴びをしてしまっていたらしかった。温水ならばいくら浸かっていてもいいのだろうが、この湖は通常のものなので、冷水である。
日中、お昼とは言え、体も冷えてしまう。そろそろ出た方がいいだろう。
ゆっくりと歩き、水の抵抗も気にせず浅瀬へ向かい、少し坂道になっている場所を上がって行く。そうなると、必然的に下半身が徐々に水面から出てくる。
大事な部分も丸出しになっているのだが、このお姫様には恥じらいというものが欠けているので、隠すことはしなかった。
足首まで水に浸かっている場所まで歩いてきたところで、後ろから、どぼんっ、という着水音が聞こえてきた。敵かと思ったが、護衛対象がこの湖で水浴びをしているのに、易々と敵をここまで侵入させる程、あの二人は馬鹿ではないだろうと思ったメイビーだ。
もう、落ちてきた人影が敵でないことは分かっていた――そう、決めつけていた。
なので警戒心は解いている。
そして飛び込んで来た人影が誰なのか、予想もつけている。
メイビーは落ちてきた人影……かける二に向かって、見下ろしながら細めた目で言う。
「……この場面では『きゃー変態!』とでも言った方が良かったか?」
それに対して落下してきた二人は――ドリューとホークは、同時に返した。
『冷静に見下されるならその方が良かったよ!』
―― ――
ぱちぱち、と、積まれた枝が燃えていく音が響いていた。
三人――、ドリュー、ホーク、メイビーは湖から上がって、焚火をしながら体を温めていた。
タオルはメイビーのものしかない――、本来ならばドリューとホークは水浴びをする予定ではなかったのだ。タオルは一応、たくさん持ってはいるのだが、メイビーは、自分の体を拭くものを、おいそれを貸すことはしたくなかったので、結果、タオルを使うことはなく、男二人はびしょびしょの服を脱いで、上半身、裸のまま体を温めているところだった。
なぜあんな湖の真ん中に近いところに二人が落下してきたのか、メイビーは説明を受けてはいなかった。だがまあ、ある程度の予想は、これまたついていた。
湖は島――ちなみに、いま彼女たちがいるこの島は無人島である――の凹んでいる場所にあったので、周りは崖に囲まれている。
護衛役である彼らは、崖の上からメイビーを守っていたのだが――この二日間で彼らのキャラクター性はだいたい分かっているので、簡単に道筋を理解できる――恐らくは軽いノリで、ドリューがメイビーの水浴びを覗こうと提案し、それをホークが拒否したところで、ちょっとした喧嘩になり、本気の殴り合いではないのだろうが、それに近いものが崖の上で起き、最終的に崖から落ちて湖に着水した、ということだろう――。
「……はあ」
と、まるで子供だなと思いながら、溜息を吐いた。
あの【ドリュー】と【ホーク】に所属しているのだから、どんな凄い奴なのだろうと期待していたが、自分となにも変わらない、ただの子供ではないか。
掲げる目的は大きいが、日常的なところを抜き取って見てみれば、なんとも頼りない。
片方はそうでもないが、片方は頼りなさ過ぎる。
まあ、その頼りなさ過ぎる方が、円盤島での危機を救ったのだから、人間、見た目と印象と断片的な一部分の人間性では、分からないものだった。
あの凄さを知っているからこそ、たまに見せるこういうところにがっかりしてしまう。
ギャップが悪い方向に働いてしまっている。
しかしまあ、だからと言って、がっかりしたからと言って、なにがどうなるわけでもない。
単純にメイビーからの見る目が変わるだけであって、そこに信頼関係が崩れるとか、信用が無くなってしまうとか、そういうことは起こらないので、考えるだけ無駄ではあるのだが。
ありのままを見ているだけ――、ありのままの自分を出してくれていることを、プラスに考えれば、彼は自分のことを信頼してくれているのだな、ということが分かる。
たとえ利用されているのだとしても。
利用して、利用されている関係だとしても。
信頼されて、信頼して、気持ちの悪いことではない。
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