第22話 ドリューとホーク その2
「具体的には?」
と、ホークが聞いた。
支えてろ、とは言うものの、それはそのままの意味で、ドリューの体をしがみ付くようにして支えていればいいのか。それとも、ドリューを支える、この場合、可能性が最も高いのは糸と予想し、その糸を支えていろ、というものなのか――、
どちらも支えるという意味では同じで、彼の狙い通り、充分な効果を発揮する。
だから具体的な指示がないことには、ホークも自由には動けなかった。
一瞬の間の後、ドリューは言い――答えは後者だった。
もしも前者だった場合、ホークはすぐにでも断るか、詳しいやり方を変えるかをしただろう。しがみ付くという表現は、ホークが自ら加えたものだが、実際に支えるとなると、やはり同じような体勢になることは避けられない。
だからこの糸を支えてくれ、とドリューに糸を手渡された時は、安心していた。
その時が噴火の、ほんの数十秒前だったのだが――。
幸いにも噴火する寸前には、もう既にホークもドリューも、これからの行動をするための準備が整っていた。
ドリューを支えている糸を、ホークが支え――、ドリューは遠くに伸ばしている糸の微調整をしていた。
二人とも、戦車の天井にうつ伏せで寝転がり――これは噴火の時の衝撃を減らすためでもあるし、前から来る風の抵抗を避けるためでもあり、戦車の速度を遅くさせないためでもある。
気になる点があるとすれば、寝転がっているために、自由に動くことはほぼ制限される。
もちろん、動けることは動けるが、動けるとは言え、左右にごろごろと転がる程度であり、前に進むことは思ったよりも困難だった。
それに、後ろに張り付くように追いかけてきているアメンボの事を考えれば、ここで寝転がることなど、通常の精神力ではできないものだが――、
二人はそれでも自分のするべきことを理解し、それに集中していた。
アメンボについて、考えてはいない。
噴火することが確定している時点で――、この兵器の破壊は決まっていることである。
あとは時間の問題――、噴火の衝撃をどう防ぐかが、彼らの問題なのだった。
「――なあ、そう言えばだけど、姫様はこの爆発のこと、知っているのか?」
「知るわけないよ。言ってないんだからね――、下手に言って怖がられて、運転に支障が出ても困る。だったら、最初から言わなければいい――。
言っておくことで回避できる可能性もあるとは思うけど、ここでお姫様に頼る程、おいら達は役立たずじゃないさ……。そうだろう? 君だってそう思っているだろう、ホーク」
そうだな――と同意の意を示そうと口を開いたところで、本能的にがちんと音が鳴る程に強く顎を動かし、口を塞いだ。ついでに歯を食いしばったところで、待ちに待った――、悪い意味で待ちに待っていた、噴火が起きた。
音は聞こえなかった。
鼓膜が――麻痺していた。
視界も噴火による衝撃で目をつぶってしまい、真っ暗だった。もしも開いていたとしても、爆発によって視界は真っ白に染まっていただろうから、白黒の違いで、外界の景色が観測できないのは同じなので、どちらでも良かっただろう。
いや、目をつぶったことで急激な光を見ないことを、目にダメージを与えないことを考えれば、つぶっていた方が得だったか。
「く、目が……っ」
という言葉をドリューの口から聞いてしまって、どうやら彼は、あの爆発でも変わらず目を開けていたのか、ということが分かった。
とすれば、彼は真っ白な世界を直接、見てしまい、深刻ではないものの、それなりのダメージを目に抱えていることになるのだが――、
ドリューは自分自身の役目を果たすことができるのだろうか?
「……今更、できないとか言うんじゃないぞ……!」
ホークは言われた通りに、ドリューの体……糸を支えている。ここから先はドリューの領分で、ホークはまったく干渉できないのだ。
だからもしも、ここでドリューが行動できなくなれば、それは予定が狂ったことを意味し、それが直接、レースの脱落になってしまうかもしれないのだ。
脱落ならばまだいいが――、もちろんダメではあるのだが、死ぬよりは全然マシである。
そして――それはどうやら杞憂に終わったようだ。
「よし、ホーク、そのまま支えていろ。なにがあっても絶対に離すなよ!」
言われて、ホークは糸を握る手をさらに強めて支える。さっきは時間もなかったし、ドリューも言ってはこなかったので自主的に質問することは控えていた。だからこそ、現時点でドリューがなにをしているのか、ホークは知らなかった。
支えていなければならない程に、振り回されることなのだろうか。両手を使わなければ、できないことなのだろうか。糸を使っているということは、予想通りに正解ではあるのだろうが、糸が細いこともあるので、詳しいことは、はっきりとは分からなかった。
なにかを操っているように見える。
なにかを支えているように見える。
自分と同じように――ドリューは自分が支えている者よりも、比較にならない程、大きくて巨大で重いものを支えている。この時点では、支えている対象がなにか、というのは分からなかったが、爆発が終わり、静かになった周りを余裕を持った視点で見て確認してみれば――それはすぐに分かった。
円盤島が無くなっていた。
さっきの噴火によって、山だけでなく、周りの道路も消えている。
もちろん、後ろに張り付くようにして追っていたアメンボの姿もない。海に沈んだか、それとも爆発によって遠く空に向かって吹き飛んでいったのか。
それはアメンボを目線で追っていなかった今、確認のしようがなかったが。
アメンボ、島、道路が消えていて、残っているものと言えば、自分達である。人間を含めないのであれば、さっきの爆発で吹き飛んでいてもまったくおかしくなく、吹き飛んでいるべきものがあるのだが、それがなにか、すぐに分かった。自分達が乗っている、この戦車である。
自分達が乗っているから吹き飛ばされなかった、という特殊な扱いをされる程に、自分達は特別なわけではない。戦車と共に自分達だって吹き飛ばされるはずだったのだ。
そうなっていないのは、やはり糸の存在だろう――ミクロン糸線のおかげだろう。
体を、戦車に糸で縛り付けて、吹き飛ばされないように固定していた。ホークは主にドリューを支えていたが、同時に自分も支えていたのだ。だから吹き飛ばされなかったことには納得がいく――だが、戦車は、なぜ吹き飛ばされなかった?
戦車はなぜ、無い道路の上を、空中を、走っているのだ?
「…………」
答えなど出ていた。両手を使う程に力と技術力を必要とし、自分の支えることもできない程に集中力を使う作業をおこなっていたのは、ドリューである。
彼は糸を使って戦車の道を作っていた。
戦車は束ねられた二本の、極太の――しかしこれでも視認するのは難しい――糸の道を、レールような道を走っていた。ぎりぎりで見ることができているホークが糸を辿っていけば、そこには道路の続きがある。爆発によって吹き飛ばされた、道路の続きだ。
そこに繋がっていた。
ドリューは、爆発によって戦車が吹き飛ばされないようにしていたのと同時に、無くなった道路の代わりに糸を使って、仮の道路を作っていた――。
橋、だ。ともかく海に落ちないように、戦車を先にある続きの道路まで、その白くて細く、しかし支える力は人並み以上である腕力を最大限まで使って、車体を渡していた。
そして噴火後は、特に彼らを邪魔するようなイベントがなく、順調に進み、戦車は無事に道路へ着地した。すると、走行しながら、天井部分についている丸い入口の蓋が真上に開いて、金髪の少女――彼らが守りたかったお姫様が顔を出した。
「お前ら――、私に事情を話さずなにをして――」
しかし、ホークの意識はここで途切れる。
安心からか、全ての力が体から抜け落ちた。
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