第18話 第二関門 その2

 二人、それぞれが自分なりのやり方でアメンボに攻撃を仕掛けようとした時、予想もしていなかった誤算があった。


 勝手な想像と、限定されている状況から推測で作り出してしまった疑問に、自分なりの答えを確定させてしまっていた。

 先入観により、誤算が生まれる。


 アメンボはその六本の足をスタンプのように、まるでハンマーのように、地面と足の裏の間にある物体を踏み潰すしか、攻撃はできないのだと思っていた。

 だが実際、彼ら二人が近づいた時、アメンボはその円盤の中心地点……赤く光っている小さな点から――レーザーを放出した。


 光ったと認識した時には、既に回避は不可能だった。

 空気を焼き切る、蒸発したような音を聞き取った時には、胸に、熱い感覚が現れた。


 ホークは思わずハンドルを離して、胸を押さえる。行動できるのだから、死んではいないのだろう……、黒いジャケットは大抵の攻撃ならば防ぐことができるように作られているが、まさか、レーザーを浴びるとは思っていなかった。


 製作者もさすがに想定していなかったのだろう、この一撃には、一度しか耐えられなかったようだ。服は一部だけだが、破れて胸が見えてしまっている――。


 幸いにも、服が使いものにならなくなっただけで、肉体に損傷はない。


 だが、これで肉体を守るためのジャケットは、一部だけだが、使いものならなくなった。

 反射神経を使っても回避することができないということは、どこを攻撃をされても当然、回避ができない。つまり、破れたジャケットの穴に、再びレーザーを当てられたら、ひとたまりもなく、あるのは【死】である。


 細かい狙いで、この小さな穴を狙えるわけがないと現実逃避をするのは簡単だが、そんなことを考えているのなら、他に対策を立てた方が、よっぽど有意義だ。


 しかし、考えると言っても、常時、激しく動き、相手に狙いを定めさせないようにしなければならない。止まれば遠慮なく、レーザーを撃たれてしまう。

 走行中であるのだから、常時、動いているし、そう簡単に狙いをつけることなどできないとは思うが――だが、現在ホークはアメンボに攻撃を仕掛けようとして、メイビーが進む進行方向とは逆に走行している。


 いずれは、アメンボを通り過ぎた時、逆走から元に戻らなければならない。

 そこでもたついていれば、間違いなく狙いをつけられ、そして撃たれるはずである。

 現段階ではそこが最も意識を使うポイントだ。


 考えることは多いが、しかし手を休めることもできない。頭と手を同時に動かすというのは、当たり前だが、口で言うより難しい。

 そんな難易度の高いことをホークだけがしなければいけないというのは不公平だと感じてしまうが、これはマシンの性能の差だった。


 ドリューは、空中を飛んでいた。

 指先から出る糸を山の壁に引っ掛けて引っ張り、自分の体を空中で操る。


 ドリューの服は、ホークのように防御に特化しているものではなく、普通のものだ。

 いや、普通ではなく、ある程度は防御として使えるだろうが、ホークと比べれば、まったく役には立たないだろう。


 そんなドリューは、レーザーを一撃でも喰らえば、一撃でも掠れば、それで致命傷になる。

 しかしドリューは今のところ、一撃もレーザーを喰らっていない。ホークがアメンボの意識を全て集めているせいもあるが、ドリューはアメンボの上を移動しているので、アメンボのセンサーに反応しないのだ。


 安全圏にいる――つもりだった。



 アメンボは目の前にいる二人の少年を同時に見ていて、処分しやすい片方の少年を積極的に狙っていた。レーザーを発射して、一人目を処分したと思ったが、しかし、どうやらそれは失敗に終わったようだった。

 少年は警戒して、距離を取ってしまっている。こうなると、一度目よりも二度目の攻撃の方が、難易度が極端に跳ね上がる。確率が下がった攻撃でも、殺せないわけではないが、コンピューターは彼よりも頭上の少年の方へ、狙いを切り替えた。


 空中を飛ぶ、隙が多い少年へ、狙いを定めた。


 円盤の中央に設置されている、赤く光る点が牙を剥く。


 ―― ――


「――あい、つ……!」


 ホークは思わずそう呟いて、そのままの流れで叫んでいた。


「さっさと逃げろ――お前、いま狙われているんだぞッ!」


 ドリューは敵であり、目的が被っているのならば、ここでなくともどこかでは必ず処分しなければならない相手だ。

 だから、このアメンボに殺されてくれるのならば、殺す手間がなくなり、好都合であったが、しかしここで彼が殺されれば、アメンボの相手はホーク一人でやらなくてはいけなくなる。

 メイビーに協力を要請すれば、攻撃力は二倍にはなるが、それで勝てるとは思えないし、結果、メイビーを危険に晒すことになってしまう。


 それは使ってはいけない策だ。


 となれば、ホークは一人で戦うことになり、一人で勝てる相手だとは思えない。だからここでドリューに、死んでもらっては困るのだ。

 そう理由を作って、ホークはドリューの手助けをするために行動する。

 とは言っても、実際に動いてどうこうするレベルを越えているので、口で、声で助言するのみだ。ホークの行動が直接、彼の力に加えられているとは思えないが。


 それでも、なにもしないよりは全然マシだ。


 口だけでも動いたからこそ、ドリューの生存確率が、ぐんと上がったのだ。


「うっ――」

 とドリューがダメージを負ったような声を発したが、レーザーはまだ発射されていない。


 ただ、点が激しく赤く輝いただけで――、これはレーザーが発射される前の予兆だった。

 その光に視界を奪われて、

 ドリューは今、レーザーを撃たれても避けることができない状態になる。


 まずい。


 このままでは――、と思ったが、レーザーが飛び、ドリューの後ろにある山が一部、吹き飛んだ。だがドリューはさっきと変わらず、空中を舞うように移動している。

 動きのキレはさっきよりも全然良い……、

 どうやらレーザーの直撃も、掠ることもしなかったようだ。


 避けた……? あの速さのレーザーを?


 ホークも、赤い輝きによって視界を中途半端に奪われていたので、ドリューがどんな動きをしてレーザーを避けたのか、詳細は分からない。なんとなく、どうにかして避けた、らしい。

 現に、ああして動き回っているのだから、避けているということになる。


 過程は気になるものの、答えは『目で見て避けた』だけではない。

『偶然の小さな動きで、最小限の回避を無意識にした』だけかもしれないのだ。


 今、考えなければいけないことが多いこの状況で、真実を探る程、興味津々なわけではない。

 ホークはいつの間にか通り過ぎてしまっていたアメンボを、今度は向かい討つのではなく、追いかけ、討つために、進行方向を切り替える。


 危惧していた、『少しの硬直時に狙い撃たれる』という事はなかった。


 ちょこまかと動くドリューを見上げながら、ホークはアメンボの死角を見つけようとする。


 真上にいるドリューに気づいたのならば、真下も同様に――、視界の中だろう。


 ―― ――


 視界が輝きに潰されたが、とにかく飛び出すレーザーを避けようと体をくねくねとさせたり、捻らせたりしていたら、いつの間にか、運良くレーザーは脇腹を掠めるまではいかない、ごく僅かに離れた距離を通り抜けていった。


 一生分の運をここで使い切ったと思ってしまう程の幸運だったと、ドリューは安堵の息を吐く。一生分の運を使い果たしたとしても、しかし彼はまったく後悔はしていない。


 もしも、あそこで幸運が働いてくれなければ、

 今頃ドリューの胴体は蒸発していたはずである。


「それにしても……ホークの奴――」


 彼のあの声も、上手いこと避けられた要素の一つには入るかもしれない。

 敵である彼の助けが入っていることに、若干の不満を抱く。気持ちの悪い精神状態に舌打ちをしながら、ドリューはミクロン糸線を操った。


 もう一度、あのレーザーが発射されたら、間違いなく避けられない自信がある。

 だから斜面になっている壁――、

 山を登って、一気に頂上まで駆け上がり、一時的に逃亡した。


 頂上は雲に少しだけ届いていた――、息苦しさが少しあるが、長時間ここにいるわけではないので、ここはがまんだった。頂上には大きな穴がぽっかりと空いており、噴火すれば、ここから山の中に溜まっている不純物が飛び出すのだろう。

 穴を見下ろしても暗く、底までは見えない。


「行くしか、ないか……っ!」


 強制されているわけでもないのに、彼はそう言った。

 いや、状況を考えれば、強制されていると言っても間違いではないかもしれない。


 アメンボを倒すためには、この穴の中へ向かう……確認しに行く必要がある。

 この山が溜め込んでいる攻撃力が、アメンボを倒すために必要なものになっている。


 闇が足を絡めてくるような幻覚が見えて、びくりと体を震わせた。

 しかし、幻覚なので当然、現実世界では、ドリューは突っ立っているだけである。

 はあ、と冷や汗をかきながら、溜息を吐いて、ドリューは飛び込んだ。



 闇の中に。


 山の――内部へ。

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