第17話 第二関門 その1

 運営側がなぜ、メイビー・ストラヘッジを狙っているのかは、ホークもドリューも、細かいところまではもちろん分からない。

 メイビー・ストラヘッジは元・次代世界王候補であり、国民の反発が無ければ、そのままスライドするように次代・世界王になっているはずだった――。


 だが身内からだけでなく、国民からも反発を受けて、世界王にはなれなかった。

 その後、次代世界王が誰になるのかは、話し合いがおこなわれた結果……、過程は数多くあれど、最終的に、予定していた【イベント】であるこのレースに優勝することで、反発した国民を認めさせる! という、メイビーの提案が通ってしまった。


 国民がその提案に乗ってしまったのだ――王国側……、レース中の言い方をすれば、運営側になるのだが、彼らの数を越える人間の納得を覆すことは、いくら運営側でもできなかった。

 普通に考えればレースに優勝することなど、今まで甘やかされて育ってきた、わがままで乱暴な少女にできるはずがない。


 優勝などできず、メイビーは世界王になれず、その権利は他の王国内部の『誰か』のものになるはずである――。

 それはもう決まっているようなもので、このレースの期間だけ、王の移行期間が今、長引いているだけなのだ。


 だが――もしもの話。


 どこかで間違いが起こり、メイビー・ストラヘッジが優勝してしまった場合、次代世界王は乱暴でわがままで、まともな教養がないだろうと思ってしまう程に雑な少女・メイビーになってしまう。そうなれば国が崩壊してしまう――、

 とまではいかないまでも、衰退してしまうのは目に見えている。


 いくら内部で操ろうにも、彼女の思考が少しでも入ってしまえば、完璧な提案もどこかで捻じ曲がってしまうのだ。


 それに、国を一つ、まるまる手に入れることができる権利が、無くなってしまう。


 次代世界王を狙っていた『誰か』からすれば、たまったものではないだろう。


 だからこそ、レース中の不慮の事故という扱いで、メイビー・ストラヘッジを脱落……もしくは死亡させる手を思いついた。

 常人ならば――まともな思考を持っていて、世界王という立場に固執していない者ならば、そこで馬鹿馬鹿しい考えだと気づいて実行に移すことはないだろうが、このアメンボの製作者であり、加えて操縦者は、実行に移してしまう程に、行き過ぎた思考を持っている人物――ということになる。


 ドリューはそう予測していた。



 その突飛で、なにも証拠がない予測を聞いていたホークは、


「その予測を信じるのなら、やはり俺達も狙われている、ということになるな」


「なんだい、信じてくれるのか? 

 さっきから聞いている顔が恐いから、まったく信じていないものだと思っていたけど」


「もちろん疑っている。

 今も疑っているし、そもそもお前を信用しているわけではないんだ、ドリュー」


「こりゃ痛い評価を貰ったね――ま、それはこっちも同じく、信用も信頼もしていないんだけどね、ホーク。……敵対関係、対立関係。

 馴れ合いなんて、おいら達の間には存在しない単語だし。……で、おいらの考えは一通り教えたけど、あと、疑っている人に向かってこんなことを言うのはおかしなことだけど、信じない方がいいよ。テキトーにさ、事前情報と今の状況を見て出した予測に過ぎないんだからさ」


「いや、お前のことは信用も信頼もしていない……これは確実だが、とは言え、お前の考えが間違っているとは、俺は思っていない。

 上手くできている――出来過ぎていると言ってもいいな。

 ほぼ答えのように綺麗な動機だろう、これは。

 ――付け加えるのなら、俺がいま言った『俺達も狙われている』ということくらいか」


「どうしてそう思う?」


「世界王を出したくないのなら、姫様と潰す理由は同じだろう。

 姫様は『このレースで優勝した人物が世界王になる』と宣言してしまっている。これはルールにもなっている事実だ。優勝者が出ず、レースが終われば、もちろん優勝者の世界王は生まれず次代世界王はお前の言う『誰か』になるんだろうな。

 だが、ないだろう、そんな可能性。優勝者は必ず出てきてしまう。

 レースの途中で脱落しなければいけないイレギュラーな事態が起きなければな」


「お姫様とおいら達の立場は同じ――ってことか」


「そういうことだ。姫様に世界王になってほしくなくて、運営側の『誰か』が世界王の座を狙っているのならば、そいつにとって、敵ってのは姫様だけじゃなく、出場者全員になる。

 後は、対処法は全て同じだ。今みたいな無人兵器を使ったり、イレギュラーな事態を間接的に起こしたりして、選手を脱落、または死亡させて、ゴールテープを切れなくさせる。

 成功すれば、レース中に暗躍していた『誰か』が、内部を操り、自分を世界王候補に入れさせることくらい、簡単にできるだろう……それくらいの立場の人物だと見るべきか」


 なぜなら――と、ホークが後ろから迫るアメンボを見つめながら、


「こんなものをレース中に動かすことができる奴なんて、内部でも上の地位に就いている者くらいだろう。下っ端なんかじゃ動かせないし――、許可なんて下りない。

 レースの中枢に関わっている者か――だが、ここまで分かっていても、俺達にそいつを捕まえることはできない」


「……? どうして? そこまで絞り込んでいるのなら、告発でもすればいいんじゃないの?」


「俺達の話なんか聞いてくれないだろう――、それに、物理的に無理だ。

 電話なんてないだろう? あったとして、運営側の番号なんて分からない。レース中なんだからそんな余裕はないし、今は追われている最中だ。

 ひとまず、ここを抜けなくちゃなにもできない」


 それもそうだ、と頷いたドリューが、重そうな腰を上げて背中を伸ばす。

 んんー、という声と同時に、ばきばき、という背骨が鳴る音が聞こえてきた。

 たったの数分だが、もう骨が固まってしまっていたらしい。

 常に動いていないと気が済まないタイプなのかもしれなかった。


「そう言えば、姫様はどうしてる?」


「ん? ああ、さっき運転に集中してろって言っておいたから、今は中で運転でもしてるんじゃないかな? 監視してるわけじゃないから、中でぐっすりと眠ってるかもしれないけど」


「凄い奴なのか、馬鹿なのか判断に困るな……」


 お姫様に向かって失礼なことを言っているという自覚は、ホークにはなかった。

 隣ではドリューが、「分かる分かる」と同調して笑っていた。

 もしもお姫様本人にこの会話を聞かれ、見られていたら、本気マジパンチの一つは間違いなく貰っていただろう。


 だが、もしもいれば、さっきのドリューの予測をお姫様に聞かせることができ、答え合わせのように、評価を貰えることもできた。しかし、お姫様がそういう内情を知っているとも考えにくい――だが、まあ、近いか遠いかくらいの助言は貰えただろう。


 いれば聞いていた。その程度の行動力なので、今、彼女がいなくても差し支えはない。

 わざわざ戦車内に入って声をかけてまで聞かせる内容ではないし、評価を聞きたいわけでもない。彼女には、なにも知らず、ただ真っ直ぐに、ゴールを向かってほしいだけである。


「――優先は、姫様の安全だ」


「第二に、アメンボ兵器の破壊、だろ?」


 まるで前々から知っていたような、打ち合わせでもしていたような、滑らかな会話だった。

 二人はそんな会話に驚くことなく準備を整える。長年、連れ添って共にしていたような雰囲気を出しているが、さっき出会ったばかりの、初対面の二人だ。


 共に戦って、息が合うとは思えないが――それは二人、同感らしかった。


「俺はあのアメンボを破壊するが――邪魔だけはするな」


「それはこっちのセリフ。どうせ、やろうとしてもコンビネーションアタックなんてできないんだから、最初からやらない方がいい。それとも、おいらが合わせた方がいいかな?」


「邪魔をするな、と言ったんだ――それはなにもするな、という意味だが」


「って、おいおい、大事な大事な護衛対象を死なせるわけにはいかないんだから、おいらも飛び出すに決まってるだろ。それに、君の言葉はそっくりそのままおいらも使える言葉なのを理解しているかな? 邪魔をするな、黙って前を走っていろ――あとはおいらがやる」


「…………」

「…………」


 一瞬の沈黙は、次の一瞬が経つ前にはもう破られていた。


『――勝手にしろ』


 二人同時に言葉を発し、ホークはバイクを、ドリューはローラースケートを激しく操作する。


 譲る気がなく遠慮を知らない二人は、それぞれがそれぞれの攻撃を仕掛けるために、最も上手く立ち回ることができる場所を目指して、動き出す。


 そして――、


 アメンボ兵器はそんな二人の接近に、目ざとく気づく。

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