第15話 第一の島 その2
ただ、上手く利用できれば――の話だ。
行使する自分にはなんの被害もなく、守るべき対象のメイビーにもなんの被害もなく、攻撃は全て、黒バイクのホークに向き、浴びせることができれば、それが一番良い。
だが、そんなぴたりと全ての条件が当てはまることはないだろう……つまりこの案は、一番始めに思いついたと同時に、消去された。
「…………」
ドリューは顔を出し、そのまま体も出して、走る戦車の上に、仁王立ちした。
足にはローラースケート。バランスを崩しやすいこの環境でも、一ミリも動かないところを見ると、ドリューの経験値は圧倒的に多いことが分かる。
技術力も――、本番でも揺るがない、精神的な強さも。
そういう強者の要素が全て、ホークにも伝わっている。
『…………』
「……言いたいこともやりたいことも、もう分かっているだろ?
おいらは接触した――お姫様と関係を持つことができた。
今、彼女はおいらの手中にあると言ってもいい――、
つまり、襲う側である君とは違って、おいらは守る側なんだ」
それがどういう意味か、分かるかな? とドリューは問いかけるが、
『…………』とホークは答えず、戦車と並走する。
顔を上げて、ドリューと目を合わせている。
が、フルフェイスヘルメットのせいで、実際のところ、どうなのかは分からないが。
まったく別のところを見ているかもしれない。
とにかく、なにも答えないホークに、これ以上の会話を望むことはしない。
コミュニケーションを取ることはしない。
今までがおかしかった――、
敵同士ならば、もとより、すぐに殴り合い、斬り合い、殺し合いで良かったのだ。
なのにどうして――、こうも戦うことに、少しの間を空けてしまうのか。
それは年齢が近いから?
敵だと思っていた相手が、自分と大して変わらないから?
『……望んで』
と、バイク少年――ホークから声が聞こえてきた。
『――俺は望んで、このレースに出たわけじゃない。だからやる気なんてものは、望んでレースに臨む者よりも、少ない。覚悟だって、ない。
だが――、任された仕事は最後までやる。
たとえどんな奴が相手だろうが、邪魔をするなら、倒すだけだ』
「殺すと言わないところが、覚悟がない証拠だと言えるね」
『殺さずとも、勝てる方法はある。覚悟がなくとも、目的を達成させることは、できる』
初めてきちんと成立した、ドリューとホーク、その二人の会話は、しかし、本気のぶつかり合いの戦い……そのきっかけになってしまった。
会話が成立していなければ、まだ、情けや手加減が無意識に入り混じっている、中途半端な戦いで、一度、ここで戦いは終わっていたかもしれない。
だが、会話が成立してしまい、ここまで意思疎通が出来てしまってる今――。
相手の覚悟や考えを理解してしまっているがゆえに、手加減が入る余地が、ない。
本気での戦いだろう。
両者、ともに。
見下すドリューと、見上げるホーク。
ただの位置関係による言い方になっているだけで、実際のところ、二人の立場は平等で、どちらかが上で、どちらかが下という順列は存在しない。
あるとすれば、目的を同じとしている彼らからすれば、もう既に彼女に接触して、ある程度の信頼を得ているドリューの方が、上だと言えるが。
そんなものは、だが、すぐにでも追いつけるものだし、どうすることだってできる。
強いて言うならば――『として』挙げただけで、やはり二人は平等で拮抗している。
「――良い風が吹いているな、今日は」
『…………?』
ホークが不思議な顔――というよりは雰囲気だが――を示したのは自然だった。
なぜなら、ドリューの言葉は、明らかにおかしく、さっきも今も、風など一つも吹いていないのだから。だがドリューならば、嘘をついても、意味がある嘘をつくはずだ。
こんな、意味のない嘘をついて、ドリューにメリットがあるとは思えない。
嘘であっても――ただの嘘で終わるわけがない。
そこにはなにか――企みがあるはずだ。
「嘘じゃないよ――まだ起こっていない事実を言ったから、『まだ』嘘なだけ」
まだ――。
ドリューは、そして。
「これから本当になる」
目の前から、強烈な、カーブしている道を沿うように、突風が吹いてきた。
その風を、戦車は持ち前の装甲で防いでいるが、しかしバイクの方は、その突風をまともに喰らってしまっている――。
ぐらぐらと、大きくはないが、それでも運転に支障が出るくらいには、揺さぶられている。
それだけの――たった一瞬の隙だったが。
そして――それが合図の代わりだった。
片方にしか知らされていない、片方は圧倒的な不利で挑まなければならない、卑怯とも、これが戦場だ、とも言える戦いが、これより開始する。
戦車から跳んだドリューの、ローラースケートのローラーから突き出して激しく回っている刃が、真っ直ぐにホークへ振り下ろされる――。
―― ――
振り下ろされた、刃が突き出て回転しているローラースケート――、そのローラーを目視していながらも、しかしバイク少年……、ホークは、避けようとしなかった。
余裕があるから――自分がいま着ているジャケットには、もし攻撃を喰らったとしても、傷が極小で済む防御力があるから――という理由ではない。
避けられるのならば避けた方が良いに決まっている。
だが、それでもホークは避けなかった。
音だ。
音に気を取られてしまい、僅か一瞬だったのだが――、
その一瞬のせいで、避ける過程を飛ばさなくてはならなくなっていた。
だから避けようとしなかったのではなく、正確に言えば、避けられなくなった。
とは言うが、けれど避けられなくなったからと言って、だからと言って余裕が全て無くなるわけではない。ホークは落ち着いている。
結局は『回避』できればいいのであって、それが『避ける』でも『防ぐ』でも、結果が同じならば、過程はなんでも良かったのだ。
そこにこだわりはなく――、ホークは回転する刃を、額で受け止めた。
もちろん――、フルフェイスヘルメットの、である。
もしも肉体、皮膚を剥き出しにしたまま受け止めていれば、ホークの額は削り取られていた。
優秀な医師が彼の身柄を預かったとしても、一瞬、見ただけで打つ手はないと判断する程に、肉体は荒れているだろう。
血だらけのはず――、だが防御装甲が彼の額、そして肉体と皮膚を守っていた。
傷一つなく、彼は彼のまま、この世界にさっきと変わらず生存している。
だがその代わりに、フルフェイスヘルメットは粉々に砕け散っていた。
回転する刃の、その回転によって起こる風圧のせいで、砕けて空中を舞う破片は、その場で停滞する時間は一瞬もなく、すぐに吹き飛ばされる。
そして、姿を現すのは――、
ホークの、素顔である。
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