第14話 第一の島 その1
「ホークって……、あのホーク!?」
「あのホーク以外にどういうホークがいるのか分からないけど、君が思っているホークで合っていると思うよ……、にしても、ちっ――予想はしていたけど、ホークが、ホークまでもがメイビーを狙っていたなんてね……ま、予想はしてたけどさ」
「だから、呼び捨てで、慣れ慣れしく呼ぶなと言っているだろうが!」
「あー、うん……それはともかく、この戦車、もっと速く進むことはできないのか?
このままじゃ追いつかれるぞ――、
沈められることはないだろうけど、海から上がった時に、厄介で面倒なことになる!」
「おい、ともかくって! 一応、私は姫だぞ! 次代世界王で姫だぞ!?
呼び捨てで、慣れ慣れしく呼んでいいのは私を妻に迎えた者だけだ!」
「そのプライド、この一つの作業の遅れが致命的になる状況でも貫き通すものなの?」
当然だ! と力強く叫ぶお姫様――、
メイビーの声が聞こえたが、すぐに音は小さくなっていく。
音量が下がったのではなく、メイビーが遠ざかっていったからだった。
彼女は運転席へ駆けて行く。
ドリューからは見えないが、レバーを握ったり、操作をしていた。
自動運転から、手動運転に切り替えられ、低い音が戦車内に響き渡る。
やがて加速し、多少、後ろに引っ張られる感覚がした。ドリューが外を確認すれば、バイクの少年――、ホークとの距離を離しているが、しかし、相手の方が機動力は上である。
離した距離が、すぐに詰められてしまう。
黒い物体の姿が、やがて大きくなる。遠近法で近くなればなる程、黒い物体が大きくなっていく――、大きくなっていくように見える。
と言っても、通常の大きさに戻っただけで、今までの黒い物体の大きさが、普通に比べて小さかっただけであるが。
そして、黒い物体が通常の大きさになっているということは。
ホークは、もうすぐそこまで来ているということである。
「メイビーっ!」
「分かってる! ――が、そろそろ私の要求を聞いてくれてもいいと思うんだが!?」
メイビーの要求は、そうか呼び捨てについてのことか……、と、今さっきのことなのにもかかわらず、忘れてしまっていたドリューは、はあ、と溜息をつく。
他人の名など、基本的に呼び捨てである――これは人を選ばず、彼の癖みたいなもので、治そうと思っても治せないものだが、とは言え、本能に任せて呼び続けるのもそろそろ限界だろう。
ドリューではなく、メイビーの。
彼女の方が限界に達しそうだったので、ここは違う名で、呼び捨てではなく、慣れ慣れしくもない名前で呼ぶ方がいいだろう、という結論に辿り着いた。
癖で呼んでしまうのは仕方ないにしても、それでも努力はしようと、あだ名のようなものを考えるが――、結局のところ、思いつかず、だから深く考えずテキトーに呼んだ呼び名は、
「――逃げ切ってくれ、お姫様!」
「…………」
なにかを話せば文句を言うメイビーから、珍しく言葉がなかった。
顔を見れば、沈黙していても抱く感情は読み取ることができるが、今回は、表情さえ読み取れない。だから、この沈黙がどういう沈黙なのか分からなかったが――、
「あ、ああ――あと少しで、第一の島に辿りつくから、その、待ってろ……」
なんだかそわそわしている……、もじもじしているような声の震え方だったが、ドリューは確認をしに行くことはしなかった。
いや、確認したかったが、真後ろを見張る、この監視の役目を捨ててまで、行くことはできなかった。すれば、彼女の鉄拳が飛んでくるだろう。
今に限って言えば、役目を捨てて来た、という理由とは別の理由で、ドリュー自身は悪くない【理不尽な理由】で殴られていたかもしれないから、確認しなくて良かったとも言えるが。
距離はさっきと変わらない。詰められても、離れてもいない。
どうやら、この速さがバイクに抜かれることのない速さなのだろう――。
ただ、それはバイクが手を抜いていない、という前提から導き出せる解ではあるが。
「…………おいらが海に行って――いや、海の中じゃ、勝ち目はないな……」
勝てるどころか、まともに動けないだろう。だから今は耐えて耐えて、陸上での戦いに持ち込むしかない。それはドリューも、そしてホークも、同じ気持ちだろう。
自分の得意な場所で、得意な武器で、得意なシチュエーションで――戦える。
ぎゅっと右手を握って力を込めたドリューは――、メイビーの声を聞く。
「――見えた、第一の島……。数秒後、陸に乗り上げる!」
彼女の言葉を聞いて、身構えたドリューだったが、彼女の読みははずれていた――、陸に乗り上げるのは数秒後のはずだが、だが、あくまで予想であり、間違う可能性だって、ないわけではない。だから、はずれたとしても彼女を責めるのは違う……。
そもそも、責める気もないのだが、予定と違うタイミングで衝撃を浴びたことで、ドリューは戦車内の壁に叩きつけられることになった。
咳き込みながら、メイビーを見るドリューは、その先を見る。戦車は壁に張り付くようにして進んでいる。運転席から見える、前方――視界の光景は、空一色だった。
陸に乗り上げる――と言っていたが、斜面を駆け上がる、ということではないらしい。
壁を登っている内に、いつの間にか水中から出ていたようだ。だからと言って、戦車内にいるドリューが、なにか変わるわけではないのだが――。
そんな彼は、戦車が壁を登っている影響で、戦車の一番後ろに背中を預けている状態で、動けなかった。
後ろ――、言い換えれば今の場合は真下だが、視界が真下を向いているために、黒バイクの様子を確認することもできなかった。
壁を登るなんて、戦車にはできても(戦車でも普通はできないだろうが)、バイクにはできないだろう。
だから安心していた。
その安心が、フラグになっていることに気づいたのは、少し遅れてからだった。
壁を登り切って、地面と呼べる安定した大地に戦車が足をつけた時――、
隣からは、エンジン音が聞こえてきていた。
手を捻ることでそれに呼応するように、闘争心の声を上げる音は、まるで、代表的な例えを出すのならば――バイクのようだった。
ようだ――ではなく。
それ、そのものだろう。
「っ……、いつの間に――ッ!」
嫌な予感を感じ、その予感が的中していると確信を得ていたドリューは、
「――このまま進むんだっ、レースは、まだ続いているッ!」
と叫び、メイビーにこちらのことを気にさせず、レースに集中させるよう、仕向けた。
その作戦が望み通りにいっていないのは、こちらをしつこく気にするメイビーを見れば明らかだったが、それでも彼女は頷いてくれていた。
だったら、ドリューもすぐに彼女の安全を手に入れるしかないだろう。
戦車内に侵入して来たのと同じ方法で、天井から上向きに開く丸い扉を上げ――、ドリューが顔を外に出す。
ドリューの言う通りに、メイビーは操作してくれているので、戦車は前に進んでいた。
前を見れば道は続いているが、しかし、カーブしているので途中で道は途切れている――、
ように見える。
どうやらこの島は、真ん中にある大きな山を、ぐるりと回っていくようなコースらしい。
お皿に乗ったプリン型の島――、予想を裏切るが【ぷりん島】ではなく、ここは【円盤島】。
離れて見れば分かるが、真ん中に居座っている山と、その周りを囲む道路が、円盤のように見えているのだ。プリンにも見えるが、先に円盤として有名だったので、名前は先着順で――【円盤島】、になったらしい。
まあ、若い者の間では、円盤ではなくぷりんの方が広く浸透していたが。
どう言おうが、どう呼ぼうが勝手であるが、書類上は円盤島になっている。
事前に得ていた、通るかもしれない島の情報――、もちろんこの円盤島のこともドリューの頭の中には入っていた。
確か……この島は山が大きく、とてもではないが、真ん中を突っ切って進むことはできない。
だから必然的に、安全的にも、周りの道路を走ることになるが、これがまた長く、島を抜けるまでには意外と時間がかかる。
時間がかかる――そして追い打ちをかけるように、山の情報には、噴火する可能性があるとも書かれていた。
ここ最近は噴火していないが、逆にそれが、走行している今この瞬間にも爆発するのではないか、という『もしかしたら』――を考えさせられる。
ないとは思うが。
「……言い切れない。
けど、それを上手く利用することができれば、圧倒的な攻撃力にはなる」
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